パリ五輪・パラリンピックで躍動へ!協力隊コーチが挑む、初めての夏
2024.07.16
いよいよパリオリンピック・パラリンピックが開幕直前。世界のトップアスリートが出場するこの2つの大会に、JICA海外協力隊が指導する選手も出場します。バヌアツ、そしてインドから出場する選手のコーチを務める2人の隊員に、指導について、そして大会に向けた想いについて聞きました。
Photo: Hethers/ Shutterstock.com
オーストラリアの東約1,800キロに位置するバヌアツは、83の島々が南北約1,200キロにわたって広がる群島国です。このバヌアツから、33歳にして2008年の北京五輪以来16年ぶり2度目のオリンピック(五輪)出場を果たしたのは、卓球女子シングルスのプリシラ・トミー選手です。このトミー選手を指導し、五輪出場に導いたのが、JICA海外協力隊の髙嶋諭史さん。2023年4月からバヌアツに派遣され、同国のナショナルチームを指導しています。
プリシラ・トミー選手と髙嶋諭史さん(左から)。髙嶋さんは、中学、高校、大学(筑波大学)を通じて卓球部に所属し選手として活躍。大学卒業後は国際交流基金派遣のスポーツ指導者などでUAE、バーレーンで計8年半指導。日本で会社勤めをして60歳で定年退職した後、JICA海外協力隊として2017〜2019年にジャマイカのナショナルチームのコーチ、2023年4月からバヌアツのナショナルチームのコーチを務める
トミー選手は、2023年11月に開催されたパシフィックゲームズ(4年に一度開催の、オセアニアの地域オリンピックの位置付け)で金メダルを獲得。続く2024年5月開催の五輪オセアニア予選でも4戦全勝の成績で優勝し、見事五輪出場を勝ち取りました。
こうしたトミー選手の活躍には、大会に向けて独自の練習プログラムを組み、他国選手の過去のプレー映像から分析したデータをもとに指導するなどの髙嶋さんの尽力がありました。
「自分のプレーを分析して修正する、卓球に対する頭の良さがある選手」。そう髙嶋さんが称えるトミー選手ですが、2012年と2016年の五輪には子育てなどのため、そして2020年の東京五輪にはコロナ禍のため、予選にも出場していませんでした。実は、83の島からなるバヌアツで、トミー選手は首都ポートビラがあるエファテ島から北に約400キロ離れた卓球台も無い島に住んでいます。コロナ禍もあり、2019年11月からは練習もできていない状況でした。パシフィックゲームズの2か月前からポートビラのいとこの家に滞在し、髙嶋さんと共に毎日練習に励んでそのブランクを埋めていきました。
「練習していなかったにも関わらずこれだけ戦えるのは、基礎がしっかりしているから。オセアニアでは珍しい守備型のカットマンで、手足が非常に大きいところも強みです。私が組んだ練習プログラムも忠実にこなす素直さがあるのも強さの一因だと思います」
ただ髙嶋さんは、バヌアツの卓球環境は決して良くはないと話します。「専用練習場はなく、卓球台が4台ある体育館でほかの競技と一緒に練習しています。その体育館も、昨年3月の二つの巨大サイクロンで窓や天井が被害を受け、雨風が入るような状況です」。
トミー選手に指導する髙嶋さん
卓球台が4台並ぶ体育館の練習場
バヌアツには卓球連盟はあるものの事務所がなく、髙嶋さんの他にコーチもおらず、スタッフもボランティア。ロンドン五輪に出場した卓球選手でトミー選手のいとこのアノリン・ルル選手が連盟の会長を兼務しながら、トミー選手のマネージャーも担う状況です。そんな環境の中でも、髙嶋さんは熱のこもった指導に加え、日本卓球協会の副会長に依頼して試合球を寄付してもらうなど、練習環境も整えていきました。
そうして臨んだ2つの大会で見事な成績を収めたトミー選手。以前は髙嶋さんが勧めても「勝っているから」とプレースタイルをなかなか変えようとしなかったものの、五輪出場を決めてからはさらなる強敵と戦うため、髙嶋さんのアドバイスを受け入れてラケットのラバーの種類が異なる表裏を使い分けるプレーや、より攻撃的なプレーを練習しています。
「まずは初戦を突破してほしい」。トミー選手への期待と共に、自身初の五輪コーチとしての同行も楽しみだと髙嶋さんは話します。
オリンピックのオセアニア予選最終戦で勝利をおさめ、オリンピック出場を決めたトミー選手と試合後に握手
髙嶋さんが指導するバヌアツナショナルチームのメンバー。左から2人目がトミー選手、同4人目がルル選手。髙嶋さんは、残りの任期で大きな課題でもある若手の育成にも力を入れたいと話す
インド代表としてパラリンピック出場を勝ち取った、視覚障害者柔道男子のカピル・パーマー選手と女子コキーラ選手は、ともに初めての出場です。二人から絶大な信頼を得ているのが、コーチを務めるJICA海外協力隊の長尾宗馬さん。2022年3月から、インド視聴覚障害者柔道協会に所属して代表チームを指導しています。
