ラオスの運輸交通分野への協力について~第14回美弥子所長が聞く~
2025.04.28
「ラオス国道路アセットガバナンス改善プロジェクト」:
髙橋 君成氏(プロジェクトマネジャー)
ファシリテーター:
小林 美弥子(JICAラオス事務所所長)
小林美弥子所長(以下、美弥子所長):高橋さんは、JICA専門家としてラオスの運輸交通分野のプロジェクトに長年関わっていただいています。まずは、これまでの経歴を教えてください。
髙橋君成氏(以下、髙橋さん):大学院卒業後の1993年にJICA海外協力隊(土木設計)としてタンザニアのダルエスサラーム工科大学で活動をしました。任期終了後は、開発業界に興味を持ち、国内で建設コンサルタントとして働いたのち、開発コンサルタントとして海外のインフラストラクチャーや運輸交通分野のプロジェクトに関わっています。ラオスは、2009年物流の調査で初めて関わりました。その後、「道路維持管理能力強化プロジェクト」(2011~2018年)、「橋梁維持管理能力強化プロジェクト」(2020~2024年)にも従事しました。また、今月から始まった「ラオス国道路アセットガバナンス改善プロジェクト」にもプロジェクトマネージャーとして関わっています。
高橋専門家と美弥子所長
美弥子所長:内陸国であるラオスは、「Land Locked」から「Land Linked」に向けて、隣国との「連結性(connectivity)」の強化を重視しています。「連結性」という視点から、ラオスにおける運輸交通分野での課題、展望どのように考えていますか。
髙橋さん:隣国のタイから、ラオスを通り、ベトナムまでを結ぶルートはいくつかあり、ラオス南部のサワンナケートを通る国道9号線が最も交通が多く、大型車は1日1200台が通行しています。約240キロの道のりで、2010年以前の道路状況は大変悪かったです。その後、JICAの無償資金協力により57㎞の道が改修され、残りの区間もJICAの技術協力のもと、ラオス政府の予算で道路改修が実施されたことにより、それまでの3分の1の時間でこの道を通ることができるようになりました。
また、2011年にタイに大規模な洪水が起こり、多くの工業団地が被害を受けたため、リスク分散としてラオスやカンボジアに移転する工場が増えました。この工場移転より、ラオスでの物流は大きく増えることになり、ラオスの「Land Linked」としての重要性は大きくなりました。EUは域内貿易が6割を占めていますが、ASEANの域内貿易は2割程度に留まっており、タイ・ラオス・ベトナムを結ぶ国際物流は、国道9号線に限らずこれからも増加していくと考えております。
ラオスの運輸交通分野の課題は、その安全性と安定性にあります。防災とも絡みますが、例えば首都ビエンチャンと北部へつながる交通の要所でもあり観光地でもあるバンビエンを結ぶ高速道路には、1か所トンネルがあるだけで、他にトンネルはありません。他の道路は、全て山の斜面に沿って斜面を削り、つづら折りのように道路が建設されています。適切な斜面防災ができておらず、大雨等に脆弱な箇所が大変多いです。2023年には、雨による土砂崩れでベトナムへと通じる国道8号線が約1か月間通行できなくなったように、特に雨期には毎年土砂崩れが起き、至るところで交通が寸断されてしまいます。激甚化する気候変動への対応や防災の観点から、道路の安全性・安定性が改善されていく必要があります。
現在の国道9号線の様子、タムムアク橋は無償資金協力によって建設
現在の国道9号線の様子、クンカーム橋は無償資金協力によって建設
美弥子所長:JICAでは、国道9号線を無償資金協力で改修する他、技術協力プロジェクトでも道路や橋梁分野で協力を継続しています。JICA プロジェクトの1つの特徴として、資金協力と技術協力を組み合わせて実施することができ、それが一つの強みかと考えますが、JICA の 運輸交通分野における比較優位性や強みはどこにあるとお考えでしょうか。
