【インタビュー記事】「中米の自然と文化をつなぐ観光の力」 櫻井真美専門家インタビュー
2025.09.25
「SICA地域持続可能な観光/コミュニティベースドツーリズム振興のための能力強化プロジェクト」のチーフアドバイザーとして活躍されている櫻井真美専門家に、観光と国際協力の可能性についてお話を伺いました。櫻井専門家は、国際協力の現場で30年以上の経験を持ち、現在は中米統合機構(Sistema de la Integracion Centroamericana:SICA)の加盟国である8か国(グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、ベリーズ、ドミニカ共和国)の観光振興に取り組んでいます。
櫻井真美専門家
1
.現在は持続可能な観光やコミュニティベースドツーリズムの振興プロジェクトに関わっていらっしゃいますが、この分野に関心を持たれたきっかけや専門家としての視点が育まれた経緯について教えてください。
実は中米地域に来てまだ4年目なんです。国際協力には30年以上携わっていて、そのうち20年以上はJICAの協力で南米、8年間は国連の仕事でニューヨークにいました。観光分野にはもともと専門で入ってきたわけではなく、最初は案件をつくったり評価したりするプロジェクトマネジメントが中心でした。
その中で関わっていたのが「南南協力」や、それを先進国が支援する「三角協力」という分野です。
観光に関わるようになったのはペルーでの経験です。北部にあるチャチャポヤ文明の遺跡や文化を保全しながら観光に活かすという案件に参加しました。そのとき「観光は零細企業支援、農村開発、参加型開発など、国際協力で学んだ知識を全部使える分野だ」と気づいたのです。それが、この分野に強く興味を持ったきっかけですね。
2
.中米地域に関心を持たれた理由や、他地域との違いは何ですか?
南米に比べて、中米はとても小さな国が集まっています。SICA加盟国の8か国の人口を全部合わせても日本の半分くらいしかありません。でも国土は日本の約1.5倍あるんです。つまり、人口密度が低い分、豊かな自然が広がっています。
さらに、この地域は世界の生物多様性の約8%を占めると言われていて、本当に自然の宝庫なんです。火山や湖といった美しい景観に加えて、マヤ文明の遺跡なども残っています。特徴的なのは、ガリフナ文化と呼ばれる独自の文化です。これは奴隷として連れてこられた西アフリカ系の人々と先住民の人々が融合して生まれた文化で、ホンジュラスやベリーズに色濃く残されています。食文化や音楽、踊りなど、地域の多様性を象徴する存在です。小さいけれど、多様な文化と自然にあふれた地域だと思います。
3
.観光分野の専門家としてのやりがいや、課題に直面したときの乗り越え方を教えてください。
観光に関わっていて一番やりがいを感じるのは、人が自信を持って変わっていく姿を見られるときです。ペルーで関わったプロジェクトでは、最初の頃、村の人たちは「この料理なんて見せられるものじゃない」「編み物なんてお金を払う価値はない」という感じで、自分たちの技や文化に誇りを持てずにいたんです。実際にすごく安い値段で売ってしまっていたり、観光客に見せるなんて考えられない、という人も多くいました。
でもプロジェクトを続けるうちに状況が変わっていきました。訓練や経験を重ね、観光客と触れ合うことで「自分たちの文化や料理に価値がある」と実感できるようになったんです。そして数年後に再訪したとき、女性たちが堂々と観光客に料理をふるまい、若者が誇りを持って地域をガイドする姿が見られました。その光景を見たとき「ああ、この仕事をしてきて本当に良かった」と心から思いました。
もちろん大きな課題もあります。コロナ禍では活動が休止され、現地の人と会えない時期が続きました。苦しい決断を迫られることもありましたが、「時間が解決してくれる」と信じて粘り強く続けることが国際協力には欠かせないと痛感しました。
4
.チリやコロンビアなど、これまでの活動経験が現在の取り組みにどのようにつながっていますか?
