「世界難民の日」パレスチナの現場から深刻化する世界の難民問題を考える

2023.06.08

「難民」や「紛争」という言葉を、ニュースなどで耳にする機会が増えているのではないでしょうか。ロシアによるウクライナ侵略やスーダンでの戦闘などにより、住む場所を追われる人々が増え続け、世界の難民問題は深刻化しています。なかでも75年にわたって解決されていないのが、今なお紛争が続く中東パレスチナです。

6月20日の「世界難民の日」を機に、国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の保健局長として10年以上にわたり現場で活動を続ける清田明宏さんと、長年パレスチナ支援に携わってきた前JICAパレスチナ事務所所長の阿部俊哉さんに、深刻化する難民問題の現場で、今何が起きているのか、その支援のあり方、難民を取り巻く問題の解決に向けた糸口について伺いました。

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紛争や迫害によって故郷を追われた人々が、初の1億人超に

——国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の発表によると、紛争や迫害によって住む場所を追われた難民や国内避難民は2022年に初めて1億人を超え、10年前の4270万人から2倍以上に増加しました。この現状をどのように捉えていますか?

●清田 難民の数がこれほど増えると考えていた人は、私も含め世界中に誰もいないでしょう。ここ中東地域でも、難民を取り巻く状況は悪化しています。今朝もガザで空爆がありました(注)。今もまさに紛争は続き、住む場所を追われた人の数は増え続けています。

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清田明宏(せいた・あきひろ)
パレスチナ難民を対象に医療、教育、社会福祉などの支援を行う国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)で保健局長を務める。世界保健機関(WHO)で約15年間、中近東での感染症やエイズ対策に携わった後、2010年から現職。本対談には、自身が拠点とするヨルダンからオンラインで参加

●阿部 非常に深刻な事態だと認識しています。1億人以上ということは、日本の人口の約8割、世界でみると80人に1人という数字です。

こうした事態の最も大きな要因が紛争です。UHNCRでは難民の解決策について、「出身国に帰還する」「避難した国に定住する」「第三国に定住する」としています。もちろん、出身国に戻ることが望ましいですが、紛争が終わり、和平が達成されなければ戻ることはできません。パレスチナ、シリア、アフガニスタン、そしてウクライナ、スーダンと各地で難民が発生した状況が長期化すればするほど、難民の数が増えていくのです。

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阿部俊哉(あべ・としや)
2019年1月から2023年2月までJICAパレスチナ事務所長を務めた。1993年JICA入構後、企画部パレスチナ担当を経て、1998年にパレスチナ事務所の立ち上げに関わり、3年間赴任。その後、2004年より中東・欧州部パレスチナ担当。2007年にUNHCR本部に出向し、上級開発担当官として人道と開発の連携を担当。現在はJICA評価部部長

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注:2022年の統計は2022年6月9日時点での推計。「その他、国際的保護を要する人々」(2019~22年)はすべてベネズエラ人。
出所:UNHCR Refugee Data Finder

世界で最も長期化する難民問題「パレスチナ難民」の今

——1948年にイスラエルの建国宣言を受けて第1次中東戦争が勃発し、約80万人が「パレスチナ」を追われました。周辺諸国に逃れた人々は、以来「故郷への帰還」を切望しながら、75年にわたり難民として生活し、その数は現在約580万人に達しています。パレスチナ難民が置かれている現状について教えて下さい。

●清田 「出口のないトンネルの中にいる」というのが率直な感想です。UNRWAは、1949年に国連で創設が採択され、1950年から活動しています。当時、設定されていた活動期間は3年。つまり、当時の世界はパレスチナ難民の問題を3年で解決できると考えていました。ところが73年経った今でも、パレスチナ難民が生まれた政治問題は、解決される見込みが立っていません。パレスチナ自治政府とイスラエルの和平交渉は進んでおらず、多くのパレスチナ難民が暮らすシリアやレバノンなど周辺国の政治や経済状況も悪化しています。

パレスチナ難民の誰もが、難民になりたかったわけでも、75年間も難民で居続けたかったわけでもありません。しかし、今では家族4世代が難民となり、将来に対する絶望感が強くなっています。親たちが「せめて子どもたちの将来をどうにかしたい」と強く願う中、子どもの教育や健康をサポートするUNRWAの役割はますます重要になっています。

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●阿部 私は1993年にJICA入構後すぐにパレスチナ担当になりました。同じ年にオスロ合意(パレスチナとイスラエルの和平合意)が結ばれ、翌年にはパレスチナ自治政府が樹立するなど建国への期待が高まったものの、今では和平交渉が完全に停滞しています。以前はパレスチナ国家の建国という「二国家解決」のために国際社会が援助を続けてきましたが、その展望が見えない中で、国際社会の関心も薄れています。

いま最も懸念しているのは、人道支援から中長期的な経済開発に移行していた動きが逆戻りしていることです。つまり人々は再び日々の暮らしすら厳しい状況に陥っているのです。

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イスラエルによる空爆から逃れ、避難場所に指定されたUNRWAが運営する小学校の床で寝るパレスチナ難民の子どもたち(2021年5月、ガザ)(写真提供:UNRWA)

——政治的な状況、そしてパレスチナ難民の暮らしも厳しくなる中、UNRWAやJICAは今、どのような支援をしているのですか?

