「博士ちゃん」と迫る大エジプト博物館とツタンカーメンの至宝!
2023.10.05
謎が多いからこそ多くの人が魅了される古代エジプト文明。小学1年生のときにその魅力の虜になった「古代エジプト博士ちゃん」こと田中環子さんが、同じく小学1年生のときにツタンカーメンに魅了され考古学者になったという金沢大学教授の河合望さんに、エジプトのギザで開館準備が進められている大エジプト博物館や収蔵予定のツタンカーメンの至宝について、そして同博物館の開館に向け進められてきたJICAの協力プロジェクトについて話を聞きました。JICAの松永秀樹中東・欧州部長がナビゲートします。
大エジプト博物館
日本の支援で建設されている世界最大規模の博物館。新型コロナウイルスの感染拡大などの影響で開館は延期になっており、その開館が待ち望まれている。JICAは2008年から、遺物の保存修復を担う人材の育成や、ツタンカーメンの遺物を中心とする72点の重要遺物の保存修復、博物館の運営計画支援など、多岐にわたるプロジェクトで多面的な協力を行っている。
田中環子さん(以下、環子) 昨年テレビ番組の企画で初めてエジプトに行って、本や写真集で見ていたルクソールのカルナック神殿や壁画に残る古代の色彩など、実物を目の前にして感動しました! 実はエジプトに行く前に河合先生にメールをしたら、「エジプトの太陽は神様です」と教えていただいたんです。エジプトは雲が少ないので、日光がじかに体に降り注ぎ、本当に神様みたいだと感じました。
河合望さん(以下、河合) 私も環子さんと同じように小学生のときにエジプトに興味を持ちました。やっぱり実際にエジプトに行って、現地の気温や湿度、匂いを感じるからこそ古代エジプト人の暮らしや価値観が分かりますよね。そうやって体感できたことは財産ですね。
松永秀樹 JICA中東・欧州部長(以下、松永) 環子さんは開館前の大エジプト博物館に入った数少ない日本人の一人です。博物館について河合先生に聞きたいことはありますか。
環子 大エジプト博物館では、エントランス広場にあったラムセス2世の巨像に圧倒されました。展示室には入れていないので全貌が分からないのですが、大エジプト博物館はどんな博物館なのですか?
河合 大エジプト博物館の敷地は東京ドーム10個分ぐらいの大きさで、一つの文明を扱う博物館としては建物の総面積も展示面積も世界最大級となります。最大の見どころは5000点を超えるツタンカーメンの遺物です。
田中環子(たなか・わこ)
中学1年生。2021年、テレビ朝日「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」に登場し、古代エジプト文明についての豊富な知識を披露。翌年同番組の企画で念願のエジプト初上陸を果たした。今回話を聞く河合望さんは、環子さんも通うカルチャースクールでもエジプト学を教えており、以前からの顔見知り。いつも古代エジプトについて教えてくれる「先生」だ
東京ドーム約10個分という広大な敷地に建つ大エジプト博物館。
奥に見えるのはギザの三大ピラミッド
エントランス広場でラムセス2世の巨像が迎えてくれる
松永 今まで一度も展示されていないツタンカーメンの秘宝も展示されるんですよね。期待が膨らみますね。
環子 その中でもイチオシは何ですか?
河合 推しですか? それは難しい、全部です(笑)。でも、やはりツタンカーメンの棺ですね。棺はいくつあるか知っていますか?
