第14回:ネパールで被災地の復興コミュニティづくりや学校教育支援に取り組んでいます!NGOネパール『虹の家』 福谷 真知子さん

【画像】第14回は、ネパールで被災地の復興コミュニティづくりや学校教育支援に取り組む、NGOネパール『虹の家』の福谷 真知子さんに筆を執っていただきました。

Q1. 所属団体とネパール連邦共和国での事業概要を教えてください!

団体/組織名 NGO ネパール『虹の家』
NGO「虹の家」(外部サイト)
主な活動国・地域 ネパール連邦共和国
団体が目指していること 復興コミュニティづくり運営と学校教育環境づくり事業を通し地域の発展に貢献できる人材を育てる。
事業名 2015年ネパール大地震 被災地の子どもたちと女性たちのための復興コミュニティづくりと学校教育支援事業
事業概要 サヌタリ村復興コミュニティづくりでは、有機栽培農業技術の向上に取り組む。また、収穫野菜を学校給食へ提供し地域貢献活動を推進する。
学校教育では「清潔で健康的な学校生活」を目標に、給食に関わる衛生環境の改善を目指す。

Q2. 国際協力に関わるようになったきっかけ、理由を教えてください!

2010年の退職後、「世界の子どもたちに会いたいな」という思いから兵庫県ユニセフ協会のボランティア活動に参加し、ルワンダやケニアで目を輝かせた子どもたちに会いました。
2013年、アジアの子どもたちとの最初の出会いがネパールでした。1本の鉛筆を握って学校へ通う子どもに出会ったとき、私にできることがあるかもしれないと思ったのです。
2015年、ネパールに大地震が起こりました。緊急募金活動をしながら「私に何ができるのか、どうしたらいいのか」を考えていた時、相談したのが元JICA海外協力隊員で東日本大震災の被災地支援をされている方でした。その方は「困っている人がいるのでしょ。助けるのは当たり前でしょ。」と即答され、私は背中をぽんと押された気がしました。2か月後、仲間と共にNGOネパール『虹の家』を設立し、被災地支援が始まったのです。

Q3. ネパール連邦共和国で事業をはじめたきっかけや対象地域、対象者を選んだ経緯・背景を教えてください!

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2019年 11月 オクレニ ナーサリークラス 給食が始まったよ(サヌタリ村の有機栽培の野菜が食材です)(有機栽培農業は「世界の人々のためのJICA基金」活用事業)

「2015年ネパール地震緊急募金活動」を日本在住のネパール人のプリタムさんや仲間と行いました。
ある日、プリタムさんに「お父様が地震のショックで危篤になられた」との連絡が入り、プリタムさんは急遽帰国。その2か月後、プリタムさんからネパール各地の被害状況の報告が入るようになりました。
9月、『虹の家』メンバーが、カトマンズ郡サヌタリ村と地域の学校2校、シンドパルチョーク郡の学校を実際に訪問し、被害状況を把握しました。カトマンズ郡サヌタリ村は41軒あったうち40軒が全壊し、親を亡くした子どもが10名いました。子どもたちが通う公立校では通学が困難になった子どもが50名いました。シンドパルチョーク郡の小学校は校舎が全壊し、学習教材もすべて失っていました。
『虹の家』は、“子どもたちを学校へ”を最優先事項とし、サヌタリ村と被災3校を支援先に決め、活動を始めました。

Q4. 事業に関わる上で、一番気を配っていること/気を付けていることはなんですか?

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2016年10月 交流アクティビティ“シャボン玉つかまえた”

キーワードは「公平性」です。
サヌタリ村では復興のために「タマン クラブ」と女性の「サッチャム クラブ」を組織しました。これらのクラブは「復興のために必要な事業を選ぶ、計画書を作る、協働する」という流れ現地の村民によって運営され、結果は『虹の家』へ報告してもらいました。その結果、「水タンク設置」、「生活道路整備」、「歯科治療」、5年目には「有機栽培農業」に取り組み、生活改善が進んでいます。
次に、震災後の子どもたちの心のケアの問題です。そのために「子ども土曜クラブ」を設立。教育支援員を雇用し、子どもたちの学びを応援しています。配慮を要したことは親を亡くした子どもたちへの奨学金支給です。それが特別扱いとなれば、その家族がつらい思いをするのではと心配しましたが、それは無用でした。
“村の子どもたちはみんなで育てる”というコミュニティの在り方を教わりました。

Q5. これまでに一番困った/苦労したことはなんですか?また、どのように乗り越えましたか?

