国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)とJICAでは、農業分野における各種研究を実装につなげることを目指す基礎的な合同勉強会を実施してします。
今回の内容はJiPFAの水産分科会、またJICAが重点を置いている栄養改善とも深く関係するため、JiPFA会員様も対象にしたオープン開催となりました。
2023年1月13日(金)15:00~16:30(日本時間)
オンライン(Microsoft Teams)で開催しました。
杉山 俊士(独立行政法人国際協力機構 国際協力専門員)
本ページの下にリンクを掲載。全47スライド。
Q1:東部アフリカは煮干し、西部アフリカは燻製が主流となっているとの説明がありましたが、この経緯についてお教えください。
A1:どちらも最初は、劣化の速い魚の保存性を高める目的がきっかけであったと思います。それが、たまたま東部では煮干し、西部では燻製という加工方法であったと推察しますが、詳しい原因はわかっていません。しかし、そうした加工品が一般的に入手できるようになり、人々がその味に親しむようになったことで、嗜好性が強くなり、その後時間を経て食文化として定着したのではと考えられます。
Q2:東部アフリカは魚の消費量が少ないですが、これは保存技術の低さ等による不味さや食中毒の危険性が原因となっているのでしょうか。あるいは近年は保存や物流の改善により、消費量の増加がみられるといった傾向はあるでしょうか。
A2:東部アフリカの沿岸部は、理由は明らかでないものの、水産開発の面からは取り残された地域となっています。モザンビーク、ケニア等の零細漁村では今でも手漕ぎ船や帆船が見受けられ、水産インフラ整備も遅れています。これは漁業が盛んな西部アフリカで、零細漁民でも動力船を用いて活発に漁業を行い、水産物流通もダイナミックであるのとは対照的です。。このような状況によりもともとの水産物の供給量も少なく、また流通している魚の鮮度管理にも問題が多いことが、消費量が少ないことの一因と考えられます。
Q3:水産物の消費が広がるためには鮮度管理が重要とのお話を伺いました。鮮度管理の改善、強化のため、フードバリューチェーンの改善、食品廃棄率の削減、日本の技術導入等の観点から、日本のコールドチェーン設備を売り込むことでできるのではないかという話が時々出てきます。日本の過去の協力では漁港に製氷機を設置する等は行われてきましたが、漁港と消費者をつなぐ流通を実現するためのコールドチェーンの協力事例は少ないと理解しています。コールドチェーンの整備となると民間セクターが主流になると思われますが、ODAとしてはどのような支援が可能とお考えでしょうか。もし何らかのアイデアがありましたらお教え願います。
A3:生ものの流通にはコールドチェーンが必要、すなわち、流通拠点(ハブ)に冷蔵保管施設をつくり、漁港、流通拠点、消費者を保冷車でつなぐことが必須というある種の固定観念があるかと思います。しかし、実際にアフリカの現場では、コールドチェーンも確立されていない内陸部でびっくりするような品質の良い冷凍魚を見かけることがあります。これはリーファーコンテナと呼ばれる冷蔵装置のついたコンテナの普及に負うところが大きいと観察されます。リーファーコンテナは、いわば移動式の冷凍・冷蔵倉庫で、トラックから降ろし電源につなげば、そこが水産物の保蔵施設になるのです。現場では水産物だけではなく、鶏肉等、他の冷凍が必要な食品も混載して取り扱っていることが流通網確立の鍵であるようです。リーファーコンテナを運ぶトラックと充電装置の設置を組み合わせることでコールドチェーンが完結するのです。セネガルの首都ダカール近郊の卸売市場の裏に回るとリーファーコンテナだらけでした。このような流通革命が見られるので、従来の発想によるコールドチェーンシステムへの投資は必ずしも必要ではないのです。いわゆるリープフロッグ的な動きではないかと思います。固定の冷凍施設を設置すると、水産物、その冷凍食品は流通量の変動がありますので、流通量が少ない場合、稼働率が悪くなるリスクがあります。そのようなリスクの低減が図られないまま、ODAを投入するのはJICAとしても難しいです。ちなみに、聞いたところによると日本で美味しい輸入ワインが飲めるようになったのはリーファーコンテナを使うようになってからと言われています。