【課題別研修】『ジェンダーと多様性からの災害リスク削減』を開催/国境や立場を超え、多様な視点で学びあう防災

2023年2月3日

多様な視点に立った災害対応の実現を目指し、コロナ禍以来の来日研修を開催

陸前高田市の津波伝承施設でガイドの説明を受ける研修員たち

昨今、地震や津波、洪水、山火事などさまざまな自然災害が日本を含む世界各地で頻発しています。災害が起こったとき、その被害の内容や度合いは全ての人にとって平等ではないことをご存じでしょうか。女性や子ども、高齢者、障害者などは災害時により困難な状況に陥りやすく、これは多様な人たちに対して平常時から存在する格差や差別が、非常時に顕在化、あるいは増幅したものであると考えられます。

JICA東北が所管する課題別研修『ジェンダーと多様性からの災害リスク削減』は、開発途上国の防災や男女共同参画に関わる行政官、市民団体などを対象に、多様な人々の視点や参加に留意した災害対応について、互いに知見を共有しながら学びを深めることを目的としています。3年ぶりに研修員の来日がかなった2022年度研修は11月から約1カ月にわたって開催され、インドネシア、ブータン、バングラデシュ、フィジー、キリバス、メキシコ、チリから計11名が参加。研修はアイ・シー・ネット株式会社に委託し、今回は気候変動に関する講義や岩手県陸前高田市の視察など新たな試みを加えたほか、国内外の講師のリモート参加を組み込むなど、コロナ禍でのオンライン研修の経験も生かした研修プログラムが実践されました。

東日本大震災を経験した陸前高田市との交流

きらりんきっずとの座談会を行った『おやこの広場』は、親子が安心して過ごせる居心地のよさを追求した空間

陸前高田市は東日本大震災で壊滅的な被害を受けた地域の一つです。12月6日に実施した視察では、はじめに東日本大震災津波伝承館『いわてTSUNAMIメモリアル』を見学しました。災害が起きた史実からの教訓を災害対策につなげる姿勢は研修員にとって新鮮で、その取り組みを高く評価し、積極的に学ぶ姿が見られました。
続いて研修員たちは、「ノーマライゼーションという言葉のいらないまちづくり」を掲げる市の復興への取り組みについて講義を受講。さらに、地元の子育て支援団体『NPO法人きらりんきっず』とは座談会を行い、被災地で不安な毎日を過ごす親子に集いの場を提供した団体の取り組みに数々の質問を投げかけていました。
震災直後から第一線で活動を続けてきた伊藤昌子代表理事の言葉には、研修員も強く心を動かされ「大災害を経験した人々がどのようにつらく苦しい時間を過ごし、子どもたちや地域のために前を向いて進んでいくようになったのかを知ることができた」などの感想が聞かれました。同時に、人口減少や女性の生きづらさなど伊藤氏が考える地域の課題に対しては、研修員から自国の取り組みが共有され、双方に得るものの多い交流の機会となりました。

誰ひとり取り残さない共生社会に向けて、インクルーシブ防災をテーマに公開シンポジウムを開催

専門家の講演では、インクルーシブ防災に関する最新の知見が共有された

12月12日には研修の一環として仙台会場とオンラインのハイブリッドで公開シンポジウムを開催。「誰ひとり取り残さない共生社会の実現に向けて:インクルーシブ防災の取り組み」をテーマに日本各地の専門家3名と研修員1名が登壇し、講演やパネルディスカッションを実施しました。

DPI(Disabled Peoples’ International)日本会議の平野みどり議長は、障害者の一人として経験した2016年の熊本地震の事例を踏まえ、女性障害者への配慮や支援の課題を指摘。国連障害者権利条約の内容に触れながら、災害対策における多様な視点の必要性を訴えました。
同志社大学の立木茂雄教授は、2016年から始めた別府市における「誰一人取り残さない防災」の取り組みを紹介。平時の在宅福祉サービスなどの利用計画を担当する専門職が、災害時の個別支援計画についても災害時ケアプランとして作成し、地域住民との協議の場で当事者とのニーズをつなぐ『別府モデル』について、具体的な手法を解説しました。
東北福祉大学の阿部利江講師は、東日本大震災を経験した障害者や支援者の声と共に、仙台での地域防災の実践例を共有し、障害者自身が必要な配慮を伝える「当事者力」と、周囲の人たちが当事者の立場に立つ「想像力」の重要性を強調しました。

仙台会場で登壇者の話に耳を傾ける参加者の皆さん

質疑応答では、障害のある仙台市の地域住民の方から「震災時、障害がある友人から“迷惑をかけるから自分は逃げない”という声がよく聞かれた。地域の中で障害をオープンにできずにいる人も多い」と切実な悩みが提示される場面も。
専門家らは「障害者は迷惑をかける存在ではなく、多様な人々が抱えるニーズを社会に知らしめている存在。堂々と“私はここにいる”と言える社会にする必要がある」「災害を生き延びる力を当事者自身が高めることも重要。障害のある方々が地域で防災を学ぶ機会も生まれている。地道な活動が社会の変化につながる」と力強く回答する一方で、障害への偏見や差別が根強く残る現実に共感を示し、取り組みへの決意を新たにしていました。

メキシコの研修員3名の間に生まれた新たな連携

公開シンポジウムで発表を行うアルマさん

今回の研修に参加したアルマさんは、メキシコ・ベラクルス州で災害リスク対策に取り組む市民保護局長です。シンポジウムでは研修員代表として自国の防災について発表。「女性や高齢者、障害者、先住民、アフリカ系住民など社会的に不平等な立場にある人々が高い災害リスクにさらされている」と話し、災害リスクマップの作成や、多言語ラジオ放送による注意喚起などの対策を進める現状を紹介してくれました。

アクションプランを発表するメキシコの研修員たち

アルマさんが受講した課題別研修の集大成が、こうした課題の解決に向けた活動計画の策定でした。特に本研修は、個人のアクションプランに加え、同じ国の研修員が合同で自国のアクションプランを作成することを大きな特徴としていました。アルマさんは本研修で知り合ったメキシコ中央政府の行政官サライさん、現地の大学職員ジーザスさんと共にアクションプランを作成。災害リスクの高い人々に関する理解不足、防災政策におけるジェンダーやインクルージョン視点の欠如といった課題に対し、災害経験を学ぶワークショップの開催や、防災に関する国際基準を基にした提言書の作成、行政官向けの防災研修の見直しなどの活動を盛り込み、互いの組織の連携も計画しました。異なる組織に所属する3名に結びつきが生まれたことで、将来に向けた持続的な取り組みの可能性がさらに広がっていくことが期待されています。
さらにメキシコでは、過去に本研修に参加した歴代の研修員とのネットワークが構築されています。アルマさんたちのアクションプランは、彼らの活動をさらに発展させる、あるいは積み重ねる形で構成されました。このようなメキシコの発展的な取り組みには、他国の研修員からも大きな反響がありました。

互いに学び合う“共創プログラム”を体現する研修の成果

研修の最後に行われた閉講式での集合写真

JICA東北の井澤仁美職員は、「JICA研修は“共創プログラム”と呼ばれる通り、研修員が日本から一方的に学ぶのではなく、お互いが学び合い、持続可能な新しい手段を創出することを目指しています。きらりんきっずの座談会で見られたように、今回の研修も意見や事例を共有し合う有意義な時間になりました」とその成果を振り返ります。ジェンダーや多様性の視点での災害対応や復旧・復興においては、日本もまだまだ取り組みの途上にあります。多様な人々が集い、互いに学びを深める本研修には、今後も重要な役割が期待されます。