カピル・パーマー選手(左から3人目)、コキーラ選手(同2人目)と長尾宗馬さん(左端)。長尾さんは小学校から柔道を始め、履正社高から大阪高校総体に出場し個人3位入賞、摂南大柔道部で主将も務めた。大学3年時に外務省のスポーツ外交推進事業を通じてインドで柔道を教えた時の現地選手のハングリーさに感銘を受け、JICA海外協力隊でのインド派遣を希望。視聴覚障害者柔道代表チームへの指導に加え、道場での健常者への指導も行っている
23歳のパーマー選手は、身長が高く手足も長いため、遠くから足をかける払い腰が得意。20歳のコキーラ選手は、小柄で相手の懐に潜り込むような柔道スタイル。長尾さんは、選手の特徴や得意技を生かしたプレーができるように指導を行っています。
「初めて代表選手の練習を見た時、正直『これで世界大会に出られるの?』と思いました。そのくらい基本的な動作を分かっていなかったんです。技術面に加えて精神面も、基礎から教えていくしかないと思いました」
インドでは、健常者の柔道人口も国の人口比で考えると多くはなく、「空手と柔道がいっしょになっている感じ」で認知度は十分ではないと長尾さんは話します。障害者柔道の歴史も浅く、視聴覚障害者柔道協会も14年ほど前に立ち上げられたもの。レベルの高い指導者もいませんでした。そんな中で、長尾さんは根気よく基礎を繰り返し教えていきました。
パーマー選手への指導風景。視覚障害者柔道では、試合は常に組み合った状態で行われる
長尾さんが一般人向けに指導する道場。小学1年生から20歳くらいまでの20〜30人を対象に教えている
ただ、中には基本を繰り返し練習することに対し不満をあらわにする代表選手もいたそう。練習に対する選手たちのモチベーションが低く、無理やりやらせている気分だったと言います。着任した当初は、新しい場所や経験に対する楽しさの方が大きかったものの、しばらく経つと、選手たちの練習態度に対する焦りや不安が勝るように。障害者柔道の指導は長尾さんにとっても初めての経験で手探りの部分もありました。
「選手のための練習なのに、なぜ分かってくれないのか」。泣きながら協会に相談した時、「そんなに焦らないで」「ここはインドだから」という言葉をかけられ、インド人選手の考え方や取り組み方も尊重しなければと、気持ちを切り替えたと言います。
長尾さんの指導により、パーマー選手、コキーラ選手は、技術的にも精神的にも飛躍的に向上していきました。2022年12月に東京で開催された視覚障害者柔道の国際大会「東京国際オープントーナメント」で、パーマー選手が優勝。これは、健常者も含めたインド柔道界において、国際大会初の優勝者という大きな快挙でした。本大会ではコキーラ選手も準優勝の成績を収め、続く2023年10月のアジアパラ競技大会でもパーマー選手は準優勝、コキーラ選手は3位と、男女共に輝かしい成績を残せるように。インドのモディ首相が、SNSで2人の活躍への賛辞と激励の言葉を投稿するなど、インド国内での期待も高まっています。
「メダルを取る度に、『長尾のおかげだ』と言ってくれるのがうれしい」と話す長尾さん。今回、自身としても初めてコーチとしてパラリンピックに同行します。大会の目標を尋ねると、「カピル(パーマー)は絶対金メダルを取ってくれる。コキーラも必ずメダルを取ります」。選手への絶対的な信頼を、笑顔で話してくれました。
パーマー選手は2024年4月に開催された国際資格障害者スポーツ連盟(IBSA)の柔道グランプリ大会で優勝。コキーラ選手も5位に入賞し、パリパラリンピックを前に勢いをつけた。長尾さんは当初の任期から9か月延長して今年12月までインドで指導を行う。パラリンピック終了後の残りの任期では、次のパラリンピックから変わる視覚障害者柔道の階級に対応するための指導・練習方法の整備などの下地作りを行う予定だ
このようにJICA海外協力隊は、途上国でオリンピックやパラリンピックに出場するようなトップアスリートも指導・育成していますが、それだけではありません。JICAは初心者や高齢者、障害者など、すべての人が公正かつ公平にスポーツに参加できるように、また特に障害者や女性の社会参画を促進するための自己肯定感を高める場として、スポーツへの参加機会を提供しています。
スポーツには、言語や人種・民族、年齢、障害の有無などを超えて人々をつなぐ力があります。このようなスポーツの力を借りて、分断されている民族やコミュニティ間の交流を図る平和構築の取り組みも行なっています。人々の可能性を広げ、平和な社会を実現するために、これからも「スポーツの力」を活用した協力を促進していきます。
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