それまではヨーロッパ等のワインが海運で日本に届くには赤道を2回またぐ必要があり、高温で品質が劣化し、美味しいものが飲めなかったものがリーファーコンテナにより状況が変わったということです。そのような商機は民間セクターが敏感ですので、民間セクターの動きをしっかりと追い、民と官の連携をしていくことだと思います。日本では磁場を発生させることにより防腐機能を備えたリーファーコンテナ等の開発なども行っていますので、日本の技術が流通に貢献するチャンスはあります。潜在的な魚食市場を開拓することもできると考えます。煮干しや燻製だけでなく、鮮魚の人気も高く、クリスマス等の家族が集まる行事に需要が増加するため、それらの時期に出荷できるようにしている養殖業者もいます。
Q4:食生活を変えるのは難しいですが、移動などの要因とは別に、介入プロジェクトとして成功した印象的なケースを教えていただければ幸いです。
A4:これまでは水産プロジェクトで明示的に栄養改善を目標の一つとしたプロジェクトは残念ながらありませんでしたが、今後は食と栄養のアフリカ・イニシアティブ(IFNA)との連携強化も視野に入れ、水産や畜産を通じた栄養改善が進められていくと考えます。
Q5:ケニアでの生活が長ったのですが、帰国前の頃、同国で流通・消費しているティラピアは中国からの輸入に頼っているとのことを聞きました。東部アフリカ諸国は自国生産よりも中国の輸出戦略の傘下に入っているのかな、という印象を持ちました。ケニアでの思い出をコメントさせていただきました。
A5:輸入冷凍魚に関し、中国産のティラピアは、ものすごく効率よく生産され、価格競争力もあるので、JICAがアフリカで協力している養殖事業は、生産コストでは太刀打ちできない状況です。ただし、中国産のティラピアについては安全性に関する懸念が度々ケニアでニュースになっています。ネット検索いただければ、見つかると思います。養殖工程がどのようなものか分からないため、警鐘を鳴らしている人はいます。また、この1~2年は食料を輸入に頼りすぎるのは食料安全保障の観点から自国生産が重視されるようになっています。養殖は地方の村落部で行いますので、そこで生産を行い、国民が国産養殖魚を利用することが栄養改善だけでなく、農村地域の所得向上にも貢献します。
Q6:質問が2つあります。1つはアフリカ地域で漁獲量が減少している原因は乱獲が原因でしょうか。または気候変動によるものなのか、或いは別の原因によるものでしょうか。2つ目は水産業の栄養面での貢献に関する議論は2017年頃以前にはあまりなかったという理解で良いのでしょうか。
A6:アフリカ地域で漁獲量が減少している原因は乱獲の要素が非常に高いと思います。アフリカにおいては、漁業は生計の困った人々が最後にいきつく業種です。水産物に所有権がなく、農畜産業のように土地も必要としません。日々の朝、船頭が海岸で、漁船に乗る人を募って、また乗った人は日払いで収入を得ることができるので、貧困層が集まってくる状況です。国の貧困の最前線の現場でもあるのです。そうなると、多すぎる漁民が資源量に限界のある魚を捕り続けることになることが起きるのです。これに加え、エボラ出血熱やCOVID-19が流行すると、漁業の監視能力が低下します。そのような国の近海はアジアの漁船による違法漁業の草刈り場になります。たとえ合法的に入漁したとしても、監視能力がないので、アジアの漁船は10隻の枠に対して、20隻、30隻を投入して魚を捕るため、結果的に乱獲が進みます。現場を見ても、特定魚種のサイズ組成がどんどん小さい方にシフトしています。他方、気候変動の要因は、なかなか判断が難しく、研究論文等を参照する必要があります。水産業の栄養面での貢献に関する議論が2017年以前に全くなかったわけではなく、USAIDやNGOが関与していたが、国際的な関心を喚起するような旗振り役がいなかったです。Word FishのDr. Shakuntala Thilstedが多くの援助機関、NGOを巻き込み、水産物による栄養貢献の重要性を訴えました。国際場裏でこのことが取り上げられるようになったのは、彼女の貢献が大きかったと個人的に理解しています。
Q7:アフリカの内水面漁業による漁獲高や摂取量はどうなっていますか?
