専門家から国際協力での仕事を目指す方へのメッセージ(田中専門員)

国際協力の道に入ったきっかけ

小学生のころ、自分の知らないどこかから、何かを懸命に伝える特派員をテレビで見て、かっこいいなと思ったところから、海外に興味が出てきたように思います。就職活動時には、私用では行きそうにない国に行けそうな仕事を物色し、商社や、百貨店の買い付け、そして開発コンサルタントを視野に入れていました。結果的に、私を含め社員9人の一番小さい会社に就職を決めました。最も機動的に自由に動けそうな感じがしたからです。
入社後は、土木や都市開発の経済性分析の仕事に専ら従事しました。損益分岐点やら内部収益率やらそういった分野です。入社3年目から、タイに赴任し、教育借款のコンサルティング業務に従事したことを契機に「教育」という分野を生業にすることを決めました。日本の教育協力マーケットは当時ほとんどなかったので、これから立ち上がるっていう夜明け前みたいな時代でしたね。

これまでの活動を振り返って、思い出に残るエピソード

私が仕事を始めたころは、物から人への投資、社会開発、参加型開発、といったキーワードの時代でした。
日本の国際協力にも教育のマーケットができそうだというのが分かったので、ロンドンのInstitute of Education (IOE) に進みました。復職後にはJICAの仕事にも恵まれ、イエメンの女子教育プロジェクト等に関わることができました。

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カウンターパート(CP)と作戦会議
(イエメン・女子教育)

イスラム教の国では「ムスリムは、保護者が女の子を家に閉じ込め、学校にいけないから教育・学びが進めない」など、宗教が故に男女の格差や様々な不当なことが起こっている、的な言われ方がよくされますよね。当時の私も、渡航前はそんな風に理解していました。でも、1カ月も村に出入りすると、違うところがたくさん見えてきます。

保護者や村長と、就学率が低い問題を話し合っていると、イスラムの教えとは離れたところで、「学校が汚い、危ない、暑い、水もない。それに、通学路で変な人に声をかけられるかもしれず心配だ」という意見に、普通の親心が透けてみえてきます。こういった皮相と実相のギャップという経験はこの仕事の醍醐味ですが、イエメンでのエピソードは、今まで一番印象的だったかなと振り返って思います。

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CP、専門家チーム、JICA支所スタッフとの記念写真(イエメン)

実相が見えてくると、問題解決へのアプローチが変わってきます。中には、男女を1つの部屋に入れるなんてとんでもないと考える親も当然いますよね。そして、ここで実相情報が役立つわけです。「いやそれは親心でしょう、宗教的な影響かもと心配する必要はあまりないのでは」と思いつつ、(女子)教育、通学の価値づけは宗教のプロ、地元のイマーム(指導者)のアドボカシーに委ねました。少なくとも「親心」は不就学要因の肝にあると見えたので、これを梃に「学校を地域でよくしてきましょう!」という方向性を据えたわけです。課題解決に向かって協働的に取り組む、という普通の行政的アプローチでも、イマームの後ろ盾により、宗教的価値観と対立しないだろうと見立てたわけです。こんな具合に、何かの見立てに基づいて、それまではなかった協働の場を設ける、それが我々の仕事の醍醐味のひとつかと思います。

開発コンサルタントからJICAへ進んだきっかけ

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先生、生徒との議論の様子(インドネシア)

現場で活動する臨場感や、海外にも駐在・出張する没入感がコンサルタントの仕事の魅力でした。JICAから受託した案件では、プロジェクトの設計図であるPDM(Project Design matrix, プロジェクトの設計図)があまり上手に作られていないことが時折ありました。より的確にプロジェクトの潜在性を捉えて、その効果・インパクトを体現するには、きっと上流で話をすることが大切なのだろうなと思っていました。ですので、詳細設計や中間・終了時評価の仕事は好んで応札していました。そして、今の専門員の立場では、そういった上流に働きかけることが本来業務の一つです。だからそこは、コンサルタント業務ではなかなか行き届かなかったところがJICAではできる、そして教育行財政を扱う法案や省令などの制度面にもより容易く政策提言できるというところに意義を感じています。