環子 3つです。
河合 そう、3つです。今まで3つ揃って展示されていなかったのですが、大エジプト博物館では棺も黄金のマスクも一堂に会します。それからクフ王のピラミッドの南側から見つかった2隻の「太陽の船」も展示される予定です。
環子 ツタンカーメンの遺物といえば、以前、日本の展覧会で「チャリオット」という戦車のレプリカを見ました。今回の修復作業中に屋根付きだと分かったそうですが、屋根が付いた状態で展示されるのですか。
河合 本当は屋根がついた状態で展示できるといいんですが、3000年以上も経って劣化しているので難しいんです。そこで屋根と本体を3次元レーザーでスキャニングして、バーチャルリアリティの映像で展示予定です。この新しい展示方法は、JICAの協力のおかげで実現できるんです。
河合望(かわい・のぞむ)
金沢大学古代文明・文化資源学研究所所長、教授。30年以上にわたりエジプト現地での発掘調査や保存修復プロジェクトに従事。2016年から大エジプト博物館の保存修復プロジェクトに携わる
(上)カイロのエジプト考古学博物館から大エジプト博物館に移送される第1の太陽の船。現在修復・復原中の第2の太陽の船と並んでの展示が予定されている
(下)乗り物に屋根がついた最古の例だというチャリオット(戦闘用の二輪馬車)。しかも屋根は傘のように折り畳める仕様だ。VR技術により、来館者はスマホやタブレットの画面を通して屋根がついた状態を見られる予定
環子 世界にはいろんな国があるのに、どうして日本がエジプトの博物館を支援しているのですか?
松永 大変良い質問ですね。この質問には私からお答えします。1900年ごろにフランスやイタリアの協力でカイロのエジプト考古学博物館が建てられたのですが、100年経って老朽化が進み、新しい博物館を作ろうという話が持ち上がりました。そこで日本にリクエストがあったんです。
環子 エジプトから支援のリクエストがあったのですか。
松永 国際協力というと、アフリカなどの発展途上国の草の根に入って支援するJICA海外協力隊が挙げられるかもしれません。ほかにも、橋や発電所などのインフラを整備するなど、途上国の経済を発展させていこうとする活動がありますが、この大エジプト博物館のように、外国の文化を支援して大切な「宝物」である遺物を後世に伝える協力を行うことも、大切な国際協力の仕事の一つなんですよ。
河合 この協力の中で、72点ものツタンカーメン王の財宝をエジプト人と一緒に保存修復させてもらいました。そもそも、エジプト研究に200年の歴史をもつ欧米に対し、日本はある意味、新参者ですから、修復の分野に新たに参入すること自体、本当にすごいこと。ましてや、エジプトの重要遺物に日本人を含め外国人が触れながら修復するのは、画期的なことなんですよ。今回それが実現したのは、日本人の「エジプト人を尊重して、協力してやっていく」という姿勢が認められたのかもしれません。お互い学び合い高め合い、双方にプラスの効果があったと思います。
修復作業は、主に木材、壁画、布(染織)の3分野で、エジプト人と日本人の専門家が協力して行われた
(上)高解像度デジタル顕微鏡(JICA供与機材)を用いたチャリオット細部の診断分析。同顕微鏡を用いた診断分析は、保存状態の把握だけでなく、新しい考古学的知識を得る研究にも貢献している(下左)ツタンカーメンのサンダルの修復作業(下右)壁画の診断分析
環子 エジプトと日本は良い関係にあるのですね。
松永 両国の交流は1863年にさかのぼります。日本の使節団がヨーロッパに派遣され、その途中でエジプトにも立ち寄りました。その一員には福澤諭吉も含まれていました。翌年も使節団が訪れ、ちょんまげ姿の侍たちがスフィンクスの前で記念撮影をしています。その後も交流を深め、ここ20年ほどはエジプトの文化財の保存・修復をする中で信頼関係を築いてきました。
松永秀樹(まつなが・ひでき)
1991年に旧海外経済協力基金(現JICA)入社、以来30年以上国際協力に携わる。2012〜2015年にJICAエジプト事務所長を務め、現在はエジプトを含む中東・欧州地域の開発協力を管轄する中東・欧州部長
スフィンクス前で集合写真を撮る日本の使節団
所蔵:流通経済大学 名誉教授 三宅立雄
協力:流通経済大学 三宅雪嶺記念資料館
環子 20年以上も支援してきて、それが博物館の展示品として形になって見られるというのは、日本人として誇らしいですね。
