【青年研修】中南米・障害者支援コース/インクルーシブな社会の実現を目指して

2023年4月4日

世界中の障害者の人権を尊重し、すべての人々の完全参加と平等を目指して

世界保健機関によると全世界の人口のうち約15%が障害者であり、そのうちの80%が開発途上国で暮らしているというデータがあります※1。
障害者の多くは保健や教育、就労の機会が制限され、さらなる貧困に陥りやすいという悪循環の中にあります。そこでJICAでは、すべての障害者の人権を尊重し、1981年に定められた国際障害年において各国が取り組むべき課題とされている、社会や経済、政治、文化などあらゆる側面への「完全参加と平等」を尊重し、インクルーシブな社会になることを目指すべく、「障害と開発」の取り組みに力を入れています。

日本の障害者関連制度や好事例を学ぶため、中南米4カ国から8名が参加

ライブセッションでの受講者の様子

2022年12月7日から年をまたいで2023年1月25日までの約1ヶ月半の日程で行われたのは、中南米の障害者支援に携わる将来のリーダー育成のため、青年層の知識と意識の向上を目的とした青年研修「中南米/障害者支援コース」。
日本の障害者制度や実施体制、関連団体や関係者らとの意見交換を通じて日本の経験や社会的背景などを学び、中南米の障害者を取り巻く環境や制度における課題改善を目指すものです。研修はオンラインを通じて、ライブセッションと動画視聴を組み合わせた遠隔形式で実施され、今回は、コスタリカ、ボリビア、ドミニカ共和国、ニカラグアから障害者政策に関わる若手行政官や障害者施設の職員ら8名が参加しました。

ニカラグアから参加したアメリアさんは、国家技術庁のオペレーション・チーフとして障害者政策に関するガイドラインを策定中とのこと。
2021年から2025年のニカラグア国家計画にも障害者施策が盛り込まれており、「障害者が自活し、国の主役になれる社会を目指している。障害者権利の啓発方法について学びたい」と意気込みます。
また、ボリビアの障害者協会で事務局長を務めるエリカさんは、自身も腕が不自由という障害があり、26年間外出ができずにいたそうですが、3年前に独立し、介護者に報酬を支払うことができるまでの自立生活を送っているとのこと。その経験を共有しつつ、「重度障害者のケアの改善方法について日本の経験を学び、知識を深めたい」と参加を決めました。

魅力的な講師陣を揃えた、リアルで包括的な研修プログラム

宮城県岩沼市で障害児・者のデイサービスや就労支援など複数の事業を展開する複合施設をバーチャルで案内するJOCA東北スタッフ

本研修は、公益社団法人青年海外協力協会の東北支部(以下、JOCA東北)がコーディネートを担当しました。
JOCAは、JICA青年海外協力隊経験者が中心となって設立された組織で、JICA海外協力隊の育成や支援を行うとともに、途上国での活動で培った経験やノウハウを国内の社会貢献に活かすため各地で地域づくりに取り組んでいます。

東北を拠点にするJOCA東北では、宮城県岩沼市で障害児・者のデイサービスや就労支援など複数の事業を展開する複合施設を運営中。障害の有無、年齢・国籍を問わず、日常的につながり合える地域の拠点づくりを行っている支援当事者でもあることから、今回はJOCA東北のメンバーが講師として登壇し、障害者施設のあり方について講義を行いました。

1/4(水)「「ごちゃまぜ」と障害者支援」の講義にて、講師がお風呂介助を説明する様子

研修プログラムは、対象国が中南米という幅広い地域で、ニーズや状況も異なることから包括的に学べるように工夫されました。日本や地方自治体の障害者制度や社会福祉政策、インクルーシブ社会実現のための事業づくり、就労支援やアクセシビリティ、障害者支援に携わる人材の育成方法などに加え、好事例のバーチャル視察や研修員同士の意見交換の時間も盛り込まれました。
また、講師には、大学教授や社会福祉法人関係者のほかにJICA海外協力隊の経験者も名を連ね、研修員の抱える課題の社会的背景や日本との価値観の違いを理解した上で、ともに世界をインクルーシブにしていこうという前向きな姿勢で臨まれていました。講師陣には障害当事者もおり、日本の障害者を取り巻く現状をありのままに伝えるものとなりました。

障害当事者の講師が伝える、日本の障害者を取り巻く今

自国のアクセシビリティの課題について説明するボリビアのエリカさん

「研修員たちは障害者関連事業の中でも専門分野が異なり、各国で事情も異なるため、研修員同士でそれぞれの経験を学びあう場面も多く見られました」と話すのは、JOCA東北で研修を担当した遠藤裕美さん。
共通する課題は、「アクセシビリティ※」「障害者の社会参加」「人材育成」の3つ。特にアクセシビリティに関しては、ある特定の場所のアクセシビリティを改善しても、その周辺も同じように改善しなければ、結果としてアクセシビリティの向上には至らないという、どの国にも覚えのある課題が共有されました。
アクセシビリティの向上に関する講義は、仙台市在住で身体障害のある講師が自身の経験を踏まえ、バリアフリー法などの国家的法制度の策定が必要不可欠であることや、電車やバスなどの公共交通機関や自家用車の実例を動画も交えて紹介。
「アクセシビリティ向上のためには当事者が声をあげることが重要」と力説し、研修員に訴えかけました。

手話通訳やスペイン語通訳など多様なニーズを基に学びを最大化する方法を考え、ライブセッションを行いました

さらに聴覚障害のある講師からのインクルーシブな事業づくりに関する講義は、学ぶべき内容が多く、障害当事者の生の声として特に熱心に聴講されました。「研修員の中も視覚に障害がある参加者がいたことから、日本語を手話へ、手話からスペイン語へという流れで通訳が行われ、異なるニーズが複数ある状況で参加者みんなが学びあいや意見交換ができる方策がとられました。円滑なコミュニケーションによって、講師と研修員とが互いの体験談や有益な情報を共有し合う、とても良い交流となりました」と同じく研修を担当したシドレンコ・アリョーナさんは活発な講義の様子を振り返ります。

※アクセシビリティ…障害者権利条約の公定訳では「施設及びサービス等の利用の容易さ」と訳され、物理的環境、輸送機関、情報通信、他の施設(設備)やサービスへのアクセスのことを指す

熱心に学んだ中南米研修員たちの今後の活躍に期待

講師に積極的に質問するアメリアさん(右下)

遠隔研修であるがゆえに時差の壁や視覚障害のある研修員に学びを提供する工夫が必要とされましたが、研修員たちはみな学習意欲を非常に高く持ち、積極的に学んでいました。研修後の自国での行動計画を体系的にまとめたアクションプランも、具体的で実現可能性の高さを期待できるものでした。講師たちからは、特に重要とされる啓発活動や障害者の生きがいづくり、就労支援の取り組みへのエールが送られました。

修了証授与の様子

ニカラグアのアメリアさんは「この研修は自分の仕事の方向を指し示し、再構築する機会を与えてくれた。アクセシビリティを高めることと啓発活動の重要性を再認識することができた」と語り、さっそく具体的な活動計画の策定に取りかかります。インクルーシブな社会の実現には、個人へ向けた支援のみならず社会や環境を変えていく取り組みが大切です。当事者を巻き込みながらの課題改善へ、中南米の国々の試みはこれから熱を帯びそうです。