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Japanese Overseas Migration Museum
Museu da Migração Japonesa ao Exterior
Museo de la Migración Japonesa al Exterior

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現在の場所は

2018年度

ペルー日本人移民の歴史とマチュピチュ村を創った野内与吉の生涯
2019年3月23日(土)

1917年、22歳で福島県からペルーへ移住した野内与吉は、マチュピチュまでの鉄道建設に携わったのをきっかけに現地に定住。マチュピチュ初の大型木造建築となる「ホテル・ノウチ」を起点に地域発展に尽くしました。郵便局や行政機関にホテルを提供し、水力発電所を建設するなど地域住民の信頼を得て、1939年にマチュピチュ集落の最高責任者である行政官、1948年にはマチュピチュ村の村長を務めました。その功績を与吉の孫にあたるセサル良郎氏に、ペルー日本人移民の歴史とともに語っていただきました。

講師:野内セサル良郎(Cesar Yoshiro Nouchi)氏
(日本マチュピチュ協会会長、一般社団法人 野内与吉資料館代表理事)

ドキュメンタリー映画上映会 "AND THEN THEY CAME FOR US"
第1回:2019年3月10日(日)
第2回:2019年3月16日(土)

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第二次世界大戦中の米国で、強制収容された日系移民の姿を描いたドキュメンタリー映画“AND THEN THEY CAME FOR US”(監督:Abby Ginzberg and Ken Schneider/米国/2017)を上映しました。3月10日(日)は、上映後に出演者のSatsuki Ina氏による解説も行われました。

主催:JICA横浜 海外移住資料館

ブラジル移住111周年記念イベント ブラジルと日本の未来を奏でる美味しい音楽会-Projeto Som Na Bacana-
2019年2月24日(日)

日本人のブラジルへの移住111周年を記念した音楽イベントを海外移住資料館の並びにある2階ワークショップスペースにて開催しました。

ブラジル移住の歴史を題材としたREI CAPOEIRAP氏によるピアノ演奏やラップ、中南米にゆかりのあるJICA職員を中心としたバンド「The Nwankwo 9」によるブラジル音楽などの演奏、ACCC.SHONANによるブラジル伝統芸能のカポエイラ実演と、移住やブラジルに関連した内容が盛りだくさんで、総勢60名の方々にご来場いただき、お楽しみいただきました。

今後も、みなさんが楽しめる場・学べる場を様々な形で提供していくことを目指しイベントを開催していく予定ですので、ぜひご参加ください。

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NHKドキュメンタリー制作者が見た“日系アメリカ人栄光と苦難の150年”(よこはま国際フォーラム2019内プログラム)
2019年2月2日(土)

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小山 靖史氏

NHKのスペシャル番組で、数多くの日系アメリカ人関連の企画・制作をしてきた小山 靖史氏(NHKエンタープライズプロデューサー)が、2001年に起きた9.11アメリカ同時多発テロ当時に運輸長官だったノーマン・ミネタ氏など、複数の日系アメリカ人に焦点を当てて、番組映像を見ながら彼らが経験した栄光と苦難について語りました。

主催:JICA横浜 海外移住資料館

海外移住資料館の「プチ・クリスマス企画」
2018年12月4日(火)~2018年12月24日(月・祝)

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海外移住資料館のクリスマスツリーを一緒にデコレーションし、さらに、SNSで移住資料館ネタを投稿してくれた方や、資料館アンケートに答えてくれた方には、お菓子をプレゼントしました。

主催:JICA横浜 海外移住資料館

ハワイ日本人移住150周年記念企画展示-元年者に始まるハワイ移民と邦字紙が果たした役割-
2018年10月6日(土)~2018年12月24日(月・祝)

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150年前の1868年、横浜から出港した約150人の日本人がハワイへ到着しました。これが日本からハワイへの集団移住の始まりとされます。この後、明治維新により江戸時代は終わり、彼らはのちに「元年者」と呼ばれました。

本展示では、元年者に始まったハワイ初期移民の歴史とハワイで発行された日本語新聞が日系社会で果たした役割をパネルで解説したほか、外務省外交史料館が所蔵する条約書や元年者に関する貴重な史料を展示しました。

主催:JICA横浜 海外移住資料館
後援:一般社団法人 海外日系新聞放送協会
協力:国立歴史民俗博物館

ハワイ日本人移住150周年記念企画展示 関連イベント「バックヤードから語る移民史-外交史料こぼれ話-」
2018年11月3日(土・祝)

外務省外交史料館で30年以上にわたり外交史料の収集、整理に携わった経験や、資料調査に関するエピソードなどをお話しいただきました。また、外交史料館より借用し展示している条約書やパスポートなどの見どころについて概説していただきました。

講師プロフィール:柳下 宙子(やぎした ひろこ)氏
元外務省外交史料館課長補佐(閲覧室長、整理保存室長を歴任)

ブラジルと日本 みんなで作る音楽ワークショップ
2018年9月2日(日)

