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<第八回>進出国の市場規模を把握するために気を付けるべきポイントとは?

途上国ビジネスの世界にようこそ。魅力的な市場が広がり、活力のある人材が溢れる途上国。海外進出の検討にあたっては、市場規模の大きさが進出の判断材料の一つとなります。根拠に基づいて市場規模を調査・推計し、自社の製品・サービスが参入する余地があるかどうか、参入する価値があるかどうかを明らかにすることが必要です。
本コラムでは、市場規模を把握する方法だけではなく、試算した規模の大きさをどのように解釈すべきかについても解説していきます。ぜひ最後までご覧ください!

どのように市場規模を調べる?

①様々なデータベースから情報収集を行う
市場規模を調べる第一歩は、情報収集です。昨今は様々なデータがインターネット上で入手可能です。特に国際機関や官公庁の公表資料は情報の信頼性が高いため、市場規模を算定する際の根拠資料となり得ます。
■国際機関のデータベース
業界によって以下のようなデータベースが挙げられます。その他、「UNdata」、「World Bank Open Data」、「OECD iLibrary」のような総合統計データベースも活用できるでしょう。
 ・農業開発/農村開発:
  - UN Comtrade(貿易統計)
  - FAOSTAT(FAO:国連食糧農業機関の統計データベース)
 ・保健医療:
  - WHO Data collection and analysis tools(WHO:世界保健機関が提供するデータ収集・分析ツール)
  - WHO Global Health Observatory Data(WHOの統計データベース)
 ・教育:
  - UIS Statistics(UNESCO:国連教育科学文化機関の統計データベース)
  - OECD Data - Education(OECD:経済協力開発機構の教育関連データ)
 ・デジタル化:
  - OECD Data – Innovation and Technology(OECDのテクノロジー関連データ)
 ・環境管理:
  - UNEP-WCMC Resources(UNEP-WCMC:世界自然保全モニタリングセンターのデータベース)
  - UNDP Publications(UNDP:国連開発計画の出版物)
 ・水資源:
  - UN-Water(国連水関連機関調整委員会)
  - WHO - Water, sanitation and hygiene(WHOによる水資源関連情報)
■官公庁による統計情報
日本の官公庁による公表資料の中で、国外の市場について言及されている場合もあります。各省庁の統計情報は、「e-Stat」から調べることが可能です。例として、経済産業省「通商白書」、総務省「情報通信白書」が挙げられます。現地の政府機関によるデータも存在する可能性がありますが、現地の言語に限られることも考えられます。
■業界団体のレポート
業界団体がある場合は、団体にて独自調査を行っていることがあります。希望する業界に団体が存在しない場合は、類似性・関連性の高い業界団体の情報を参考にすることもできるでしょう。
■民間調査会社からのデータ購入
官公庁や業界団体のレポートから得られる情報が限られている場合、民間調査会社からデータを購入する方法も検討しましょう。無料で配布されているケースや、プレスリリース上で要点が触れられている場合もあります。

情報収集をした結果、市場規模そのものの情報が入手できることばかりではありません。インドネシアにおける農業トラクターの市場規模を例にして考えてみましょう。以下(A)は、民間調査会社のデータから正に市場規模を表す数字を入手できたケースです。一方の(B)は、市場規模に関係するが市場規模そのものではないため、要素を分析した上で市場規模を理解することが必要です。
(A) Euromonitor(民間調査会社)より市場規模の数字を入手できた
Euromonitorの統計より、インドネシアにおける2022年の農業トラクター市場規模は、約190億円であることが分かります。
(B) (A)のような情報をデータベースや統計から入手できなかった
インドネシア中央統計庁(Foreign Trade Statistics Import of Indonesia 2022, BPS-Statistics Indonesia)が発表している輸入統計より、2022年の農業トラクターの輸入額が約124億円ということが分かりますが、インドネシア国内でも農業トラクターの生産は行われているため、それだけでは市場規模とは言えません。そこで、2022年の国内生産額約46億円(Euromonitor)を加えることで、市場規模を計ってみます。その結果、およそ170億円となります。ずれはありますが、(A)の数字に近いことが分かります。

