南スーダンで農業の発展を支える基盤を作る:10年の取り組みを経て、開発マスタープランが実行へ

2022年4月14日

2011年7月にスーダンから独立した世界で最も若い国、南スーダン。建国の翌年から、JICAは農業分野への包括的な協力を続けてきました。それから10年、武力衝突や自然災害など、いくつもの混乱とさまざまな苦労を乗り越え、南スーダンの人々の「食と生計」の向上を図る新たな一歩が始まろうとしています。

30名以上のJICAの専門家が取り組んできた南スーダンの長期農業開発マスタープランの実施に向け、いよいよ動き出しました。石油の代替産業として大きなポテンシャルを有する南スーダンの農業の発展は、基幹産業として国の未来、そして平和につながっていきます。

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プロジェクトにより改築した中央エクアトリア州の苗畑施設。長年にわたる農業分野の協力活動が新たな段階を迎えています(2022年1月、南スーダン)

農業の底上げを図る2つのマスタープラン策定への長い道のり

東アフリカのナイル川上流域に位置し、豊かな大自然を有す南スーダンの国土面積は日本の約1.7倍。60を超える民族の大半がそれぞれの土地の気候や生態系に応じて主に自家消費的な農業や牧畜、漁業などを営んでいます。しかし、独立前の内戦の影響による人々の離農や国内外への移動、社会・経済サービスの中断などに加えて、近年の自然災害も重なり、国民は慢性的な食料不安に直面し続けています。

こうした現状を踏まえ、農業分野全体の底上げを図り、南スーダンの経済を牽引する基幹産業とするため、JICAは作物、林業、畜産、水産、組織制度開発の5分野の課題を横断的に扱う「包括的農業開発マスタープラン(略称:CAMP)策定支援プロジェクト」に取りかかりました。

「2012年のプロジェクト立ち上げ時は、とにかくゼロスタートみたいなもの。関係省庁の行政官や部署のスタッフはいろいろなバックグラウンドを抱えた人々の集合体で、各個人は能力があっても組織としてはパフォーマンスを活かせていませんでした。そのため、相手へのリスペクトを忘れないようにしながら、忍耐強く取り組んできました。農業分野のプロジェクトですが、中央政府の法整備から苗木栽培の技術指導まで、全体一連の流れすべて関わりました。まさに南スーダンの人々とともに歩むようなプロジェクトで、こちらが学ぶことや感銘を受けることもたくさんありました」

CAMP策定と実施能力強化に統括的な立場で携わったJICAの芹沢利文専門家は、ここまで10年間の道程をしみじみと振り返ります。

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プロジェクト開始当初、農村を調査する芹沢専門家(写真中央)ら。(2012年9月、中央エクアトリア州イエイ市郊外)

プロジェクトでは、2015年から2040年までの長期にわたる包括的な農業開発と、農業推進に重要な灌漑に関するマスタープラン(IDMP)策定がほぼ同時に進められました。2つの分野では、以前から、南スーダンとしての統一した基本方針が明確になっていないという課題が存在していたのです。

「一般的に、マスタープランは数年で陳腐化するケースもあるのですが、CAMPに関しては長期を見据え、例えば政策、予算や人員、天候などさまざまな条件が大きく変化した場合でも、適宜ベストなプランに組み替える手順を枠組みとする手法でマスタープランを規定しています。将来的には日本以外の協力機関やNGOなどが独自に進めようとする案件に対しても、このマスタープランに基づいて目標やロードマップを定めて行けるよう、南スーダンの農業関係省庁が主体性をもって系統だった戦略を組み立てて行ける指標になっています」

芹沢専門家はオーナーシップを重視した本プロジェクトの意義と成果をこう話します。

武力衝突やコロナ禍も乗り越え、歩みを進める

国民投票98%以上の支持で独立を果たした南スーダンですが、2013年と2016年には首都ジュバで政府と反政府勢力の大きな武力衝突が発生。多数の死傷者が出る不幸な出来事も経験しました。

