「巻き込む力」が持続可能な社会をつくる! 沖大幹東大教授と語る、これからの国際協力
2024.09.12
今年、水分野のノーベル賞と称される「ストックホルム水大賞」を受賞した東京大学の沖大幹教授は、気候変動による水災害などに対応し得る強靭な開発に向けた研究で、JICAと連携してきました。気候変動リスクが年々高まる中、持続可能な開発を目指すために、どう行動していくべきなのか。宮崎桂JICA副理事長と意見を交わしました。
沖大幹東京大学大学院工学系研究科教授(左)、宮崎桂JICA副理事長(右)
世界各地で洪水や干ばつ、山火事など大規模な自然災害が相次ぐ中、気候変動とその影響が最も大きい水の問題は、人類共通の課題となっています。
沖教授は、地球上の水に関するあらゆる事象を研究する「水文学(すいもんがく)」の第一人者です。水の自然循環に「河川の流量」や「人間の水利用」を組み込んだ数値モデルを開発。世界の水需給の状況をより正確に把握し、気候変動が水資源や人の生活に与える影響を予測可能にしました。沖教授が開発した主要河川のデジタルマッピングは世界で最も広く利用されています。こうした研究が水文学、気候変動、持続可能性の結びつきに関する理解を大きく前進させたとして、今回ストックホルム水大賞を受賞しました。
沖教授率いる研究者チームは長年、JICAとJST(科学技術振興機構)が実施する地球規模課題に取り組むSATREPSに参画。タイで気候変動による水災害リスクの軽減に向けた適応策の国際共同研究プロジェクトなどを進めてきました。かつてタイ事務所長を務め、沖教授らの取り組みにも関わった宮崎副理事長との対談を通して、周りの人々を巻き込みながら、いかにして持続可能な未来を築いていくのか考えます。
沖 大幹(おき・たいかん) 東京大学総長特別参与/大学院工学系研究科教授
東京大学工学部卒業、工学博士、気象予報士。2006年より東京大学教授。2016年より21年まで国連大学上級副学長、国際連合事務次長補。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書の統括執筆責任者、国土審議会委員などを務める。2024年ストックホルム水大賞受賞、紫綬褒章受章。近著に『気候変動と社会:基礎から学ぶ地球温暖化問題』(東京大学出版会)など。
宮崎 ストックホルム水大賞の受賞、本当におめでとうございます。
沖 ありがとうございます。JICAとは、2008年からタイで水と気候変動と持続可能な開発に関する2件の共同研究プロジェクトに取り組んできました。その実績も評価されたのではと考えています。
宮崎 JICAは、人々が恐怖や欠乏なく尊厳を持って生きること、つまり「人間の安全保障」の実現を目指し、昨今ではサステナビリティの推進も一層強化してSDGsの達成に取り組んでいます。沖先生のプロジェクトを振り返ると、研究成果を社会実装するという点からも、JICAが今やろうとしていることに、いかに先駆的に取り組んでおられたかを、あらためて感じました。
沖 国連と日本政府が国際社会に打ち出した「人間の安全保障」は誇るべき概念です。安全保障によって守るべきは、「国」ではなく「人」だという考えを示したのです。その精神がJICAの中にあって、私たち研究者はその中で科学技術の適用を考えたということだと思います。
宮崎 桂(みやざき・かつら) JICA副理事長
社会基盤・平和構築部審議役兼ジェンダー平等・貧困削減室長、タイ事務所長、ガバナンス・平和構築部長などを歴任し、2022年10月に理事に就任。2024年5月より現職。
宮崎 タイのプロジェクトでは、カセサート大学などタイの名高い大学だけでなく、日本の大学からも大勢の研究者が集い、領域を超えて人々を巻き込みながら取り組んでいらっしゃいました。
沖 多くの領域をカバーしたのは、気候変動の影響が広範囲に広がっているためです。また、水との関わりは、人の健康やまちづくりなどあらゆる分野に及びます。できるだけ幅広に取り組んだほうが、相乗効果が表れることはこれまでの研究で分かっていました。SDGsの17のゴールにおいても、つながりの強い分野は、一方がうまくいけば他方にも成果が表れるのです。
2022年に発表されたIPCC第6次評価報告書では、「気候変動に強靭な開発」という概念が打ち出されました。人間社会の適正な開発と、気候変動対策へのアクション、生物多様性の保全の3つで相乗効果を生むことが必要だと示されており、これは非常に重要な視点だと思います。
宮崎 JICAはタイで、沖先生の実施したプロジェクトのほか、洪水などの自然災害時に企業が迅速に事業を再開するための事業継続計画への策定など、気候変動分野で幅広い協力をしています。こうした協力も、沖先生をはじめとする日本の研究者がタイの研究者と縁を紡いでくださった結果だと思っています。その一方で、近年は開発途上国への研究者の関心が薄れているような印象を持っています。
沖 一般論として、研究者の目線は国内に向いている傾向があり、実際に先端的な研究は先進国でしかできない分野もあります。しかし、水の持続的な管理という分野は、自然と社会の間のせめぎ合いをどう収めるかであり、地球規模での解決策を模索するには、日本だけというのはありえません。途上国を含め、現場での研究が必須です。
