JiPFA第1回農業とレジリエンス(気候変動)セミナー議事録

農業とレジリエンス(気候変動)第1回セミナーが2022年1月21日(金)に開催されました。

議事次第

日時:2022年1月21日(金)14:00~16:15

開会挨拶

  • JICA上級審議役 佐藤正

基調講演:「気候変動の農業・農村への影響」

  • 熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター 特任教授
    京都大学名誉教授 国際かんがい排水委員会副会長 渡邉 紹裕

農業とレジリエンス(気候変動)シンポジウム

  • 「途上国農村地帯のレジリエンス構築へ向けて」
    京都大学大学院農学研究科生物資源経済学専攻 教授 梅津 千恵子
  • 「事例紹介:ケニア国トゥルカナ持続可能な自然資源管理及び代替生計手段を通じたコミュニティのレジリエンス向上プロジェクト(ECoRAD2)」
    ケニア国トゥルカナ持続可能な自然資源管理及び代替生計手段を通じたコミュニティのレジリエンス向上プロジェクト(ECoRAD2)プロジェクト総括 日本工営(株) 村上 文明
  • 「気候リスクに対する農業分野のレジリエンス強化:参加型灌漑管理の有効性と取組-タンザニアの事例から-」
    タンザニア国県農業開発計画(DADPs)灌漑事業推進のための能力強化計画プロジェクトフェーズ2 JICA経済開発部 国際協力専門員 佐藤 勝正

閉会挨拶

  • JICA経済開発部長 佐野景子

質疑応答

質問1

  • 事前質問:気象変動に起因するリスクには、大規模で生活基盤が壊滅する大洪水、竜巻のようなもの、食料生産性を変動させる降雨の減少や気温の上下などのようなものなど幅広く、これへの対応を図る組織やその事業内容も多彩なものと思われます。主にどのような事象やアプローチ(事業)に取り組まれているのでしょうか。
  • 渡邉先生のご回答:私自身がお尋ねのようなプロジェクトに直接関わっているわけではないですが、農村の農家を前提に考えると、大洪水・竜巻が起こった際には、まずは今の1人の命を守るにはどうしたら良いかということを考えなければならない。将来の何千人もの命や、適応策だとか緩和策だとかいう話ではない。洪水は洪水対策として何ができるか。避難することと同時に、治水対策をどうしたらいいか。対応する規模にもよるが、これらは基本的には自治体や国が対応していくことになる。
    農業生産性を変動させる可能性のある降雨や気温など気象の変化について、今感じられている、経験できている変動に対しては、今の技術で対応するにはどうすればよいかという部分と、長期的に何をするかという部分がある。後者は作付けする時期や品種、体系を変えるということがあり、どの範囲で誰がするのかということに関しては、各地域によって異なり、農業者自らやコミュニティレベルで対応する場合と、地方の行政や農協のような機関が誘導する場合がある。
    このような事象やアプローチには、色々なところでまさに取り組まれているところだ。バラバラなところもあるが、統合を意識し、プロジェクトのデザインから関係者が協働して実施しているところもあり、こういった形の展開をさらに強化していく必要がある。

質問2

  • 事前質問:現地で適用できる具体的な温室効果ガスの抑制対策や炭素貯留技術の適用事例をご教示ください。国際協力の中での話だと思います。
  • 渡邉先生のご回答:現地とはどこを指すのか分からないが回答する。また、温室効果ガスの抑制対策は、農業・農村での局面か、途上国全体での話かということもあるが、ここでは前者を前提とする。だとすれば、まずはどこで温室効果ガスを発生させているかの認識が重要であり、農業起因として考えられていないものの、生産の時に大量のエネルギーを使う化学肥料の使用が挙がる。また、いかに地域の生物資源を活用するかということが温室効果ガスの抑制につながる。農業では、温室効果が大きいメタンの発生がよく話題に挙がる。メタンの定量は非常に難しいといわれているが、水田からのメタンは最近では観測実績も進んでおり、コントロール技術も広がっている。例えば湛水をしない、適時排水するということは東南アジアでも行われている。灌漑排水で使うポンプなどの施設の運転時や発電からも温室効果ガスは発生しているので、いかにローカルなエネルギー(風力、太陽光、小水力発電等)を使いコントロールしていくかが大事だ。
    2つ目の炭素貯留技術については、バイオチャー(分解の遅い炭素系のもの)を土壌に投入することが考えられる。これは土壌構造の改善にもつながり、生育性も高くなる。ただし有機物もセットで入れないといけない。ローカルな生物資源およびバイオチャーを入れることで炭素資源の有効性は試されており、海外や日本でも取り組んでいるところはあり、実績はあるのではないかと思うが、詳細は把握していない。
  • 参加者・国際農林水産業研究センター(JIRCAS)農村開発領域の渡辺様からのご回答:JIRCASでは、ベトナムのメコンデルタ地域で、水田から発生するメタンの排出量削減のために水稲作への間断灌漑技術の導入に取り組んでいる。農家圃場に導入したところ、慣行法(常時湛水)と比較して、メタンの排出量は削減され、コメの収量は増加するという結果を得た。農家の方にとってみればメタンの排出量削減は関心事ではなく、インセンティブとしては、例えば収量が増えることが重要となる。メタンの排出削減量から排出量取引により炭素クレジットを得て、それを農家や地域に還元するという、新たなインセンティブを創出するための研究を進めている。
    炭素貯留技術の適用事例としては、JIRCASでは、タイにおいて、畑の土壌炭素貯留に関する圃場試験を行ってきており、農地土壌に有機物を施用することで、炭素貯留量が増加することが分かった。有機物の施用によって作物生産は向上するので、農地の生産性向上をインセンティブとして有機物を施用し、その結果として土壌炭素貯留量を増加することが実施可能な対策と考えている。

