<第五回>現地に根差したマーケティング戦略がなぜ必要なのか

途上国ビジネスの世界にようこそ。魅力的な市場が広がり、活力のある人材が溢れる途上国。海外で事業展開するには、現地に根差したマーケティング戦略が必要です。マーケティング戦略の策定といえば4P分析をご存じの方も多いかと思います。マーケティングミックスとも言われる4P分析は、企業の製品・サービスの強み、弱みを把握するために、Product(製品)、Price(価格)、Promotion(販促活動)、Place(流通)の4要素について戦略立てを行い、効率的な販促活動に繋げるための分析です。例えば、価格が安く売上を実現できたとしても、本来のターゲットに適切に販促活動を行わなければ売上拡大は見込めません。また、流通チャネルに不備があるのであれば商品を顧客に提供するまでにコストや時間がかかり、顧客満足度が下がってしまうかもしれません。事後モニタリング調査の結果、 マーケティング戦略を立てるうえで、それが現地に根差したものであり、実行できた企業ほど、その後のビジネスを成功させている傾向にある ことが分かりました。第五回目となる今回は、実例を交えて解説していきます。

現地に根差した4P分析とは?

過去のJICA中小企業・SDGsビジネス支援事業の経験から、 開発途上国でのビジネスでは、現地目線でこれら4つの要素(Product(製品)、Price(価格)、Promotion(販促活動)、Place(流通))をバランス良く分析し、強みを伸ばし、弱みを克服することが重要であることが判明しました。

  • ・製品(Product): 現地市場や顧客のニーズを満たすため製品・サービスの特性、品質、機能を調整することが重要です。
  • ・価格(Price): 顧客や商材によって、イニシャルコストを重視するのか、ライフサイクルコストを重視するのか様々です。売上実現に向けては、想定顧客が価格に何を求め、どの程度の価格水準であれば購入する意思があるのかを把握することと、その価格水準に合わせた価格設定を行うことが重要です。
  • ・販促活動(Promotion): 製品やサービスの宣伝、広告、デモンストレーションを通じて効果的に販促活動することが大切です。JICA事業のメリットを活用し、カウンターパートから各市町村の自治体に向け提案製品についてのレターを発行してもらい公共団体の知名度を上げたり、展示会で顧客に直接効果を実感してもらったりすることで引き合いを増やした事例がありました。
  • ・流通(Place): 現地の事情に適したサプライチェーンを整備することは、製品・サービスを安定的に供給するために必要不可欠です。例えば、資機材を全て日本から輸入してしまうと、買い手の購入価格が高くなるだけではなく、顧客の維持管理負担も増えてしまうため、結果的に顧客ニーズと合致しない可能性があります。

ビジネスを進展させた企業の事例

一つ目の事例は、大気汚染が問題となっている進出国で、廃棄物を無害化する焼却炉を製造し販売している企業です。現地パートナーと現地法人を立ち上げ、現地生産を開始するとともに販促活動を続けています。
進出国では、廃棄物の焼却炉が大気汚染悪化の一因とされており、従来の焼却炉では異臭を伴う黒煙が排出され近隣住民から苦情が多く受けていました。提案製品は廃棄物を適切に処理し無害化できることから、製品(Product)の面では大きなアドバンテージを獲得していました。しかし、当初の製品販売価格は現地では高価格であると認識されていました。そこで、現地調達比率を高めて現地生産をしたり、据付や維持管理を現地化したりすることで、価格(Price)の弱みを克服し、現地の環境基準を満たしている製品の中では、性能も価格も有利になったそうです。販促活動(Promotion)では、ターゲットの優先順位を付けるなど戦略を立てた上で、現地パートナーが進出国内を周り営業しています。JICAプロジェクトの実績をアピールすることで、特に医療機関では信頼を得ることが出来ました。流通(Place)については、前述の通り現地調達の比率を上げ、また、日本国内での製造工程を進出国に移管するために工場をレンタルし、生産を始めています。
このように、Product、Price、Promotion、Placeの4つの要素について、 Productの性能、品質は維持しながらもPriceを抑えるために生産の現地化を開始しました。さらに、現地パートナーを活用したPromotionにより認知度の向上と販売チャネル(Place)の拡大に向けた活動 をすることができました。

