手洗いから始める衛生改善。インドとニジェールで行われた取り組みとは?

2022年10月14日

コロナ禍以降、「手洗い」の重要性が改めて認識されています。簡単かつシンプルながら、新型コロナウイルス等の感染症の予防に高い効果がある「手洗い」。ただ、世界には、正しい手洗いの方法・習慣や手洗い設備が十分に普及しておらず、予防可能な病気を防げていない国・地域が多くあります。人々の健康と命を守るため、正しい手洗い行為を習慣化してもらうために、JICAが行う取り組みとは。10月15日の「世界手洗いの日」を機に、改めて手洗いについて考えてみましょう。

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手洗い普及率の低いインド、直撃したコロナパンデミック

インドでは、食事の前に手を洗う人の割合は36%、農村部では25%という報告があります(注1)。手で食事を行うことが一般的なインドですが、石鹸を使用した手洗いの習慣は浸透していません。毎年、インドの5歳未満の子供の死亡者230万人のうち13〜14%が感染症の一般的症状である下痢性疾患に起因して亡くなっています(注2)。このようにもともと感染症対策、衛生啓発が急務となっていた中、ここ数年は世界中で新型コロナウイルスが蔓延。インドにおいても新型コロナウイルス感染者数が急増、一時は1日あたり4千人超の死者数を数えるなどの深刻な状況に。改めて衛生改善の必要性が強く認識されました。

(注1)National Sample Survey Organization (2018). 76th Round.
(注2)Gupta et al (2021). Why don’t they do it? Handwashing barriers and influencer study in Faridabad district, India.

1億人に届ける「良い習慣」キャンペーン

JICAインド事務所は、そのような状況を改善するため、また長期的な視点での衛生向上のため、2021年1月に「アッチー・アーダット」キャンペーンを始めました。ヒンディー語で「良い習慣」を意味するこのキャンペーンは、1億人を目標に衛生啓発を展開する活動です。「手洗い」「爪切り」「マスク」「ソーシャルディスタンス」を4つの柱として活動がスタートしました。

現地のコンサルタントやNGOと連携し、公共団体や学校、病院などと協力しながら衛生啓発活動「アッチー・アーダットセッション」を実施。衛生製品の無償提供や衛生啓発プログラムの実施、教育素材の配布などを通じて、手洗い習慣の重要性や、正しい爪の切り方、マスクのつけ方、ソーシャルディスタンスの取り方などを広めてきました。オンラインセッション、テレビ・ソーシャルメディアでの広報活動なども含めて、これまでに23の州と連邦直轄領で活動を行い、6500万人へのアプローチが実現。セッションの受講者がそれぞれの学校や職場、コミュニティでまたセッションを行うことで、2重3重に啓発活動の輪が広がっています。

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手洗い啓発活動で行われたハンドウォッシュ・デモンストレーション

 

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ハローキティによる手洗い啓発のオンラインセッションも開催

JICAインド事務所がこれまで関係を結んできた縁で、インドに進出している日系民間企業11社と、横浜市や熊本県など日本の自治体からの協力が得られたこともあり、スムーズかつ効果的にキャンペーンを実施できたといいます。株式会社LIXILからは簡易手洗いステーション、貝印株式会社からは爪の間の汚れを取るピック付きの爪切り、株式会社良品計画からは繰り返し使える布マスクの寄付があり、アッチー・アーダットセッションにおけるこれらの無償提供に繋がりました。

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(左)簡易手洗いステーションで手を洗うセッション受講者たち(右)正しい爪の切り方を啓発

歌って踊って、「正しい手洗い」を学ぼう!

子どもたちに特に人気だったのが、キャラクターとコラボした手洗い啓発動画です。ハローキティやくまモンといった可愛らしいキャラクターが、陽気なリズムで歌ったり踊ったりしながら手洗いの大切さと正しい手洗いの方法を伝えます。インドの人は本来、歌うのも踊るのも大好きな人が多いため、頭だけではなく耳や体で覚えることのできる音楽・ダンス動画での啓発は効果的だったといいます。

「人生で初めて、正しい手の洗い方を学んだ貴重な経験でした。セッション受講前は、手洗いの重要性をよく理解していなかったけれど、今は他のみんなにも正しい方法を伝えることができます」。ジャルカンド州ダワイヤ村のサプナ・クマリさんは、セッションの経験をそう語っています。