チリでは農業や輸出振興、南南協力など幅広く経験しました。コロンビアでは平和構築をテーマに、国内避難民の貧困削減や地雷被害者のリハビリに取り組みました。そうした経験すべてが今の観光プロジェクトにつながっています。積み上げてきたことの集大成を中米で生かしている、そんな感覚です。
5
.コミュニティベースドツーリズムが広がる中で、地域社会にとってのメリットや課題についてお聞かせください。
これまで観光産業の歴史では、コミュニティは多くの場合「置き去り」にされてきました。外資系ホテルや企業が進出して利益は外に流れ、地元にはほとんど残らない。さらに観光客の流入によって環境破壊や治安悪化が起きることもあります。そしてコミュニティ内でも観光によるメリットを享受できる人とできない人が分かれ、分断が生まれてしまうこともありました。その結果、地域社会そのものが傷ついてしまうんです。
だからこそ今は「地域主体の観光」に大きな注目が集まっています。観光の利益をコミュニティに還元できれば、住民は教育や生活に投資でき、経済的に安定します。若者が「都会や海外に出ていかなくても地元で暮らせる」と思える仕組みを作れます。むしろ最近では海外に移住していた人が戻ってきて、英語を活かして観光ガイドとして活躍する例もあります。
もう一つ大きな効果は「誇りを持てること」です。観光を通じて「自分たちの土地や文化には価値がある」と知ることは、地域にとって何よりも大切です。そうした誇りが、自分たちの文化や自然環境を守る力になります。湖や森、遺跡といった観光資源を守るのは、結局そこに住む人々だからこそ。観光とコミュニティベースの取り組みは、経済的な安定だけでなく文化や環境の保全にもつながるのです。
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.櫻井専門家が考える、これからの
SICA
地域の可能性や方向性について教えてください。
SICAは地域統合をめざす組織で、8か国が協力して活動できるのが大きな強みです。この仕組みは、EUやアフリカ連合のような枠組みに近いものです。国がまとまることで、一国では難しい取り組みも地域全体として推進できるようになります。
観光では特に、一国だけのプロモーションより「中米全体」として発信するほうがずっと魅力的です。例えば釣りが好きな人なら、8か国をめぐりながらそれぞれ違う魚を釣るツアーを楽しめます。こうした周遊型観光は、SICAという枠組みがあるからこそ実現できる可能性だと思います。
7
.今後のイベントや、万博に向けた観光プロモーションについて教えてください。
9月27日にJR大阪駅構内、28日に大阪・関西万博のポップアップステージで、中米8か国(ベリーズ、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、ドミニカ共和国)の大臣が観光カードを配布します。全部で8か国のカードとSICAカードを合わせた計9枚を集めると、特製のピンバッジがもらえます。
8か国・SICAのカード
小さな地域ですが、8か国をすべて訪問することもできるんです。このイベントを通じて、多くの人に「中米って行ってみたい!」と思ってもらえたら嬉しいです。
8
.最後に、将来、国際協力や観光の仕事を目指す高校生・大学生へのメッセージをお願いします。
専門分野を深めることはとても大切です。でも同時に、開発課題は複雑なので幅広い分野に関心を持つことも大事だと思います。そうすることで、多角的に問題を考え、現地の人々と一緒に解決策を探すことができます。
国際協力は相手のためであると同時に、自分自身の成長の場でもあります。全く違う文化や価値観の中で、自分の常識を問い直す経験は、日本にいるだけでは得られません。大変なこともありますが、とても楽しくやりがいのある分野です。たくさんの若い方々にぜひ挑戦してほしいと思います。
インタビューを終えて
国際協力や観光は、人や地域の可能性を引き出し、自分自身の成長にもつながるフィールドです。櫻井さんの歩みからは、「挑戦を重ねることで道が開ける」ということが伝わってきました。
あなたなら、この世界にどんな一歩を踏み出してみますか?
聞き手:吉田佳奈
JICA 中南米部中米・カリブ課インターン
活動期間:2025 年 8 月~2025 年 9 月
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