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6月に始まった海外移住資料館の企画展示「日伯110年の絆 在日ブラジル人-在日30年をむかえた日系人の歴史と日常-」の最終日の9月2日に、ブラジル移民をテーマとした音楽ワークショップを海外移住資料館の並びにある2階ワークショップスペースにて開催しました。講師はブラジルへの情熱をかけラッパーとして音楽活動されているREI CAPOEIRAPさん、そしてブラジルの伝統格闘技・カポエイラのインストラクターであるgriloさん。ラップミュージックと移民の歴史を掛け合わせるという異色のイベントに、総勢50名の方々が参加してくれました。

参加者皆で移民のキーワードを講師と掛け合い、ラップに挑戦したり、カポエイラのジンガステップで一緒に身体を動かしたり、紙芝居の読み聞かせやカルタ大会など、盛りだくさんのイベントになりました。

今後も、みなさんが楽しめる場・学べる場を様々な形で提供していくことを目指しイベントを開催していく予定ですので、ぜひご参加ください。

日伯110年の絆 在日ブラジル人-在日30年をむかえた日系人の歴史と日常-
2018年6月16日(土)~2018年9月2日(日)

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1908年、第一回移民船「笠戸丸」で海を渡った781人が、ブラジルへ移住してから今年で110年となります。日系人はすでに六世まで誕生し、さまざまな分野で活躍しています。一方、日系ブラジル人が就労を目的に来日するようになってから、約30年が過ぎました。1990年6月、日系二世、三世の入国と就労を可能とした入管法の改正・施行により、ブラジルから日本へ入国する日系人が急増しました。現在では、日本で活躍するブラジル人が増え、日本で生まれ教育を受けた第二世代も日本社会で貢献しています。

本展示では、1990年代の在日日系ブラジル人の、異国における困難や母国ブラジルへの郷愁を抱える日常の再現、および日本で活躍する日系ブラジル人を、日本在住の日系ブラジル人写真家ジュニオール・マエダ氏の写真で紹介しました。同時に入管法改正当時のパスポートや新聞雑誌なども展示し、ブラジル移住110年の歴史とともに在日日系ブラジル人の30年を振り返りました。

主催:在東京ブラジル総領事館/JICA横浜 海外移住資料館
協力:アンジェロ・イシ(武蔵大学 教授)/ジュニオール・マエダ(写真家)
協賛:ブラジル連邦貯蓄銀行/ブラステル

ミュージアム・ミッション2018-博物館からの挑戦状-
2018年7月21日(土)~8月31日(金)

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横浜のみなとみらい~山手エリアにある10か所の博物館をめぐりながら、各館のミッションをクリアしてシールを集めていくシールラリーを行いました。

在日30年の体験から見たブラジルと日本
2018年7月8日(日)

1990年に来日した斎藤俊男氏は、さまざまな仕事を経験した後、95年に人材派遣業などを手がける事業法人を設立。その後、農業ビジネスにも参入し、日本国内最大の深谷ネギ生産者として成功を収めます。日系子弟の教育にも力を入れ、在日ブラジル人学校「ティー・エス学園」を創立したほか、在日ブラジル学校協議会の理事長として、在日ブラジル人子弟の教育環境の向上に貢献しています。30年にわたる日本での活動を通して見た、在日ブラジル人の現状や抱えている課題、そして在日ブラジル人コミュニティの存在意義など、その詳細をお話いただきました。

講師プロフィール:斎藤 俊男 氏(Walter Toshio Saito)
株式会社ティー・エス会長。 在日ブラジル学校協議会(AEBJ) 理事長 。日系二世。ロンドリーナ州立大学卒。2011年震災直後より自家用バスで避難所を回り救援物資を届け、被災ブラジル人を支援。TVで「神様のバス」としてとりあげられた。

南国土佐をあとにして-海を渡った「いごっそう」- 2018年2月10日(土)~5月27日(日)

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「いごっそう」とは、気性が激しく頑固ながらも度量が大きく信念を貫く土佐人特有の気質とされています。こうした気質を持つ高知県出身移民は、移住先国において様々な分野で主導的な役割を果たしましたが、特に日本からの移民送出事業やブラジルでの日系農協の発展において大きな足跡を残しています。古くは、漂流民としてアメリカの捕鯨船に救助され、のちに日系米国市民第一号となった「ジョン万次郎」の冒険談が有名ですが、移民として海外に渡った高知の人々も日本内外での社会経済発展に大きく貢献しました。

本展示では、日系コミュニティにおける立役者として高知県移民が果たした役割と貢献、そして現存する資料から伺える移民の体験について紹介しました。

高知県人はなぜ海を渡り新天地を求めたのか?-高知県移民群像-
2018年5月12日(土)

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明治以降、多くの高知県人が移民として海を渡りました。北海道、アメリカ、ブラジル・・・彼らは世界中の様々な地域を目指しました。2016年、そうした人物をとりあげて 、約1年間にわたり、高知県下の博物館、美術館が連携して企画展を開催しました。奥村多喜衛、水野龍、﨑山比佐衛・・・各館で取り上げられた人物を紹介し、高知県人と移民の関係を考えました。