このキャンペーンは本来、今年3月までの予定でしたが、新型コロナウイルス感染症が収束していない状況も受け、来年2023年の3月まで延長されることになりました。昨年に続き今年も、「世界手洗いの日」に向けたイベントを実施。10月11日から14日までの4日間、デリー市内7か所で手洗いデモンストレーションやパレードなどを開催し、手指の衛生を啓発しました。引き続き1億人へのアプローチを目指しながら、「良い習慣」の定着を見据えた活動を行なっていきます。

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サンリオ社とコラボした、ハローキティの手洗い啓発動画をYoutube上で公開

 

女性の出産リスクが高いニジェール、リレー形式で衛生啓発

西アフリカのニジェールでも、今年2月から9月にかけて、衛生改善のプロジェクトが行われました。JICAと世界保健機関(WHO)が協働して母子の健康状態を改善する活動です。

ニジェールの衛生面における大きな問題のひとつに、女性の出産リスクが高いことが挙げられます。2018年の妊産婦死亡率が10万人出生あたり509人。女性の4人に1人は15歳前に結婚するなど早婚率が高く、若くして出産する女性も多いため、他のアフリカ諸国と比べても出産リスクが高いのです。乳幼児死亡率も年々減少傾向にあるものの、2018年度に1000人あたり48人と、依然として高い数値にとどまっています。その原因として、衛生環境の悪さと衛生教育の不十分さ、医療機関へのアクセスの困難さがあげられます。感染症予防をはじめとした早急な衛生改善が必要とされていました。

このプロジェクトでは、350人の保健師と地域住民の中から選ばれたコミュニティ・ヘルスワーカーに、母子の健康改善と感染症対策に関する研修を行いました。そしてコミュニティ・ヘルスワーカーたちは、さらに自分たちのコミュニティで啓発活動を行い、リレー形式で研修の内容を広げていきました。

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コミュニティ・ヘルスワーカーによる啓発の様子

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コミュニティ・ヘルスワーカーによる啓発の様子

衛生の重要性を学習、危険な自宅出産が減少

「住民にとっては、外部の見知らぬ人から説明を受けるよりも年配者や知人から説明してもらうことで、信頼感が得られます。コミュニティ・ヘルスワーカーにとっては、自身が学んだことを他の人に伝えることで、学びを深化させることができます。加えて、プロジェクト終了後もコミュニティ・ヘルスワーカーはその地域に残るため、活動の持続性も期待できます」。こう話すのは、JICAニジェール支所の山本主税さん。

このプロジェクトにおいても、「正しい手洗い」の啓発は重要な要素のひとつでした。村の生活では、家にトイレがなかったり、あっても家族が多いため使用できなかったりして、家から少し離れたトイレを使用することがあります。トイレットペーパーの代わりに葉や木を使用することもあり、手洗いをしないまま日常生活に戻るケースがあります。このような衛生環境下において、手洗いは、感染症対策として母子の健康を守るために必要不可欠です。研修の中で持ち運び可能な水タンク、バケツ、石鹸を用いて手洗い方法を紹介し、住民らも手洗いを体験しました。

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住民たちの手洗い体験

プロジェクトを通して、多くの妊婦や乳幼児の母親が感染症対策としての衛生の重要性を学びました。結果、保健センターに通う人数が大幅に増加し、危険度の高い自宅出産が減少したといいます。衛生の大切さに加え、出産前後に健康センターでの検診に通うことの重要性、適切な時期に適切なワクチン接種を受ける必要性などが理解された効果だと山本さんは言います。子どもたちの健康状態も、他地域と比較して改善が見られました。
「短期のプロジェクトでも、妊産婦の行動や子どもの健康状態において良い変化がみられました。今後も活動のスケールアップを含め、様々なアクターと協働しながら、ひとりでも多くの命を守るために取り組んでいきたいです」。山本さんは今後の展望についてそう話します。

JICAは2020年から2022年3月まで、「健康と命のための手洗い運動」を実施。61か国で296の活動に取り組み、約3億人に正しい手洗いの大切さを伝えてきました。今後も、さまざまなプロジェクトを通して、世界中の守れる命を守るため。「手洗い」啓発を続けていきます。