②有効なデータがない場合の市場規模推計方法
上記に挙げた方法では情報が入手できない場合に、いくつかの数字を手がかりにして推計する方法があります。
■以下のような情報が入手可能な場合、業界全体の市場規模をおおよそ算出することが可能です。
 ・業界へ参入している企業数 × 平均売上高
 ・ある企業の売上高 ÷ 当該企業の業界シェア
■フェルミ推定
数値化されていない事柄について、一般的に既知の情報を手掛かりにして論理的に推定する方法がフェルミ推定です。例えば消費財の場合「どのくらいの人が、どのくらいの量を、どのくらいの頻度・価格で購入するか」、耐久財の場合は「新規購入の需要、買い替えの需要、買い替えない人はどのくらいか」というような考え方で仮説を立て、概算します。アンケート調査やヒアリングを実施して手掛かりとなるような情報を収集することもできるでしょう。適切な推論に基づいた推定であれば、実態に近しい算出も可能ですが、実態と大きく乖離した数値になってしまう場合がある点は注意が必要です。

市場規模の分析結果をどう解釈する?

市場規模の大きさが判明したら、その結果をどのようにビジネス判断に繋げれば良いでしょうか。市場が大きければ良いという訳ではなく、市場規模の推移や、競合がいるかどうか、いる場合はその脅威がどの程度か等、複合的に解釈することが重要です。

【市場規模が大きい場合】
市場規模が大きいと参入の間口は広がりますが、その分参入する企業も多くなり、競争が激しい可能性があります。競合企業が多数いる中で、競争優位性を確立することができるかどうかを検討する必要があります。または、特定の消費者層に絞る、もしくは複数の消費者層を組み合わせてターゲットにすることも一案になるでしょう。現時点で市場が大きくても、縮小傾向にあることが判明する場合もあります。参入を避けるか、あるいは競合の撤退後に生き残った企業が享受できる残存者利得が狙えるかを検討しましょう。
市場規模が大きい市場で売上を実現された企業の事例をご紹介します。養殖魚向けの生簀を提供している企業です。製品が台風等の被害に強い生簀であることからASEAN諸国をターゲットとし、その中でも市場規模が大きい国を進出国として選定されました。市場規模算出にあたっては、進出国の水産資源局や日本の農林水産省の統計を活用されていました。安価な素材で作る生簀を販売する競合の存在はあったものの、台風に強くメンテナンス負担が少ない点が差別化要因となったことや、製品スペックや設置方法、販売価格の現地適合性を細かく調査したことが、売上を実現した要因となっています。市場規模が大きく競合が存在する中でも、競争優位性を確立することや、現地に適合するように製品を工夫することが重要であることが分かります。

【市場規模が小さい場合】
市場規模が小さくても、一部の消費者層からの厚いニーズがあるということもあります。安定的なニーズを確保できれば、参入可能性があると言えるでしょう。また、現時点では市場規模が小さくても、拡大傾向にあることが判明した場合、他社に先んじて参入できるか、新規参入が相次いだ場合でも競合他社に差別化できるか否かによって検討の余地があります。
市場規模が小さい市場で売上を実現された、採水設備用カメラを開発・販売している企業の事例をご紹介します。この事例では、公共・民間の採水設備数から潜在的な市場規模を算出した結果、規模はあまり大きくないということが判明しました。一方で、調査をしてみると自社製品に対する具体的なニーズが把握でき、実質寡占していた外国製品はいずれも品質が低く故障も多かったことが分かりました。これらの調査結果を踏まえ、故障率が低くトータルコストを抑えることで自社製品を競合他社と差別化し、売上を実現しました。更に、初期コストを重視する層への対応策として、製品機能を工夫して低価格帯製品を開発する構想も持たれています。市場規模が小さくても、一定のニーズが存在しており、寡占企業とも明確に差別化できた製品だったため、売上を実現できた事例です。


いかがでしたでしょうか?市場規模を正しく把握できなかった場合、海外進出の方向性を見誤ってしまうことになりかねません。可能な方法を駆使して市場規模を把握し、その結果を様々な角度から解釈することで、進出のポテンシャルを検討しましょう。

次回のテーマは、「海外進出のための潤滑油 “社外パートナー” とは?」です!お楽しみに!