A7:アフリカの内水面漁業については信頼できる統計がありません。実態を把握するのは非常に難しいですが、漁獲量が増える状況はおそらく全く期待できないでしょう。資源管理がほとんど行われていませんので、天然水系からの漁獲量は現状維持ができれば御の字という状況です。一方で人口が増加すれば一人当たりの供給量は減ることになりますから、これからは養殖が重要になってくると考えます。2018年に、消費の割合が天然魚と養殖魚で逆転し、同年以降は養殖魚の消費が5割以上を占めています。この傾向はますます広がると思います。養殖生産はアジアに集中しており、同生産に占めるアフリカの割合は1割に満たないはずです。今後、アフリカにおける養殖生産は飛躍的に伸びることは間違いないと予測されるので、内水面養殖と栄養改善や食料安全保障をうまく結びつけることができれば良いのではないかと考えます。
Q8:魚の加工残差や内臓などによる環境汚染も場所によっては重大な問題となっていると思います。これに対する日本での対策と途上国での対策の現状と課題はどのようなものがあるでしょうか。事例があればご説明をお願いします。
A8:途上国は加工残渣や内臓を海に投棄しています。このため漁港は浅くなる、水質が悪化し、悪臭がする等が問題になっています。さきほど養殖魚の消費量が天然魚を上回ったことをお話しましたが、養殖が持続可能なものであるこというと疑問があります。なぜかというと、飼料に天然魚由来の魚粉が入っています。日本での肉食魚の養殖には、1キログラム生産するのに15キログラムの小魚を与えるに相当するものもあります。養殖が盛んになれば魚粉(天然魚)の需要も高まります。日本全般で残渣や内臓を魚粉加工しているかどうかは定かではありませんが、沖縄で養殖されているハタの飼料にはマグロの加工残渣も使われています。このように日本では循環経済的なことをやろうとしていますが、途上国では、まだそのような動きがないために環境汚染につながっています。途上国の漁獲後のロスはFAOの少し古いデータでは3割にのぼると報告されています。今後、天然魚の漁獲高を3割増やすことはほぼ不可能ですが、漁獲後ロスを減らすことはできると思います。そうなると流通する魚の量を増やすことができますから、重要な取り組みとなります。途上国の家族経営の魚の加工場でのロスも深刻な問題です。このような加工場の改善をすることも流通量の増加につながります。ただし、残渣を有効利用するためには、ある程度まとまった量を効率的に得られるような規模の加工場でないと難しいこと、途上国政府の残渣の再利用に関する政策の優先順位が高くないことから、FAO等の国際機関が、その重要性を訴えかけることにより、途上国政府の意識も高まると考えます。
Q9:ティラピアと一緒に養殖池で小魚を育てるというのは養殖家にとっても負担が少なくやりやすいように感じました。小魚流通は東アフリカが主流とのことですが、西アフリカの簡単に導入できそうですか?
A9:この件に関しては、先ほど紹介したDr. Shakuntala Thilstedと小魚のポリカルチャーをアフリカのどこかでしたいという話をし、IFNA発足のタイミングに合わせて、World Fishの方から、マラウイで小魚とティラピアのポリカルチャーや魚による栄養改善に関する調査実施のプロポーザルをあげてもらったが、その時は色々な事情により採択には至りませんでした。しかし、技術的には難しい話ではないですし、ティラピアを収獲した後、養殖池に残った稚魚は全て回収しなければならないので、それを食べることにより、栄養改善につながる可能性があります。今後取り組むべき課題ですが、実施自体はそれほど困難ではないと思います。養殖の専門家とお話いただければと思います。介入の可能性のある分野です。
コートジボワールで現地の農民がアメリカミズアブの幼虫をタンパク質飼料として使用しているのを確認しました。このほか、SATREPSで有用物質を生成する微細藻類の大量培養の研究が行われており、今後タンパク質を生成する微細藻類の特定と培養の研究が含まれてくる可能性もあります。こうした微細藻類にはアスタキサンチン(発表の中で、養殖サケに身を赤身付けするため人工飼料の添加物として紹介した)やバイオ燃料を生産する種類もあります。今後は、タンパク質を生産する微細藻類は飼料として有望だと考えています。