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2019年8月 女性たちの合同ミーティング(ジョルパティトレーニング場 左 福谷 右 プリタムさん)(「世界の人々のためのJICA基金」活用事業)ミシン・スクールシャツ布購入 洋裁研修事業 など

最初、ネパールの復興支援事情が分からない、『虹の家』が支援できることは限られている、国際協力の経験者がいないなど、不安だらけのスタートでした。

現地での問題点は、『虹の家』の支援内容や進め方を関係者に理解してもらうことでした。その解決には、プリタムさんの存在が大きかったです。プリタムさんはネパール在住時から社会貢献活動に取り組み、地域の人からは大きな信頼を寄せられています。プリタムさんは『虹の家』の連絡交渉から通訳までを担当し、事業を適正にスピード感を持って進めました。

他の問題点は『虹の家』の組織運営でした。そのために、JICA関西主催「NGO等活動支援事業」に3年間参加して学んだことが大きかったです。『虹の家』が抱える問題点を解決しながら、国際協力が適切にできる方向性を見つけていただきました。

Q6. では、一番嬉しかった/やりがいを感じたことはなんですか?

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2018年 10月オクレニ小中高校 図書室完成!!指遊び ピッピッピッ(「世界の人々のためのJICA基金」活用事業)

事業を実施したサヌタリ村の女性たちの成長です。出会ったときは引っ込み思案で、洋裁は初めての人ばかりでした。2018年に職業トレーニング場が完成。JICA基金活用事業でミシンを購入し、スクールシャツ制作を始め、そのスクールシャツを子どもたちへプレゼントしました。そして有機栽培で育てた野菜を学校給食へ提供するなど、地域活動でも女性たちの活躍の場が広がっています。今、女性たちはソーシャルビジネス起業という高い目標を持ち洋裁技術の習得に励んでいます。これから、ますます“ママの笑顔が子どもたちの力”になることでしょう。

もう一つの楽しみは、子どもたちの笑顔に出会うことです。
“子どもたちの心に絵本の世界を届けたい”と、大型絵本の読み聞かせやエプロンシアターなどの活動を行ってきました。子どもたちが声をあげて笑っている横で、私も笑顔になっています。

Q7. 事業を進めていく中で、現地の人々にはどのような変化が見られますか?
今後重要になると思われること、今後の抱負を教えてください!

サヌタリ村では生活再建が進み、暮らしの状況は変化しました。しかし、ネパール全体でみれば、貧困や若者に仕事が無いなどの社会課題があります。
サヌタリ村の新しいコミュニティの姿や仕事を創りだす取り組みを発信することで地域に変化をもたらすことができるのでは、と考えています。

現在起こっている世界のパンデミックCOVI-19はネパールの脆弱な人々にも「食料不足」という試練を与えています。この難局にカウンターパートを中心に「緊急食糧配布」や「食料生産-米作り-」を行い、乗り越えようとしています。ネパールに足りないことやモノを『虹の家』が提供することで彼らの底力が発揮できます。

これまで私は、ずっとネパールの人の温かさを感じてきました。それは支援する人、支援される人ではなく、互いの宝物を交換したように思います。

Q8. 最後に国際協力について、ご自身の今後のキャリアなど、一言メッセージお願いします。

これからの『虹の家』のNGO活動は、パラリンピックのマラソン選手の伴走者をイメージしています。ネパールの人たちが選手だとすると、私たちの仕事は彼らが良い走りができるための機会や情報を提供することです。
「子どもは大人の背中を見て育ちます」。今、活躍している村の人の様子を見て、次世代を担うネパールの子どもたちが将来の夢を描いてくれたらいいなと思っています。