河合 日本には木材を使った文化財が多く、特にその分野の修復技術に長けています。加えて修復作業に使う和紙もありますし、さまざまな日本の技術などが評価され、大変な名誉な機会をいただいたんだと思います。
環子 どうして和紙を使うんですか。
河合 例えば、バラバラの状態で発見されたパピルスは、和紙を裏打ちして修復します。私も直接関わったチャリオットや木製のベッドの修復では、剥がれている表面の金箔をさまざまな薬品を使って固定するのですが、そのときも表面に和紙を当てながら行いました。和紙は世界中の保存修復で使われている、日本の誇るべきすごい素材なんです。
松永 「すごい」といえば、大エジプト博物館のツタンカーメンの遺物の展示室の説明は、アラビア語、英語、日本語と3か国語で表記されていると聞きました。その日本語説明文を書かれているのが、河合先生だそうですね。
河合 はい。英語の直訳では分かりづらいので、日本人に分かりやすい解説になるように工夫しています。
環子 海外の博物館で日本語で一つひとつの展示品に説明が書かれているところなんて、あまり聞かないですよね。専門用語を日本語にするのも大変なのに、すごいです。
河合 ですから、ぜひ多くの日本人の方に大エジプト博物館に来ていただいて、実際に見てほしいと思っています。
日本語も併記されている大エジプト博物館内部の案内表示
松永 環子さんは、自分で古代の方法を調べて魚のミイラをつくったとか。今日お持ちいただいていますが、研究熱心で驚きました。
環子 はい。哺乳類のミイラは難しいので、魚屋さんでイナダを買ってもらって、ミイラにしました。棺と重要な臓器を入れるカノポス壺は粘土でつくりました。臓器は人間だと肺などを入れるのですが、魚だったのでエラを入れています。
河合 すごいね。僕はミイラはつくったことがないから、抜かされちゃったな。
松永 今、中学1年生で、ここまで自分で調べ上げて実践するなんて、素晴らしいです。環子さんは将来考古学者になって、叶えたいことがあるそうですね。
環子 「差別のない社会」「平和な世界」「地球に優しい生活」という3つのテーマがあり、この3つは連鎖していると思っています。古代エジプトと今の世界では時間の流れや文化、宗教や習慣は全然違います。でも、同じ人間なので失敗もするし、間違いもします。むしろ、その間違いを認めて改善できればいいと思います。先ほど、遺物の修復でも「相手を尊重する」というお話がありましたが、お互いの違いを認めて大切なものを守ったり、地球温暖化など現代ならではの環境問題解決のヒントを見つけられたりしたらいいと思います。
松永 考古学者という夢の先に、グローバルな視点も持っていてすごいですね。私の所属するJICAも国際協力を通じて差別のない社会、平和な世界を構築しようとしています。環子さんの夢はJICAの願いでもあります。
河合 私も今日は感服しました。環子さんが古代エジプトのことを調べることで、現代人が失ったものがいろいろと見えてくるでしょう。そして、お互いの文化や歴史的な背景を理解したうえで一緒にやっていくことが、将来の夢につながってくると思います。近い将来、ぜひ一緒にエジプトで活動しましょう。ツタンカーメン王妃・アンケセナーメンのお墓はいまだに発見されていません。もしかしたら、環子さんが発見するかもしれないね。
環子さんが手作りした品々。
左からツタンカーメンのぬいぐるみ「ツタオ」、棺に入った魚のミイラ、
ミイラにするときに取り出した臓器を入れる4つのカノポス壺。
ミイラの棺は、ルーブル美術館が収蔵する魚のミイラの棺を参考に制作
画用紙に手書きしてくれた、環子さんが考古学者になって叶えたい夢
エジプトへの熱い想いが尽きることのなかった今回の対談。大エジプト博物館に展示・収蔵される数々のツタンカーメンの遺物には、日本の保存修復技術がいかんなく発揮されています。実際に大エジプト博物館に足を運んで、展示品一つひとつの背後にあるエジプト人と日本人の修復にかけた熱い想いと苦労のドラマに思いを馳せる——。その日を楽しみに待ちたいですね。
※今回の対談は、東京国立博物館で開催されたシンポジウム「大エジプト博物館のいま:ファラオの至宝をまもる2023」に合わせて、同シンポジウムを大エジプト博物館、JICAとともに主催する東京文化財研究所の協力で行われました。
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