参加者からのご意見1

  • 農業における品種改良のスピードと気候変動のスピードに差があると感じており、農業におけるレジリエンスを高めるという取り組み、勉強会、研究の推進は極めて重要と理解。農業以外の分野、例えば工業分野などの他の部門に対しても提案や協働をしていく必要があると感じる。本日は勉強になり、感謝。将来も引き続きJICAを超えた部門に対しても、提案を続けていただきたい。

質問3

  • 事前質問:途上国の食糧生産から流通までのシステムは気象変動に対して脆弱であるようなイメージがありますが、逆にロバスト(強靭、堅牢)的な部分もあるのでしょうか。一方、先進国において高度に発達したシステムにおいても特徴的な脆弱さがあるのでしょうか。
  • 梅津先生のご回答:自給経済ではロバストのように見えるが、実際は端境期があり、農民は食料が尽きている期間がある。端境期になると非常に脆弱になることがある。その間はどこかに働きに出てキャッシュを得て、食料を供給しなければならない。自給できている期間はロバストなのかもしれない。先進国においてどうかということについては、先進国はバリューチェーンが複雑になっており、どこかがコロナや震災等の影響を受けてストップしてしまうと、バリューチェーンが途切れて脆弱になることもある。バリューチェーンのあり方、どこと繋がっているか次第で、脆弱になる。地元で供給できることはロバスト的なのではないかと思う。

参加者からのご意見2

  • (梅津先生に対し)ザンビアのレジリアンス対策の事例を紹介いただき、感謝。JICAでは食と栄養のアフリカ・イニシアティブ(IFNA)というアプローチをアフリカ各国で展開しているが、ご紹介頂いたいくつかの対策(農業保険の導入や端境期の現金収入)が参考になった。

質問4

  • 事前質問:牧畜民に野菜摂取の習慣を定着させるためのボトルネックは何かありますか。
  • 村上総括のご回答:私もこのような活動を行う前は非常に大きな疑問であった。少なくともケニアにおいて私たちの周りで接してきた牧畜民の方々は、私たちが考えているステレオタイプの牧畜民と比較し、野菜を受け入れる、彼らの文化にないものを受け入れる許容度はかなり高いのではないかと考えている。一方、野菜のアクセスは絶対的に不足しており、これは大きなボトルネックだと考えている。田舎では誰も野菜を作っておらず、売ってもいない。アクセスという意味では、技術的に誰が・どのように作るのかということも問題であるが、事業実施者が行う外部介入においても、技術をどのように彼らに届けるのかというデリバリーのノウハウもまだまだ足らず、依然として課題であると感じている。今回紹介したモデルなどを色々と取り入れながら、様々な角度から、きめ細かさをもって彼らにアプローチすることが大切であると感じている。

質問5

  • 事前質問:日本の植物工場や水耕栽培等の技術はエネルギー使用量が高く導入コストも高いものが多く、なかなか発展途上国での適用が難しいように感じます。日本が持つ農業や環境に関する技術において、エネルギー使用量が低く、発展途上国でも適用の可能性が高い製品や分野がありましたらご教示下さい。
  • 参加者・JIRCAS農村開発領域の渡辺様からのご回答:植物工場に関連した情報を共有する。日本国内においてもエネルギー使用量や導入コストが考慮された製品は開発されている。JIRCASが取り組んでいるアジアモンスーンモデル植物工場では、開発途上地域への展開にあたり現地の実情に応じた製品やシステムの活用を検討している。検討している製品は以下のとおり。
  1. 植物工場では電力インフラが脆弱な地域向けの電力供給源としてソーラー発電やバイオマス/バイナリー発電等の再生可能エネルギーの活用
  2. バイオマス/バイナリー発電からの発生物(水蒸気、排気、熱)を清浄水、CO2源や冷却用に使用
  3. 植物への送風温度ロスをなくす資材等の活用

