食料価格高騰の3要因とは? 日本とアフリカにみる「栄養危機」【世界をもっとよく知りたい!・1】

#2 飢餓をゼロに
SDGs
#13 気候変動に具体的な対策を
SDGs

2024.02.09

現在、世界では気候変動や食料危機など、さまざまな問題が起きています。そのような問題の現状や解決策について、「世界をもっとよく知りたい!」と意欲を持つタレントで大学生の世良マリカさんと一緒に、各界の専門家をゲストに招いて考えます。第1回のテーマは「食料価格はなぜ上がっている?」。食の価格高騰問題に詳しい元東北大学教授の盛田清秀さん、日本の子どもの食に詳しい「認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ」理事の三島理恵さん、JICA経済開発部の松井洋治農業・農村開発第二グループ課長にお話を聞きました。

左から三島理恵さん、盛田清秀さん、世良マリカさん、JICAの松井洋治課長(経済開発部)、伊藤綱貴さん(広報部)

左から三島理恵さん、盛田清秀さん、世良マリカさん、JICAの松井洋治課長(経済開発部)、伊藤綱貴さん(広報部)

JICA広報部 伊藤綱貴さん(以下、伊藤) 進行補佐の伊藤です。世良さん、もし、日本が輸入を停止した場合、国民に提供できる食事はじゃがいも、さつまいも、米がメインになるのですが、どう思われますか。

世良マリカさん(以下、世良) 炭水化物が多くて、偏りが気になりますね。

盛田清秀さん(以下、盛田) もっとタンパク質を補えるといいのですが、もしも日本が輸入を停止し、国民1人当たりに2020キロカロリーを提供しようとすると、いもが3食、牛乳は6日にコップ1杯、卵は7日に1個。お肉は100グラムを9日間に1回程度となります。

世良 お肉は9日に1食になってしまうんですね…。

世良マリカさん

輸入が止まった想定の食事を見て驚く世良マリカさん。2002年神奈川県生まれ。19年に芸能界入りし、モデル、タレントとして活動。史上最年少16歳で「ミス・ワールド2019日本代表」になる。慶應義塾大学総合政策学部に在籍している。

価格高騰は続くと話す盛田清秀さん

価格高騰は続くと話す盛田清秀さん。博士(農学)。2002年から2012年まで日本大学生物資源科学部教授、2012年から2018年まで東北大学大学院農学研究科教授、2018年から2022年まで公立小松大学国際文化交流学部教授を務める。農業政策、農業経済などに詳しい。

食料価格高騰における3つの要因とは

盛田 現在、世界中で食料価格が高騰しています。世良さんは小麦を使った食べ物は好きですか。

世良 麺類が好きで、一日一食は食べます。

盛田 小麦をはじめとした穀物価格も上昇しています。20世紀後半は1トンあたり100ドルで推移していたのですが、最高時は1トン524ドルの高値を付けました。価格高騰の原因は何だと思いますか。

小麦価格の推移

世良 ロシアによるウクライナ侵攻でしょうか。

盛田 その影響も大きいのですが、実はウクライナ侵攻がなかったとしても世界の食品価格は上がっていたと考えられます。その理由は3つです。
1つ目は世界の人口の増加。インド、中国のような新興経済大国での食料需給が爆発的に増えています。ただ、これはある意味「想定内」。想定外の理由があり、そのうちの1つが「穀物の新しい用途」です。どんな使い道だと思いますか?

世良 穀物を燃料に使うことですか。

盛田 はい。今、最大のバイオ燃料の原料はとうもろこしで、アメリカが世界最大の生産国です。世界の30%ほどを生産し、そのうち4割はバイオ燃料に加工されます。

世良 4割も。それは影響が大きいですね。

盛田 3つ目は気候変動です。2023年10月のFAO(国連食糧農業機関)の報告書によると、この30年間で地球温暖化によって世界の食料生産が3.8兆ドルの被害を受けたといわれています。

世良 そうなると、もともと暑いアフリカなどの地域や発展途上国は影響が大きくなるのでは?