二つ目の事例は、農家へ花卉の生産技術を移転している企業です。現地で生産されている花卉はすでに進出国内市場、海外市場に流通しています。
この企業は、現地の展示会に日本産の製品を出展し販促活動(Promotion)を行いました。市場の反応を傾聴し、農家の規模感に合わせ、様々なグレードの商品を扱うことで、現地のニーズに合わせるようになりました。実は提案企業の生産技術は、通常の生産技術より手間も費用もかかってしまうものでした。しかし、手間が多少かかったとしても高付加価値な花卉を生産したいと考える農家が存在していたため、提案企業はこうした意識を持つ農家にターゲットを絞ることで、価格(Price)の弱みを解決しました。流通(Place)では、提案企業がコールドチェーンも含め進出国内における流通網を確保し、提案企業の技術で生産された商品を消費者に安定的に届けることができています。
この企業は、 Promotionを通じ提案製品の認知度を上げるとともに、展示会への出展により現地のニーズを見極めて導入するProductのグレードを調整することができました。また、Priceでは高価格がネックになりそうな場合でも、高級路線を貫くことで販売経路(Place)を確保し、流通網も確立したことで、4つの要素を網羅しています

三つ目の事例は、廃自動車の機器のリサイクル装置を製造、販売している企業です。リサイクル処理に必要な装置を現地のニーズに合わせて開発し、現地生産をしています。
この企業は、カウンターパートに供与した製品で効果を実感してもらいながら顧客ニーズを探りました。提案製品は、高品質であるがために競合他社よりも販売価格が高いという課題がありました。そこで現場の作業者が作業しやすいよう製品をスペックダウンし、現地調達比率を高めることで、競合他社と同等の価格を実現できました。 Priceに関する工夫を凝らしたことで、Productの性能やPlaceのサプライチェーンを現地目線で調整することができたと言えます。また、これらのような現地のニーズを図るため、実演を通じたPromotionが重要であることが分かります。
 
上記の3つの成功事例では全て、どのような製品を、どのくらいの価格で、どの経路で、どのように販売するかの4要素について網羅的に対策を講じていました。適切なマーケティング戦略のもと効果的に製品開発、価格設定、販促活動、据付・納品するには、4つ要素を個別に切り出して考えるのではなく、これらの要素は複合的に関係しあっているため、一貫性を意識して分析することが大切です。また、 日本のやり方やこれまでの成功体験に拘り過ぎず、現場を直視して現地の目線に立って、4つのマーケティング要素を考える ことが重要です。

最後に数字を確認してみましょう。図1は2023年度の事後モニタリング・アンケート調査の結果を表したグラフです。製品、価格、販促活動、流通網の各4要素について事業活動でどの程度戦略立てできていたのか、尺度を1~5で設定し、2023年6/7月現在のビジネスの状況別に示した積み上げグラフに示しています。

(図1)ビジネスの状況別現地に根差したマーケティング戦略の実行度合い

【設問1】「貴社の提案製品・サービスに関して、それぞれの点が貴社にどの程度当てはまるか選択してください。」(選択肢:1.とてもあてはまる/とてもそう思う、2. ややあてはまる/ややそう思う、3.どちらとも言えない、4.あまり当てはまらない/あまりそう思わない、5.全く当てはまらない/全くそう思わない)
・【設問1-1】「価格の観点から、提案製品・サービスに対する顧客の需要を喚起できた」
  ・・・4P要素の「Price」に該当
・【設問1-2】「仕様面、価格面から顧客ニーズに合致した提案製品・サービスを提供できた」
 ・・・4P要素の「Price、Product」に該当
・【設問1-3】「提案製品・サービスを届ける流通網・サプライチェーン等を構築できた」
 ・・・4P要素の「Place」に該当
・【設問1-4】「想定顧客に効果的に販促活動ができた」
 ・・・4P要素の「Promotion」に該当

図1から、設問1-1から1-4までの4P要素を網羅し、現地に根差したマーケティングを実行できた企業は、売上実現、さらに利益実現をしている傾向があることがわかります。対して、売上が未実現、断念している企業は、現地目線のマーケティング施策が限定的であることが窺えます。 この結果からも、利益・売上実現のためには4P要素を現地に根差した視点から網羅的に分析し、対応策を練ることが重要であることが分かります。


いかがでしたでしょうか?効果的なマーケティング戦略を立てるためには、現地に根差した視点で顧客のニーズのもと、製品・サービスの現地適合化、価格設定、購買意欲の向上、効率の良い流通という4要素のバランスを取ることが重要です。これらの4要素は、個別で考えるのではなく、バランス良く網羅的に対策を練り実行することで、各要素の相乗効果を生み出し、売上・利益の拡大に繋げることができます。

次回のテーマは、「進出国の規制で気を付けるべきポイントとは?」です!お楽しみに!