人の可能性を引き出す「看護の力」を

今回は、長きにわたり日系研修事業・青年研修事業を実施している石川県立看護大学で地域ケア総合センター国際貢献部会の部会長を務める中道淳子さんにお話を伺いました。

石川県立看護大学 老年看護学 准教授
中道 淳子さん

新たな世界に飛び込んで

地域の健康を守る仕事がしたいと看護の道に進んだ中道さん。大学卒業後は大学院で地域看護学を学びながら、老人保健施設の非常勤職員として認知症ユニットで働いていたそうです。「認知症の患者さんのケアは他の患者さんのケアとは違い、一筋縄ではいきませんでした。」会話がかみ合わないこともある中での看護に悪戦苦闘したそうです。しかし、そんな患者さんと気持ちが通い合った瞬間は、「お互いに意思疎通が出来たときは難しいパズルを完成させたときのような達成感が得られました。」とおっしゃっていました。老人保健施設での勤務で味わったその時の感動が忘れられず、老年看護学の道へと進むことを決めたそうです。大学院卒業後は東京で最先端の看護に触れたいと、聖路加(せいるか)国際病院で憧れの日野原重明医師のもと勤務を始めます。聖路加国際病院時代は、外国人の患者さんの看護をする機会があるなど今まで出会ったこともない経験・知識・環境の中で、自身の視野を広げることができたそうです。

中道さんを変えた研修員の姿

羽咋市の施設で筋力UPトレーニングの体験を行う研修員の様子。どの研修でも研修員たちは時間が許す限り質問するほどの熱心さだそうです。

その後金沢大学での勤務を経て2002年に石川県立看護大学で勤務をはじめた中道さんは、当時の上司であった老年看護学の教授がプロジェクトメンバーだった縁で、JICAの日系研修事業に関わり始めたといいます。当初はあまり乗り気でなかったそうですが、事業に深く関わり始めたことでその気持ちが変化してきたとのことで、「研修員の貪欲に学ぶ姿勢、国を背負っているという責任感にいつも圧倒されます。」という中道さん。訪問先で積極的に質問するのはもちろん、研修内容を理解したうえで的を射た質の高い質問をする研修員の姿に感化されるといいます。特に印象的だったのが、タイ人の研修生とのエピソードだそうです。研修の全日程が終了し、研修の総括を行う予定の日、研修員から「日本のグループホームを見学したい。」とのリクエストがありました。せっかくの機会だからとなんとか受け入れ先を探し研修員を連れて行ったそうです。そこで見たのは、担当者を質問攻めにするくらい熱心に質問をする研修員の姿でした。中道さんは、「研修員の熱心さを目の当たりにし、それに応えたいという思いが研修員の受け入れを続ける原動力になっています。」と語ります。

たくさんの人に支えられながら

石川県立看護大学では地域ケア総合センターの国際貢献部会が中心となり研修事業に取り組んでいるといいます。「専門の垣根を超えて先生同士の仲が良く協力のお願いや意見交換がしやすいのは本当に助かっています。」と中道さん。研修日程の立案、研修中に研修員から挙がる要望への対応、研修後のまとめに至るまでを「大学のチームワーク」で支えているそうです。しかし、大学の力だけでも研修は成り立たなく、研修生を温かく受け入れる羽咋市社会福祉協議会や県内の保健医療福祉施設の協力、途上国に関する知識やこれまでの実績に基づく的確なアドバイスで研修の土台を作るJICAとたくさんの人が関わるからこそより良い研修が行えるといいます。知能や生命力を含む『人の持つ力』が最大限に発揮されるようサポートするのが看護であり看護師の仕事と語る中道さん。「研修員が学びたいことや、研修事業に協力してくれる方の思いをくみ取ることを大切にしています。常に相手のニーズを考えてしまうのは看護師の職業病かもしれません。」中道さんの相手に寄り添う心が研修を支えていると感じました。

感じ・触れ・味わうこと

授業の1コマを利用して、パラグアイからの研修員が母国のことを石川県立看護大学の2年生に発表をしている様子。日系研修事業で研修員を受け入れ始めてから他国の歴史や移民の歴史を知り、視野が広がったといいます。

「語学が出来ないから、海外の人と話したり海外の文化に触れたりしないのはもったいない。まずは、言葉でない部分に触れ・感じ・味わい・楽しんでみてほしいです。」中道さん自身、語学は得意でないそうです。しかし、研修中は研修員の学ぶ姿勢や人柄など言葉以外のものから学ぶことは多く、研修事業は日本にいながら海外の文化に触れることが出来るので、事業に学生が関わることは貴重な機会だといいます。研修期間中には、2年生を対象に研修員から話を聞く授業を開講するそうです。「教員が出来ることは学生に機会や知識の種を播くことです。すぐに成果が表れるということではないと思いますが、海外の文化に触れることがこれからの学生たちの人生に役立てばと思っています。」と中道さん。種まきを続けた結果、花咲くこともあったそうです。中道さんが日系研修のフォローアップ調査でパラグアイを訪れた際、石川県立看護大学の卒業生が現地でJICA海外協力隊として活動していることを知りました。その後その卒業生と会う機会があり話を聞くと、石川県立看護大学がタジキスタン共和国を対象に「母と子のすこやか支援プロジェクト」として行った国別研修の話を聞いたことがJICA海外協力隊に参加するきっかけになったとのことでした。卒業生が、大学での学びや経験をきっかけに世界へ羽ばたき活躍しているということが何よりの励みになると頬を緩ませます。

2020年は勝負の年!!

石川県立看護大学は2020年度から、パラグアイでのJICA草の根技術協力事業にも取り組みます。中道さんは「課題は山積みですが、2020年は私自身にとって勝負の年、信念を持って新しい事業に取り組みたいです。」と意気込みを見せます。準備を進める中で、羽咋市からの期待、事業の実施先であるパラグアイからの期待、大学からの期待をひしひしと感じるといいます。何事にも流れやタイミングあり、事業に取り組む中でも節目やタイミングを見逃さず、前に進んできたいといいます。中道さんが長年看護の世界に携わる中で培ってきた「人に寄り添う力」「人のもつ力を引き出す力」がJICA草の根技術協力事業でも大いに発揮され、北陸地域の国際協力の取り組みがもう一歩前へ進んでいくのではないでしょうか。

取材
JICA北陸インターン
石黒 歩