日本とタイの研究者たちによるタイ気象局のレーダーサイト訪問(写真提供:科学技術振興機構)
タイの学生たちによる海岸地形のモニタリング。タイ南部ソンクラー県の沿岸地域では、現地のコミュニティも巻き込んで海岸の測量を実施
宮崎 たしかに地球規模課題に取り組むにあたって、日本の事例だけ見ていても、インパクトは非常に限定的ですね。特に地域特性が大きい自然と水との関わりについては、現場でしか分からないことや、入手できないデータも多いのではないでしょうか。その点でJICAは、現場に人を送って、情報を入手し、さらに現地のニーズを理解する、という強みがあります。こういう強みを生かして、これからも研究と開発の橋渡しをし、気候変動という課題を途上国と共に解決していきたいと考えています。
宮崎 タイの研究プロジェクトでは、若い学生も多数参加し、世代を超えたつながりができたように感じました。
沖 私は35年ほど前に、ユネスコの科学者同士が交流する政府間プログラムで、初めてタイに連れていってもらいました。水の環境は国によって全く違うんだ、と強烈な印象を持ちました。これが私の研究の原点になっています。だから学生たちもできるだけさまざまなプロジェクトに参加できるようにしています。
「最近の若者は内向きだと言われますが、私の研究室では『海外に行きたい、国際協力したい』という若者も多いんですよ」と話す沖教授
宮崎 学生たちには、どのような指導をされているのですか。
沖 組織を動かすには多くの“優等生”が必要ですが、優等生は常にできることに対応し、最適解とか、最善策を求めがちです。一方、今重要なのは「夢や好奇心を追求し、人とは違うアイデアを出す」「新たな前例やルールをつくる。教科書を書き換える」といった気概を持つ、いわゆる“超越人材”の存在だと思います。その原動力が常識を変え、社会を変える力になるんです。
ですから、学生には「社会は変わるし、変えられる」と伝えています。正解なんてないですし、この先、何か決まった未来があるわけでもありません。未来は私たちの日々の選択の積み重ねであり、その選択が10年後、50年後の社会をつくっていくのです。
宮崎 国連の報告書によると、SDGsの達成に向けた途上国への投資不足額は年間約4.2兆ドルに上ると言われています。JICAも予算が限られる中、同じ目標に向かう民間セクターなどと共に、さらに開発インパクトを出していく、という方向に進んでいきたいと思っています。ただ、そのインパクトをどう可視化し、共創していくか、手探りの状態です。
沖 気候変動の研究でも同じことが言えるのですが、自分だけでできることをやろうとしないで、周りを巻き込んでいくという考えに変えていくことで、変化が生まれるのではないでしょうか。
JICAの強みは、組織だという点です。研究者は個人商店なので、その先生が関心を失ったり、定年になったりすると研究は止まります。一方、JICAは協力を始めると、5年なら5年ちゃんと続けて、フォローアップもやる。皆さんは大変かもしれませんが、これが大きな信頼となり、周囲を巻き込む力につながり、社会を変えるムーブメントを引き起こします。
現場に拠点があるJICAというブランドには、ものすごく信用があって、「JICAの事業の一環で研究を一緒にさせてください」と言うだけで、相手は話を聞いてくれるのです。その力はすごく大きいと、タイのプロジェクトでも実感しました。資金規模の問題だけではなく、「日本と協働するといいアイデアが出る」とか、「JICAと一緒にやるとうまくいくよね」みたいな信頼感は、プロジェクトを進める上でとても重要だと感じています。
宮崎 JICAのビジョンは「信頼で世界をつなぐ」です。欧米型とは一味違う、相手国に寄り添う姿勢で開発協力を進め、各国の信頼を得てきました。今後さらにそうした、お金で計れない価値を積み重ね、信頼を紡いでいくことがJICAに課せられていると、あらためて感じました。持続可能な未来に向け、ぜひこれからも一緒に取り組んでいきましょう。
SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)とは
SATREPS(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)は、地球規模課題の解決に向けた日本と開発途上国との国際共同研究を推進するプログラム。途上国との科学技術協力を通じて、地球規模課題の解決につながる新たな知見の獲得と、その成果の将来的な社会実装(研究成果の社会還元)を目指して、JICAとJST(科学技術振興機構)、AMED(日本医療研究開発機構)が連携して実施しています。
【沖教授のチームが取り組んだSATREPSプロジェクト】
気候変動に対する水分野の適応策立案・実施支援システムの構築
タイ国における統合的な気候変動適応戦略の共創推進に関する研究
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