JICA 経済開発部 松井洋治課長(以下、松井) アフリカは気候変動による寒暖差、渇水などの影響を受けています。JICAは国際協力として大規模な灌漑を手がけてきましたが、最近は各農家が地域にある石や木、土などの材料を使って作る小さな灌漑「小規模農民のための灌漑開発プロジェクト」(COBSI: Community-Based Smallholder Irrigation)を推進しています。従来の灌漑には多額の資金がかかり、政府や農家が維持費を出せませんでした。そうした中、「小さな灌漑」がザンビアで広がっています。水が少ない乾季も灌漑によって川の水を引く、補給灌漑も進めています。

小さな灌漑COBSIを作っている様子

小さな灌漑COBSIを作っている様子

世良 大きな灌漑と小さな灌漑では、どのぐらい経済負担が違うのですか。

松井 大きな灌漑は数十億円ですが小さな灌漑は1ドル程度で作れます。乾季には、せき止めている水を畑に流すことができ、雨季には灌漑自体が流されてしまいますが、石と土でできているので、次の乾季には農家がまた自分たちで作り直せます。費用対効果が大きいのです。たまった水を畑に流せて、小さな灌漑で農家30~40人の畑を支えられるんです。

世良 1ドル程度ですごい効果ですね。今後、食料価格の高騰がおさまることはないんでしょうか。

盛田 私は20年〜30年は続くと考えています。人口増加、バイオ燃料、気候変動という3つの要因は簡単に解決できません。農作物の収穫量を増やそうとしても環境や地下水の汚染問題などがあり、生産に限界があります。

伊藤 そんな中、日本は世界的に食料自給率が低く、「買い負けている」と言いますね。

世良 買い負けるとは?

松井 海外から食料を買ってこられる量や力が弱くなることです。為替の強い国や、人口が急増している新興国は大口で購入しますが、日本は海外のバイヤーと競争したときに必要な量を買えなくなっています。長期的な買い負けもあれば、日本の不作時に緊急的に買い負けることもあります。

世良 ショッキングな話ですね。

買い負けについて話をする松井洋治課長

買い負けについて話をする松井洋治課長。約7年間の投資銀行での経験を経て、2012年JICA入構。中東欧州部、農水省国際部出向、ザンビア事務所勤務を経て現在は経済開発部農業・農村開発第2グループ課長。アフリカ地域(東部・西部英語圏地域を除く)と中東、欧州の農業開発・食と栄養の案件を統括。

途上国の自主給食と日本のこども食堂、通じ合う活動

世良 大学でアフリカ研究会に所属して学んでいますが、アフリカに限らず、途上国は温暖化の影響を受けやすいのですか。

松井 もともと所得が低い世帯は食への支出割合が高いため、食料価格の影響を受けやすくなります。政府も財政支援が難しいので、JICAではさまざまなアプローチをしています。例えば、2008年に「アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)」という国際的なイニシアチブを創設しています。これは、アフリカ大陸全体の米の生産を10年で倍増させようという取り組みで、実際に倍増させることができました。現在はさらに倍増させるフェーズ2の段階です。また、野菜を栽培するときも、地域の市場を農家が自分で見て、利益の大きい作物に気づいてもらってから栽培研修をする市場志向型農業のアプロ―チ(SHEP)もしています。

一方で、ただ食料を作ったり、経済的に自立する家庭を増やしたりするだけでなく、SDGsの観点では食事においても「誰一人取り残さない」ことが大事です。これは三島さんの活動と通じるものがあります。

三島 具体的にどんな取り組みですか。

松井 「自主給食」です。アフリカでは学校給食は、財政的な理由からほとんど提供できていません。そこで保護者や地域住民が自主的に給食を用意し、空腹による集中力の欠如や健康状態を改善しようとするのが「自主給食」です。

アフリカでの自主給食の様子

アフリカでの自主給食の様子

三島 みんなでごはんを食べるのは、こども食堂と一緒ですね。

松井 こども食堂は地域の方々が動いて成立させるもの。自主給食は保護者たちが自ら動いて成立させるもの。「自分で動く」ことが、アフリカの農業開発において重要です。政府の支援が限られ、燃料代もないので政府の支援員が農家に行けない。そこで大事なのは自分から動くことで、地域の人たちの自発的な活動をどのように促すのか、これが国際協力の永遠のテーマだと考えています。なぜ、こども食堂では周囲の方々が自ら動いて運営できるのか教えてください。