髙橋さん:道路や橋を作る技術レベルを考えた場合には、日本であっても他の国であっても技術的に大きな差は少なくなってきていると感じています。一方で、建設したものを維持管理 するところまで考慮すれば、日本にはまだまだ大きな強みがあると考えています。多くのドナーが道路や橋を造っていますが、それらの維持管理 を計画的に行えるようにカウンター パートと肩を並べて一緒に汗をかきながら活動できるのは日本の強みです。
美弥子所長:「道路維持管理能力強化プロジェクト」(2011~2018年)を通して、ラオス政府は道路の建設・改修の資金源となる「道路基金」を20億円から50億円 に増やすことができました。このこともJICAがカウンターパートと寄り添いつつ、道路維持管理の仕組みづくりに貢献できた成果の一つであると考えています。
髙橋さん:「道路基金」は、国道が8割、地方道が2割の割合で分配することが決まっています。しかし、ラオスでは地方行政(県知事)の力が強いという事情もあり、国道が5割、地方道が5割の割合で分配され、国道の整備が行き届かなくなっていた時期がありました。本プロジェクトを通じて、道路維持管理システムを用いて、道路の計画的な維持管理の必要性についてエビデンスを示すことで、予算配分を国道7 割、地方道 3割の割合にすることができました。予算はまだ足りてはいませんが、ラオス政府が 交通量の多い国道の維持管理を進めることができるようになりました。
美弥子所長: JICAでは「共創」が1つのテーマになっています。「道路維持管理能力強化プロジェクト」終了後、2020年から「橋梁橋梁維持管理能力強化プロジェクト」がスタートしました。本プロジェクトは、長期専門家とともに、日本やラオスの大学や高専とのさまざまな「共創」の取り組みがあった素晴らしい案件だったと認識しています。
髙橋さん:橋梁のプロジェクトでは、高専や大学の先生方に関わっていただけたことは大きな成果を産み出したと考えています。例えば、橋梁の問題を考えたときに多くのプロジェクトでは「今ある損傷」に対してどのように対策をするのかという視点から考えることが多いです。しかし、本プロジェクトに関わっていただいた舞鶴高専の教材は「今ある損傷」の対策の以前に、橋梁の構造から損傷のメカニズムまで丁寧に説明されていました。基礎から学ぶこの一連の講義の内容は、ラオスの人々が橋梁を維持管理していく上で必要な内容であると考えました。このような基礎も踏まえて、最終的にラオスのカウンターパートのための教材を作成することができたのは大きな成果の1つであると考えています。
美弥子所長:高橋さんは、舞鶴高専の講義を実際にご自身でも受講されたとお聞きしました。また、カウンターパートとともに日本での土木学会参加のみならず、ラオスでの土木学会の開催も大きな成果であるとあると考えております。
髙橋さん:日本だけでなくラオスでも産学官連携を深める必要がありました。そこで、ラオス国立大学工学部土木学科の教員に「プロジェクトで収集した各種データを使えますよ」という声掛けをするところから始めました。また、大学の先生方の成果を考えたとき、学会での論文発表があると良いのではないかということから、カウンターパートである公共事業運輸省の職員も含めて一緒に学会で発表をしましょう、ということになりました。ラオス国立大学の教員にとってもカウンターパートにとっても、学会で発表できたことは大きな自信に繋がり、プロジェクトの活動にもより積極的に関わるようになりました。
ラオス国立大学で日本の大学教員が特別講義を実施
美弥子所長:本プロジェクトでは、舞鶴高専や土木学会の他、産学官連携として、富士フィルム、TTES、京都マテリアルズ社、ショーボンド建設社など日本の民間企業や長崎大学、金沢工業大学に加え、先ほどお話あったラオス国立大学とのアカデミックとの連携など多くのステークホルダーを巻き込んだ案件であり、「共創」のグッドプラクティスと言えると思います。
橋のメンテナンス方法に係るトレーニング
橋の補修・補強をパイロット事業で実施