2013年及び2016年の衝突後は、JICA職員と専門家は隣国に国外退避した上で、リモートで活動を継続します。このときプロジェクトは、各地での農業生産や市場の実態調査、農家ヒアリングなどの現地調査をひと通り完了しており、収集したデータ分析とそれに基づくプランニングなどリモート協力で活動できる段階に移行していたため、進捗が完全にストップすることはありませんでした。

「2020年からのコロナ禍の影響により、当初の計画より3カ月の遅れが生じましたが、現在、2017年からスタートした南スーダン行政官のCAMP/IDMP実施能力強化プロジェクトも着実に進み、やっと新たなステップに踏み出せるところまでたどり着けました」と、副総括で主にガバナンスを担当したJICAの半田茂喜専門家は胸をなでおろします。

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治安悪化により、隣国ウガンダでCAMP(農業開発マスタープラン)の内容について協議。(2014年7月、ウガンダ)

いよいよ農家と協働のフィールド実施へ。マスタープランが本格始動

南スーダンに対する包括的な農業分野への協力は、2022年3月からいよいよ実行段階となり、「食料安全保障・生計向上のための農業振興・再活性化プロジェクト」が始まります。

CAMPとIDMPの2つのマスタープランに基づき、中央の担当省庁関係者だけでなく、州や郡の地方行政関係者とも連携し、食料の安全保障や付加価値のある作物栽培など「未来へつながる農業」を目指し、ジュバ近郊で農家の人々と協働していく、都市近郊型農業のパイロット事業です。

具体的には、トマトやナス、ピーマンなどの野菜栽培のほか、養鶏や淡水魚の養殖、現地ではまだ一般的でないキノコ栽培などにもチャレンジして、現場にあった作物や品種を選定し、技術開発、フードバリューチェーン開拓の可能性などを見極めていきます。

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首都ジュバの市場で販売されている野菜類(左)、ジュバの農家グループの鶏舎(中)と養殖池(右)。新たなプロジェクトでは都市近郊型農業のパイロット事業への取り組みが始まります(2021年9月)

半田専門家は少しためらいながらも語ります。

「侃々諤々(かんかんがくがく)、議論百出。当初は新しい国づくりへの情熱もあったと思います。ただ、国の治安・経済状況はどんどん悪化し、一般の政府職員はまともな生活ができず、公務員としてあるべき業務を続けるモチベーションを失っているような状況もありました。そのため、活動が停滞し、活動や状況改善のための話し合いそのものがボイコットされるような場面も多々ありました。ただ、そのような状況でも、政府への直接支援を長年続けてきたのはJICAプロジェクトのみ。時間はかかりましたが、日本側の粘り強くキメ細やかな対応で、いつしか何でも話せる絆が育まれてきたとは思います。かつて激しく対立していた担当者に『次のプロジェクトもいっしょにやってくれるんだろう?』と声をかけられたときは正直、胸に迫るものがありました」

「まだまだ、例えば農業普及員をどう確保して育てるかといった課題は山積みなのですが」としたうえで、芹沢専門家が続けます。

「近年の干ばつや洪水、サバクトビバッタ被害に加え、新型コロナウイルスなど、南スーダンの食料事情は悪化の一途をたどっています。こうしたなか、2018年の衝突解決に関する合意の署名(R-ARCSS)以降、治安も落ち着いてきており、国内外からの帰還民含めて多くの人々が農業に復帰しつつあると言われています。国連機関や民間NGOなどと連携しながらの中・長期的なJICAのサポートは、互いに相乗効果を生み出し、やがて農業が基幹産業となり、安定した平和と同国の発展にもつながっていくと信じています。これからもできる限り一人ひとりの農民の皆さんに寄り添いながら、同じ視点で活動を続けていきたいと、気を引き締めているところです」

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マスタープランの本格実施に向けて養殖分野のNGO活動など、現地調査が進められています(2021年9月)

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農業普及員の人員確保は今後の大きな課題であり目標の一つです(2021年9月)