フィリピン結核対策への協力の歩みとこれから~世界に羽ばたくリーダーの育成を目指して~

日本の無償資金協力により設立されたフィリピン国立結核研究所が、2022年3月20日に創立20周年を迎えました!結核対策においてかつては「支援される側」であったフィリピンですが、今や世界の結核対策に貢献できる知見を蓄えた「支援する側」の人材も多く育まれています。フィリピンにおける結核対策の取組やそれを支援する日本の協力について振り返ります。

2022年3月23日

フィリピンの結核対策における国立結核研究所の役割

 世界保健機関(WHO)から「結核高蔓延国」に指定されているフィリピンでは、長年に亘り結核対策に力が注がれています。

無償資金協力により建設された国立結核研究所

 フィリピンの国立結核研究所(National Tuberculosis Reference Laboratory:以下NTRL)は、結核のないフィリピンの実現のため、フィリピンの結核対策事業を担う研究施設として日本の無償資金協力により熱帯医学研究所に併設される形で2002年3月20日に設立されました。

 NTRLは結核検査における保健省の基幹検査部門として、国全体の結核検査室ネットワークの運営を監視・管理する、重要で非常に大きな役割を担っています。更にNTRLは、国際的にも意義のある研究を行い、フィリピンで暮らす人々を結核から守るために質の高い検査サービスの提供や結核対策のための人材育成を行っています。

日本の結核研究所との取組

 フィリピンでは1992年から日本の技術協力により公衆衛生プロジェクト(1992~1997年)、結核対策プロジェクト(1997~2002年)が実施され、DOTS(直接監視下短期化学療法:患者の服薬を直接確認する等の治療方法でWHOが掲げる結核制圧のための戦略)の実施能力の向上を中心に結核対策を強化し、協力対象地域のほとんどで治癒率の改善が図られました。

結核研究所スタッフ、NTRLスタッフで一緒に記念撮影(提供:公益財団法人結核予防会 結核研究所)



 NTRLが設立されてからはNTRLをベースに置いた結核対策向上プロジェクト(2002~2007年)が実施され、DOTSのさらなる充実に加えて、それまであまり重要視されていなかった結核菌検査の重要性も認識されるようになりました。検査の質を向上するための塗抹検査の外部精度評価と検査室ネットワーク構築は、世界からも注目を集めました。

 このプロジェクトには、日本国内外で結核制圧に向けた活動を長きに亘り実施してきている公益財団法人結核予防会 結核研究所(The Research Institute of Tuberculosis, Japan Anti-Tuberculosis Association (RIT JATA):以下、結核研究所)の職員が専門家として関わりました。

全国有病率調査時に検体搬送の方法を討議している結核研究所スタッフとNTRLスタッフ(提供:公益財団法人結核予防会 結核研究所)


 日本もかつては結核が「国民病」とも呼ばれて脅威を振るっていた時代があり、それを乗り越えてきた努力の歴史と、結核対策のための多くの知見や経験があります。結核研究所はJICAの技術協力プロジェクト以外にも、共同研究やWHOの短期コンサルタント等としての技術的な助言の提供を通じてフィリピンでの結核対策や抗酸菌検査に対する技術支援を1992年より実施してきています。また、NTRLのSRL(Supra-national Reference Laboratory : 国際的な基幹検査機関)として、検査部門の技術支援および数年毎に実施されている結核全国有病率調査や全国結核薬剤耐性調査等にも支援を行っています。1992年から2007年までに派遣された長期専門家は5人、短期専門家は50人に上ります。
また、結核研究所は2007年から2019年までフィリピンJATA事務所(NGO)を構え、マニラ地域の貧困層における結核対策改善に貢献しています。

JICAの課題別研修でも活躍するNTRL職員

 結核のない世界の実現のため、JICAでは結核研究所の協力のもと、医師・結核対策職員対象の中間管理職コースや検査担当医師および検査技師対象のラボコース、また結核対策に従事するシニアスタッフを対象としたアドバンスコースといったいくつかの研修を実施してきました。