三島 こども食堂は全国9000カ所以上に広がっています。多くはボランティア活動ですが、高齢化が進み、地域が寂しくなる中での「自主的な支え合いの活動」でもあります。支え合いの活動としてさらに全国に広がればと思っています。

松井 支え合いを生み出すきっかけは何でしょうか。

三島 一つは、「こども食堂」というネーミングが人々の共感を呼ぶのだと思います。みんなにとって大事な「こども」と「食」というパワーワードが重なっているのが大きいですね。さらに日本は災害が多い国で、日常と非日常が背中合わせです。暮らしの安全を保つためにも、日頃から人とのつながりを大事にしたい気持ちが根底にあるからこそ、「何か行動を起こそう」となるのだと思います。

むすびえの三島理恵さん

こども食堂の持つ共感力について熱心に語る三島理恵さん。JICA勤務を経て日本ファンドレイジング協会設立に携わり、NPOと寄付者をつなぐ仕組みづくりに取り組む。全国こども食堂支援センター・むすびえの立ち上げに参画し、2022年よりむすびえ理事。

私たちが食を守るためにできることは

伊藤 乳幼児の時期に栄養が不足すると、幼少期だけでなく大人になった後にもその影響があるそうですね?

松井 国際的な医学誌「ランセット」によると、「人生の最初の1000日(胎児期 280 日+生後 2 年間)における栄養不足が、その後の子どもの成長に大きく影響する」という結果が2008年に出ています。食料危機と言われていますが、実は栄養危機ではないかとも考えています。

三島 日本では子どもの相対的貧困率が11.5%(2021年)です。食事の内容も家庭によって、偏りが生じてしまいます。各家庭の食事に差がある中、こども食堂では季節の野菜を食べて、いろんな食材を体験できるよう意識しています。

世良 ここまでいろいろお話してきましたが、私たちが食を守るためにできることは何でしょうか。

世良マリカさん

「食を守るためにできることは?」と問いを投げかける世良さん

盛田 日本の食料自給率はカロリーベースで38%と低いのですが、米の生産性は高いんですね。日本で食料自給を持続的にするのは米を作るのが効果的です。米の消費量が減ってきていますが、この食料価格高騰の中で、米の価格は上がっていないんですよ。だから米は家計にやさしい、しかも和食は健康に良いと認められていますし、米をもっと食べることが日本農業を再生させる大きな力にもなります。日本は今、基礎的食料も買い負けるような状態なので、米の消費を再生させることが世界の食料危機に対する貢献でもあります。

世良 お米を食べる食育も大切ですね。

盛田 日本はこれまではお金があれば他国から買える状態だったけれど、買い負けの話もあったように、基礎的な食料も買い負けるようになってきています。日本型の食生活の再生が世界の食料危機に対する貢献になります。食料を日本が輸入するのは他国への圧力にもなるので、日本としての責任を果たすことが重要です。国産小麦や国産大豆にも目を向け給食で味わえるようにして、日本が世界の食料需給に圧力をかけないようになってほしいですね。

三島 こども食堂では地域の農家などが寄附してくれたお米や野菜で、愛情たっぷりに作られたごはんを食べるわけですから、いずれ生産者の視点を持った大人に育つと思います。こども食堂は豊かな食文化を作る基盤でもあります。

松井 アフリカの農業開発では「米をつくります」「主食をつくります」だけではなく、それによって豊かになり、農業に若い人をひきつけることで、アフリカのポテンシャルを引き出せると思います。また、「食べることの大切さを」見直すことも重要です。特にアフリカの場合、「兵士に農機具を略奪される」「圃場を壊される」などが起こることもあり、農地がボロボロになっていきます。そのような厳しい状況の中で、「食」が、人が前を向くきっかけになるかもしれないと感じました。

世良 みなさんとお話しする中で、身近な食について知らなかった話題がたくさんありました。「国内産の食べ物を食べることで世界に圧力をかけない」など、自分にできることもあり、興味深く感じました。

【動画】♯1食料価格はなぜ上がっている?世界をもっとよく知りたい!with JICA

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