美弥子所長:さて、今月から新規「ラオス国道路アセットガバナンス改善プロジェクト」が開始しました。本プロジェクトでは、過積載対策や道路基金の拡充を目指しています。どのようなアウトカム発現を狙うのか、まずは、一般の方に向けて「道路アセット」とは何かという点から教えてください。
髙橋さん:まず、道路アセットとは、道路を資産ととらえて、長く使うために管理する仕組みのことを言います。マンションの修繕積立金に例えると、占有面積に応じて積み立てを行い、管理組合により、日常点検・維持管理、定期あるいは大規模修繕を行い、資産価値を保全するイメージです。
この道路アセットの価値を保全するために、まず過積載対策が必要です。車両の車輪1本あたりにかかる重さである「軸重」と道路の負荷は乗数の関係にあり、過積載が行われると道路に大きな負担になります。例えば、軸重が2倍になると道路への負荷は16倍になると言われています。道路を設計するときには軸重をベースに道路への負荷を考えますが、過積載車両が多いと想定よりも早く道路が傷んでしまいます。また、橋梁の場合には橋が傷むだけでなく、実際、橋が落ちるということも起きます。
また、いまだ道路維持管理の資金が不足しているため、「道路基金」の拡充により、道路の維持管理が継続的に実施できるようにしていく必要があります。燃料税の増額や通行税の再開に向けて、カウンターパートである公共事業運輸省と議論していく予定です。公共事業運輸省は、道路税はガソリン1リットルあたり4円程度なのを2倍の8円に上げたいという考えています。また、県境等に料金所を設置することでも道路基金の拡充ができないか検討を行っていく予定です。
美弥子所長:過積載対策、道路基金の拡充はともに、道路利用者、特に運送会社等への負担が大きくなるものです。あわせて運送会社等からの反発に向けた対策もお話してください。
髙橋さん:過積載対策、道路基金の拡充に対し各所からの反発があることは予想しております。カウンターパートである公共事業運輸省も過積載対策、道路基金の拡充は早急に必要と考えており、カウンターパートと同じ気持ちで活動を行えることは心強いと考えております。
実際に負担を求める道路利用者には、なぜこの施策をする必要があるのかをエビデンスをもって説明する必要があると考えており、過積載によってどのような影響があるのか、また道路基金の拡充により、どのように道路を維持管理していくのかを数値を持って示していきます。また、特に大きな影響を受ける運送会社や荷主には、インセンティブを与えることも検討していきます。例えば、積載量を守っている企業を優良企業として認定をして、優良企業になれば計量所での計量が免除されたり、通行料が減免されたりする制度などを検討していきます。現在、それぞれの計量所では、違反車両のデータを紙ベースでは記録しているものの、電子データとして中央レベルで集約する仕組みはありません。プロジェクトでは、各計量所でのデータを一括して管理できるような仕組みも作っていきたいと考えております。
トラックの重量を計量している様子
美弥子所長:道路プロジェクト同様、このプロジェクトにおける「共創」の取り組みなどアピールポイントがあれば教えてください。
髙橋さん:本プロジェクトでは、制度設計と運用が大きな課題になります。課題解決への推進力として、高速道路の運営をしている阪神高速道路株式会社が関わることになりました。阪神高速道路は、高速道路の維持管理や料金徴収、過積載対策など本プロジェクトに関わる知見と経験を豊富に持っており、ラオスでの過積載対策や道路基金の拡充に大きな役割を果たしていただけます。
美弥子所長:その他、技術アドバイザーとして長崎大学やラオス国立大学の先生と一緒に道路維持管理システムの改良をしていくと聞いています。JICA専門家、民間企業、国内外の大学が「共創」し、電子データ一括管理などDXを活用した「革新」とともに、ラオスの運輸交通分野の向上のために一緒に取り組んでいきましょう!
※リンク(ODA見える化サイト)
※国道9号線を含む東西回廊への協力について動画を作成しました。
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