協力の背景

(1)途上国の保健医療サービスの課題

医療サービスの質と安全の確保は、今日の途上国の保健医療システムが直面している最も重要な課題の一つです。途上国では、劣悪な保健医療サービスが妊産婦や新生児の死亡率に影響をおよぼしています。特にアフリカ諸国の保健医療施設は、医師や看護師などの医療人材、医療機器や材料、医薬品、施設運営費などの資源不足、患者記録や臨床指標、疫学データなどの情報不足といった数多くの問題を抱えています。そのような状況下では、必要とされる医療サービスを提供できず、医療従事者のモチベーションが低下するとともに、患者安全や患者権利の欠如などを含め、質の高い保健医療サービスを提供できていないケースが散見されます。

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(2)スリランカの成功

そのような制約下においても、医療の質改善活動を実施し、成功している発展途上国があります。その一つの例がスリランカであり、日本の産業界の改善活動(5S、KAIZEN、TQM)を応用し、(1)に示す途上国でみられる諸問題を解決するための独自の方法を生み出し、公的病院サービスの改善に結びつけました。

(3)調査研究の実施

2005年、上記、スリランカの事例の成功要因を解明すべくJICAは、当時のJICA客員専門員である長谷川敏彦氏(注1)に調査を依頼しました。本調査ではアジア4ヵ国、アフリカ1ヵ国、中南米など世界各国の現状や日本における病院サービスの質向上の取り組みが調査され、病院における改善活動の発生メカニズムと成功要因が抽出され、今後のJICAの保健セクターにおける技術協力や研修事業への活用に向けた、より実践的なアプローチがまとめられました。

調査の結果、改善活動を開始する背景や経緯には多様性がみられたものの、保健医療分野における問題意識の顕在化がトリガーとなっているということは各国共通であることが分かりました。また、その問題を改善したいというリーダーの存在が改善活動の開始に結びつくことも確認できました。そして本調査の報告書(注2)では、「リーダーシップ」「プロセスマネジメント」「システムアプローチ」「ピアレビュー」がスリランカを始めとする調査国共通の成功要因として挙げられました。他の途上国に病院の質管理を導入する際には、医療安全と安全管理等に関しては日本の事例、総合的な病院サービス改善のプロセス構築に関してはタイのアプローチ、病院サービスに質管理という概念の導入にはスリランカのアプローチが、それぞれ適していると報告されました。さらに2006年、本調査の研究成果発表の場において「タイのアプローチを応用するならアジアおよび中南米、スリランカのアプローチを応用するならアフリカが適している」ということが述べられました。

(注1)現日本医科大学教授(当時国立保健医療科学院政策科学部部長)
(注2)客員研究報告書『保健医療セクターにおける「総合的品質管理(TQM)手法」による組織強化の研究』