 NTRL開設後の2002年からこれまで、NTRLからは13名のスタッフがこれらの研修に参加し、NTP(National TB Control Program:国家結核対策プログラム)関係者も含めると研修修了者は45名にも上ります。中には結核対策に成果を挙げて、保健省次官になった人もいます。

 保健省感染症対策前課長、NTP前所長やNTRL前施設長も過年度研修員であり、JICAの結核対策分野のプロジェクトと課題別研修が2つの輪としてリンクし合うことで、プロジェクトにも好影響を与えていました。

課題別研修(ラボコース)でコースリーダーの指導のもとテスト用培地を作る研修員たち

 研修コースの中でも1975年に始まり46年間で60ヶ国から371人の参加実績のあるラボコースは、TOT(Training of Trainers:トレーナーのトレーニング)をより意識し、研修コースのファシリテーターの養成も考え実施されています。フィリピンの研修員は知識や技術レベルが元々高く、2004年からは研修におけるファシリテーターとして活躍している過年度研修員もいます。フィリピンから参加したファシリテーター5名の内、3名がNTRL職員で、この3名にのべ7回に亘りファシリテーターとして協力いただいています。

 ラボコースでは実習や演習、チュータリング等、各研修員に対して手厚くサポートするため、ファシリテーターが研修に果たす役割は大きく、研修実施に携わる結核研究所からは、「NTRLは組織目標として世界に貢献する職員の養成を揚げており、研修事業を通じてwin-winな協力関係を構築できているのは喜ばしい。」との声が寄せられています。

過年度研修員でもあるNTRL人材開発ユニット責任者のライアンさん


 2016年度の本研修に参加し、現在はNTRLの人材開発ユニットの責任者でもあるライアン・V・カストロさんは、「NTRLとJICAは、フィリピンの人々の健康と福祉を向上させるという共通の目標を持ち、強いパートナーシップを有しています。JICAから提供される支援は、NTRLのミッションを達成する上で非常に重要です。JICAが課題別研修のプログラムを通じて提供する機会は、私たち研究所スタッフの能力開発に大いに役立ち、国際的な研修に触れることで彼らの経験をさらに豊かにしています。」と語ってくれました。彼は、ファシリテーターとしても3度に亘って本研修に参加しており、各国の研修員に向けて熱心な指導を行っています。

未来に繋いでいく結核制圧に向けた取組

 最後に、創立20周年を迎えたNTRLに寄せる今後の期待について、結核研究所に伺いました。

———以下、結核研究所より———————————————————————————————
 NTRLでは、周辺の東南アジア各国を招いて、JICAの第三国研修(ある開発途上国がJICAの支援のもとで他の開発途上国から人員を受け入れ、優れた開発経験や知識・技術の移転・普及・定着を行う研修)が2度実施されています。国内での結核対策を強化していくのはもちろん、周辺諸国への協力をサポートできるような人材が育成されてきたことは喜ばしいことです。今後のNTRLの発展と、職員の能力強化とそれを発揮できる場所づくりにもお互いに協力しあえればと考えています。
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 また、NTRLのライアン・V・カストロさんからは、「NTRLが結核対策において研究や人材育成、管理における優れた取組によって、公衆衛生のニーズに対応するダイナミックな部門になることを期待しています。結核のないフィリピンを目指す私たちの決意や熱意が、新型コロナのパンデミックによって消えることは決してありません。」との力強い声が寄せられました。

 JICAはこれまで、結核研究所と連携しながら無償資金協力や技術プロジェクト、研修事業を実施しフィリピンの結核制圧に向けて尽力してきました。それらの事業を通じて育成された人材、そしてNTRLという組織全体がフィリピン国内のみならず国境を越えて結核制圧に貢献できる存在になったのはとても素晴らしいことです。今後もNTRLがフィリピンの国内外で結核対策に貢献し続け、更にはそこで育まれた研究人材が国境を越えて世界で活躍することを願っています。これからも手と手を取り合い、結核制圧に向けて互いに協力し合っていきます。


記事作成のご協力:公益財団法人結核予防会 結核研究所、フィリピン国立結核研究所