●清田 私が携わる保健分野で言うと、UNRWAの活動地域であるヨルダン、レバノン、シリア、さらに東エルサレムを含むヨルダン川西岸とガザのパレスチナ自治区にある140クリニックで医療を提供しています。

現在、パレスチナ難民の死因の7~8割は糖尿病や高血圧といった生活習慣病です。経済的な余裕がなく、偏った食生活をせざるを得ないことが主な要因です。慢性の生活習慣病には、同じ医師や看護師が継続的に治療にあたることが重要なため、「家庭医制度」を取り入れました。さらに電子カルテを導入し、既往歴や検査結果、服薬などの治療経過も一目でわかるようにしました。先行きの見えない過酷な生活が続く中、家庭内暴力やメンタルヘルスケアへの対応も急務になっています。

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シリアにあるUNRWAの医療クリニック。パレスチナ難民の子どもたちに向け、母子保健サービスの一環で体重測定を実施(写真提供:UNRWA)

●阿部 開発機関であるJICAは、長期化する難民状況に対して、緊急人道支援ではなく、生活環境の改善や人材育成・能力開発に重点的に取り組んでおり、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ難民キャンプ15カ所を対象に生活環境の改善に向けたプロジェクトを継続しています。もともと仮住まいとして建てられた住居は老朽化し、インフラの整備もままならない状況です。このプロジェクトでは、住民の発意で改善計画を立て、クラウドファンディングなども活用して生活環境の改善を図ります。厳しい状況の中でも安全で尊厳のある暮らしができるようサポートしています。

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狭い空間に建物や露天商が立ち並ぶ難民キャンプ。建物は無秩序に増改築が繰り返され、道路も劣化が目立つ

●清田 JICAとはこれまで電子母子手帳の導入も進めてきました。年間9万人に上る妊婦の全てが活用し、現地では「JICA Book」とも呼ばれています。また、青年海外協力隊員はUNRWAが運営する小中学校で、音楽や体育などの情操教育にも携わっています。JICAはまさにパレスチナ難民支援に向けた戦略的パートナーです。

●阿部 難民キャンプの改善プロジェクトは、JICAにとってキャンプの中に踏み込んで活動する初めての支援です。これまで声を上げる機会の少なかった女性や障害者、若年層を含むキャンプ内のさまざまな立場の住民が、将来に向けて生活環境の改善について話し合う機会を作っており、参加する住民たちが生き生きとしています。住民たちの暮らしやキャンプの状況を熟知しているUNRWAとの連携も重要で、今後も互いに協力し合いながら支援を続けていくことが大事だと思っています。

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キャンプの改善計画について住民自身が議論するためのフォーラムを開催。女性や障害者、若年層など、それまで意思決定に関わってこなかった住民たちも積極的に参加している

政治的解決に踏み込めない支援機関が果たす役割とは

——UNRWAもJICAもパレスチナとイスラエルの和平という政治的な問題に解決については直接踏み込むことができない中で、解決へと導くために支援機関が果たせる役割は、どんなことでしょうか?

●清田 もちろん政治的な問題の介入は我々の仕事ではありませんが、難民問題の解決に資する状況をつくることはできます。UNRWAの2万8千人の職員のほぼ全てはパレスチナ難民で、難民自身が難民の問題を解決できるシステムを作っています。和平に向けて「世界が諦めていないこと」をパレスチナ難民に示し、政治的問題が解決する日まで、パレスチナ難民が尊厳と誇りをもって生活できるよう支えることが、状況が厳しい今だからこそ、とても重要です。

●阿部 人道支援と並行して、政治的な解決に向けた環境を整備することが開発支援機関の大きな役割です。パレスチナとイスラエルでは、例えば国民一人当たりのGDPで見ると14倍もの経済格差があり、それが力の格差につながっています。JICAは、パレスチナ人が経済的に自立できるよう農業や観光といった産業育成や、中小企業支援を行っており、経済振興を通した格差の是正が、ひいては政治的解決につながればなお良いと考えています。日本のITスタートアップと連携し、ガザ地区の若年層を対象にソフトウェア開発の人材育成を進めているほか、パレスチナ最大手の民間銀行に融資し、中小零細企業の事業拡大を後押ししています。

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ITサービス開発などを手掛ける株式会社モンスター・ラボは、JICAとの連携により、ガザ地区の若者たちの雇用創出を支援。(写真提供:モンスター・ラボ)

●清田 今年は日本がUNRWAを支援してからちょうど70年になります。政治的な思惑なしに、粛々と人道支援を続けてきた日本は、現地でとても感謝されています。

難民を取り巻く問題の解決にはパートナーシップが不可欠

——世界中で長期化する難民を取り巻く問題の解決に向け、パレスチナ難民への支援を通じて得た手掛かりはありますか?

●清田 難民の人権と尊厳を守るためには、支援する側が諦めない姿勢を示し、諦めないシステムを作り、諦めないパートナーを作ること、とにかく支援を続けていくことです。世界から忘れ去られないよう、難民の声や支援の成果を世界に向けて発信していくことも重要です。そして今、世界各国がロシアとウクライナの戦争を終わらせることができるか、その展開が今後の世界の難民問題の解決を大きく左右すると考えています。

●阿部 世界の難民を取り巻く問題を一つの国や機関で解決するのは不可能です。難民を受け入れているホスト国政府、JICAのような支援機関、国際機関などが、互いの強みを生かして解決策を探っていくことが大事。紛争の長期化に伴い、難民支援は人道支援と開発支援の連携がますます必要になっていくと考えます。

難民問題というと、映像やニュースからは、国や思想の異なる集団が戦っている姿ばかりが目に映ります。でも、その戦いの向こうには住む場所を追われる人々がいます。それまでの生活を失い、家族や友人と離れ離れになるとはどういうことか、想像して、その現実を認識してみてください。難民自らが発言する機会は限られていますが、難民は自分たちの置かれた状況を理解してほしいと強く願っています。そのことを私たち一人一人がしっかり受け止めることこそ、大事ではないでしょうか。

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画面越しに久しぶりに再会したという清田さんと阿部さん。「今後も一緒にできることを見つけていきましょう」とさらなる連携に向けた期待を語り合った

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