お仕事の中で意識してきたこと

まずは、クライアントの課題意識・認識に耳を傾けるということです。そして、先方が考え付かなかったような解決策を導くことを意識しています。常にそうなるとは限りませんが。
またプロジェクトデザインでは、裨益者や協働相手の中で一番大変そうなグループを意識し、その人らが裨益するか、最後まで協働できるか、を考えることが大事だと思っています。ユニバーサルデザイン的な着想ですね。
あとは「ハッタリスキル」を大切にしています。「ハッタリ」はうさんくさいですが、自分の力不足をアピールしてクライアントを不安にさせないように注意するということです。達成できそうなところからちょっと背伸びした地点に目標を設定する。確実にやり遂げられるとは言えないけれど、やり遂げられる確からしさがある。こういった地点にクライアントを不安なく導くには、ある種のハッタリは大切かなと。

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授業研究についての議論の様子(インドネシア)

今後のJICAの基礎教育、特に就学前や非認知教育における支援について

教育協力の一つの柱として建ててもいいくらいの価値があるのが就学前、非認知だと思っています。IQが高い子は生涯にわたる適応やウェルビーイングがうまく行く傾向にあります。学びを支援する我々の事業の一つの説明根拠といえます。そしてIQ以外にも将来の適応を予見する様々な特性やスキル明らかになりつつあり、それらの総称が「非認知」。私には理数科同様に支援対象領域として価値あるように見えます。

ところで、IQは何らかの試験の結果、つまり試験スキルの結果が体現されるわけですが、一言にIQといっても試験をやりきる力とか集中力とか、IQを表現するにはそれ以外の多様な能力・スキルが介在するように見えます。学力向上を指標にする事業でも、必ずどこかに児童生徒の全人的な要素がどこかには入っているので、そういった子どものエンパワメントという観点から今後の事業を価値づけていくのが必要かと思っています。

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田中さんインタビューの様子

今まで展開してきた事案の非認知的側面にも着目することは、我々の事業の高付加価値化にも貢献できる可能性があります。また、IQ以外の意欲、自己肯定感、協働、グリット等もとらえて教育支援を展開することは、子供の「エンパワメント」につながると思います。

これからの国際教育協力人材に向けたメッセージ

「よくわかんないけれどもやってみよう」という姿勢を大切にされるとよいかと思います。
根拠や証拠がないことは、やってみなければ、新しい根拠を作ることはできないわけです。なので、確たる証拠はないけれども、新しいことをやってみましょうっていうのは国際教育協力に限らず大事なことかと思います。正しいことであれば、後から合理性はついてくると思います。実績は試行錯誤から生まれますので、入口の時点で立ち止まっていては何時まで経っても踏み出せないですし、物事を進めることはできないです。とっかかりは気持ちを軽く持ちつつ、始めたらあとは全力でやることが良いと思います。PDMに記述されていようといまいと、PDMを超える価値を目指せばよいのです。

田中紳一郎 国際協力専門員

1993 年立教大学経営学部を卒業後、(株)パデコ勤務。95~98年のタイ赴任(職業教育短大・ 円借款)、ベトナム(初等教育開発計画)、エジプト(ECE IRR 推計)、インドネシア(学校運営)、イエメン(女子教育)等 で JICA、世界銀行、民間企業へのコンサルタンシ―に従事。08 年~世界銀行リードコンサルタント(インドネシア・地方学校交付金制度改革)。2013年から国際協力専門員(現在3期目)。ロンドン大学教育研究所にて修士、博士(教育学、東京大学)。現在の担当分野は、全人的教育、就学前、避難民支援、教育行財政。関心は子どもの包摂、「効率と公平」の追求、官民連携、円借款、紛争後の教育支援。

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