命を守る手帳とカラフルな壁 ― アンゴラの母子保健現場から
2026.09.02
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- アンゴラ事務所 安原 良太郎
アフリカ南部に位置するアンゴラ。公用語はポルトガル語で、街では"Bom dia!"(おはよう)、"Obrigado"(ありがとう)という言葉があちこちで飛び交います。内戦(2002年終結)を経て復興を進めるこの国で、いま「一冊の手帳」が、たくさんの命を守っています。
みなさんはご自分の「母子健康手帳」を見たことがありますか?
日本で妊娠がわかると、当たり前のように役所でもらえるあの手帳です。もし、妊娠中の記録も、出産の記録も、赤ちゃんの成長の記録も、どこにも残っていなかったとしたら――そんな状況を想像できますか。
母子健康手帳を持って健診に来たご夫婦
母子健康手帳と赤ちゃん
ポルトガル語では「Caderno de Saúde Materno Infantil」(母子健康手帳)と呼ばれ、"Saúde"(サウーデ)は「健康」を意味する、現地でとてもよく使われる言葉です。実はアンゴラでも、JICAの協力のもと2012年に日本の母子健康手帳制度を学んだことをきっかけに母子健康手帳が作られてきました。
以前のアンゴラでは、妊婦用と子ども用の手帳が別々で、継続的な記録が難しい状況でした。しかし、母子健康手帳の導入により、母と子一人ひとりの健康状態を、妊娠中から切れ目なく見守れるようになったのです。
その効果は着実に広がっています。2026年6月時点で、アンゴラ全21州のうち20州で母子健康手帳の導入が完了しています。これまでにJICAのプロジェクトを通じて471万部以上が印刷され、保健医療施設で研修・配布が行われています。さらに、視覚に障がいのある女性も使える点字版も、保健省の主導で新たに作られました。また民間企業による手帳の増刷支援も行われており、多様なパートナーとの連携によって、母子手帳の取り組みが広がっています。小さな手帳ひとつが、これだけ多くの人の手に届いていることに、いつも驚かされます。
点字版母子健康手帳
母子健康手帳の普及とあわせて、 JICAはウアンボ州とウィラ州で、「PROSMATE」という愛称のプロジェクトを通じて、保健医療施設での妊産婦ケアの質向上にも取り組んでいます。現場の看護師さんたちが、研修で学んだ知識を自信をもって日々の業務に活かし、その変化は妊産婦さんやご家族からも好評だと聞いています。手帳という「記録のツール」と、現場の「人の力」が両輪となって、母子保健を支えているのだと感じます。
PROSMATE研修
PROSMATE研修
2026年3月、ウアンボ州とウィラ州の保健センターに、もうひとつの変化が生まれました。日本人アーティスト・河野ルルさんによる壁画です。花や鳥、地域の伝統文化をモチーフにした色鮮やかな絵が、待合室を温かい空間に変えました。
このペイントには、産前健診に訪れた妊産婦さんや子どもたちも一緒に筆を握りました。制作の様子を河野さんに伺うと、最初は不安げにしていた看護師さんも「私も一緒に描きたい」と言ってくれたそうで、"自分たちの施設"という愛着が生まれ、医療従事者のみなさんの表情も明るくなったそうです。作業の合間には、現地の方々から"Muito bonito!"(とても綺麗!)という声も聞かれたといいます。使われた塗料には防蚊効果もあり、蚊が媒介する病気(マラリア)の予防にもひと役買っています。アートとお守りの両方の役割を果たしているのが、面白いところです。
壁画アートに取り組む河野さんと看護師さん
病院や保健センターの待合室と聞いて、みなさんはどんな空間を思い浮かべますか。もし壁一面に花や鳥が描かれていたら、少しだけ気持ちが軽くなる気がしませんか。
壁画アートと河野さん
壁画アートと看護師さん
母子健康手帳も、壁の絵も、それだけでは病気を治せません。しかし、「記録すること」と「安心できる場所であること」は、母と子が健康に生きるための確かな土台です。日本で生まれた一冊の手帳が、遠く離れたアンゴラで、これほど多くの母と子を支えている。そのことを、これからも多くの方に知っていただけたら嬉しいです。
みなさんのお手元に、あるいはご実家に、あなた自身の母子健康手帳はまだ残っていますか。もし見つけたら、ぜひ開いてみてください。そこに書かれた小さな記録が、実は世界中の母と子の命と健康を守る大きな取り組みの原点なのです。
Até a próxima(また次回)!
研修を終えた医療従事者の皆さん