また、JIRCASが取り組んでいるアジアモンスーンモデル植物工場に関する情報は以下のとおり。

質問6

  • 参加者:タンザニアで作成されたDADP灌漑事業ガイドラインはタンザニアに特化したものなのか、または他国でも活用可能なのかご説明いただけますでしょうか。
  • 佐藤専門員のご回答:タンザニアのガイドラインは、当時策定したとき、県の農業開発に活かすということで、地方分権化の中で策定されており、地域住民、農民が参加するという事を前提として策定したガイドラインだ。部分的には他国でも適応可能であると考える。本来灌漑事業にあまり経験がない農家が灌漑事業のプレーヤーとして参加するためには、段階的なアプローチが重要である。このあたりは他の国においても活かされると考えている。Modification(修正)してそれぞれの国に適応できたら、私も嬉しく思う。
  • 参加者:ガイドラインは入手可能なのでしょうか。
  • 佐藤専門員のご回答:問題ない。

質問7

  • 参加者:灌漑事業について「農家、政府、企業が双方向的に協働型なアプローチが重要」とのご発言がございましたが、具体的にどのような取り組みをお考えでしょうか。特に企業の関わりについてお伺い致したいです。
  • 佐藤専門員のご回答:灌漑事業を案件形成する段階、施工する段階、維持管理・運営をする段階があり、それぞれのステージによって関わり方が異なる。政府と農家が参加型というよりも協働型という形で互いの信頼関係を構築しながら進めていくことが重要と考える。特に企業はICT技術、ソフトウェア開発が進んでいるため、農家をサポートする形で企業が入っていければいいのではないか。JICAも民間との連携に注力している。これからそれぞれのセクターが協働で灌漑事業に関わることが重要と考えている。

各パネリストよりコメント

  • 梅津先生:農民の福祉を考えると、食料安全保障も勿論だが、栄養の影響を見る必要があるのではないかと考えており、今取り組んでいるところだ。農民がレジリエントになるためにはどうすればよいかという観点では、食料消費が低下しないことと、それに伴い栄養が低下しないということが重要なのではないかと思う。それが国家における長期的な人的資源の向上に繋がると考えている。農業生産の出来・不出来が栄養に直結する農村地域において、これが今重要と思う。
    渡邉先生がAdaptive Adaptationという事を言われていたが、私は適応策と緩和策が一緒にできるスキームが必要なのではと考えており、Adapt(適応)しながらMitigation(緩和)にも貢献できる農業システムが必要だと思う。
  • 村上総括:牧畜民は、彼らも彼らのできる範囲でかなりの努力をしている。例として、近年、遊牧から半定住化へ急速に進んでいる。そのおかげで干ばつが起こっても人命が失われるということはなくなったようだ。彼らの行っている範囲内で行っているレジリエンスの向上である程度の対応はできているものの、干ばつが起こると彼らの財産である家畜が失われることになる。そういう意味では彼らのできない部分を外部者である我々が助けていかなければならないと考えている。その際、技術も大事だが、それをいかに現地の人に適応し、受け入れてもらうかということもひとつの重要な技術でありノウハウである。こういった点もコンサルタント、事業実施者の関係者は、よく考えてアプローチしていく事が重要であると考えている。
  • 佐藤専門員:発表の中でも伝えているとおり、関係者全員の協働が必要である。気候変動、新型コロナでも、これまで持っていた脆弱性が顕在化している。JICAの基本姿勢である「人に寄り添う協力、支援のあり方」を今後も行っていくし、これまでもやってきており、この方向性は間違ってないと思う。これからは気候変動の中で想定外の災害が起こることが考えられるので、ICT技術・DXをJICAも積極的に採用し、未然に災害を防ぐ・低減するアプローチが重要なのではないかと思う。JICAのアクションでもある「現場に飛び込み、人々と共に働く」という好きな言葉があるが、SDGsの「誰一人取り残さない」という言葉と一緒に、こういったスタンスで、今後も国際協力に関わっていく。また、レジリエンスなネットワークがこれからも必要であると考えている。
  • 渡邉先生:2点申し上げる。1点目は、対応には様々なステークホルダー、様々なレベルの人が関わる必要があり、その人たちはどういう材料が利用でき、どう主体的に取り組んでもらうかという枠組みを常に認識しておく必要がある。特に農村部の農家、またはそこに深く関わっているコミュニティの方のような「気候変動」というキーワードがなくても日頃から対応されているところに、どういう形で長期的な適応策・緩和策という議論を被せていくかという事に対しては、本格的な議論がまだ足りないと感じている。佐藤専門員が言及されたinvolvement(関与)だけではなくco-production(共創)のように、広く年代を超えて考える必要がある。2点目は、適応策と緩和策の関係で、SDGsのゴールやターゲットを含め複雑なシナジーとトレードオフの関係があることの認識・対応の重要性である。まだ食料需給がひっ迫しており、灌漑の整備が求められている所がたくさんある。これに気候変動関係の対応をどうクロスしていくかということが必要であり、総合的なアプローチをしていくことが大事である。