【富山県】多様性を受け入れる教育で生徒一人ひとりの可能性を引き出す~共創の未来とやま」第3回セミナー報告~
2024.12.16
「共創の未来とやま」第3回セミナーは、「富山の教育のDEI&Bをみんなで考えよう~多様な子どもたちの夢の実現のために、いま何が必要か~」と題し、教育現場に求められる多様性について考えました。富山県高岡市を拠点に、外国ルーツの子どもたちの学習支援や進学相談に取り組むNPOアレッセ高岡・永田マヤラさんのリポートです。
永田マヤラさん
今回のセミナータイトル「富山の教育のDEI&Bをみんなで考えよう」にある「DEI&B」とは、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(受容・包摂性)、そしてBelonging(帰属意識)を指す概念で、組織や社会で個々の違いを尊重しながら調和と協力を進めるためのフレームワークです。
それぞれの要素を簡単に説明すると以下のようになります:
● Diversity(多様性)
多様性は、性別、年齢、国籍、文化、価値観など、さまざまな個性や特性を持つ人々が集まっている状態を指します。
● Equity(公平性)
公平性は「みんなに同じものを与える」のではなく、個々が必要とする支援や条件を整えることで、不平等を解消し、機会を平等にする考え方です。
● Inclusion(受容・包摂性)
異なる意見や価値観、文化を受け入れ、それらが共存できる環境をつくること。誰もがその場で尊重され、存在を肯定されている状態です。
● Belonging(帰属意識)
「自分の居場所はここにある」という安心感と愛着を持てる状態。自分の違いが尊重され、そのままの自分で受け入れられている感覚がポイントです。
これらの要素は、多文化共生や包括的な教育を推進する場で特に重要です。長年、外国につながる児童・生徒の教育に携わってこられた三重県の中学校教諭藤川純子さんの講演内容やセミナーの趣旨と深く結びついており、「違い」を活かしながら、一人ひとりが心地よく貢献できる場を作るための基盤となります。
藤川純子さんは、多様な文化や背景を持つ子どもたちと出会った経験を通じて、自身の人生がどのように変化し、現在の教育活動につながっているかを話されました。
1. 国際学級での出会いとブラジルでの経験
藤川さんの経験談は、大学卒業後に臨時教員として津市立一身田中学校の「国際学級」を担当した経験から始まり、外国につながる児童・生徒をより深く理解するために応募したJICA海外協力隊でのブラジルでの経験、そしてサンパウロ州での日系社会における日本語教育活動へと展開します。昼間は日本語を教え、夜間は現地の夜間中学でポルトガル語を学ぶという生活を送りました。ブラジルの子どもたちとの出会いが藤川さんの人生観を大きく変え、一生彼らと関わり続けるという決意に至ったのです。
2. 帰国後の活動と国際教育の実践
帰国後は、三重県国際交流財団で外国人相談員として多言語による生活ガイダンスを提供された後、外国人が多く住む地域の小学校で18年間勤務され、ブラジル文化を取り入れたダンスや国際理解教育を通して、多文化共生の実践に取り組んでこられました。
3. 現在の特別支援学級での取り組み
現在は特別支援学級の担任として、生徒一人ひとりに合わせた教育方法を工夫し、個々の表現やコミュニケーション方法を尊重した教育活動を行っています。
4. 藤川さんの最後のことば
・彼らは“支援される”だけの存在ではなく、木のようにのびのびと育っていく無限のポテンシャルがある。
・「日本語教室」「特別支援学級」「不登校サポートルーム」「夜間中学」を“作って終わり”にしてはいけない。
・変わるべきはマジョリティ
・はみ出した人たちを、日本語ができなければ日本語教室、発達に課題があれば特別支援学級、不登校になれば適応指導教室と分断することで、何とか「普通」の教室を守ろうとしてきたのは私たちなんだ!
・マイノリティたちが学ぶ教室から小さな発信を続けていきましょう。
講演に続き、藤川さんをはじめ、JICA海外協力隊や教育現場での経験を持つ登壇者たちが、多文化共生の現場で直面する課題やそれに対する工夫について意見を交わしました。言葉の重要性や、外国人生徒が安心して学べる環境づくりなど、具体的な実践例が共有されました。
登壇者紹介
● 藤川純子さん(ゲストスピーカー・三重県中学校教諭)
● 永田マヤラ(日本生まれ日本育ちのブラジル人/NPOアレッセ高岡)
● 石崎ガブリエルさん(ブラジルにルーツを持つ会社員)
● 中村健太郎さん(JICA海外協力隊経験者・中学校教員)
● 子吉佑さん(ブラジルへの教員派遣経験者・小学校教員)
● 青木由香さん(ファシリテーター/NPOアレッセ高岡理事長)
藤川さんは、ブラジルで日本語教師として活動していた頃のエピソードを共有。ブラジルで「Bom Dia(おはよう)」といつも挨拶してくれる子がいて、今でも「Bom Dia(おはよう)」と言われるとその子の顔が浮かぶといいます。言葉が記憶や感情と深く結びつく力を実感したと話されました。石崎ガブリエルさんも、藤川さんの講演であった「言葉は宝物」という言葉に共感されました。石崎さんと私(永田)は、自分の中に二つの人格があるように感じると同じ意見を持っていました。ポルトガル語を話しているときと日本語を話しているときでは、それぞれの性格が異なるように感じられます。どの場面でどのように自分を表現するかを常に意識しながら、人との関わりを大切にしています。
石崎さんは自身の経験をもとに、日本語を教える技術そのものよりも、教師が「伝えようとする気持ち」を持っていることが重要であり、それが生徒に安心感を与え、楽しく学べる環境をつくると述べました。中村先生は、モンゴル国籍の生徒がピアスをつけたまま登校した際、十分な説明をせずに注意したことを後悔していると述べ、文化の違いに対する理解不足の課題を挙げました。一方、子吉先生は、教室にいるフィリピン出身の生徒を馴染ませるため、黒板に毎日タガログ語で単語を書く取り組みを紹介。こうした具体的な実践例は、参加者にも新たな視点を提供しました。
中村先生は、人気アニメのドラゴンボールを例に「外国人はスーパーサイヤ人のような存在」と述べました。それは、彼らが自国と日本、二つの文化の良さを兼ね備えているという意味であり、文化的な多様性が大きな強みになるとの見方が示されました。この発言には多くの参加者が共感し、多文化社会における教育の可能性が議論されました。
すべての子どもたちが平等に教育の機会を与えられるだけでなく、それぞれの個性や背景をありのままに受け入れられる環境が整っていること。子どもたちが「自分らしくいられる」場で、自信を持って学び、成長できる社会が築かれていること。
ワークショップでは、参加者が5〜6名のグループに分かれ、「多文化共生を妨げる課題」を書き出し、それに対する解決策を考えました。実際には、黒板いっぱいに文字が埋め尽くされるほど多くの課題が挙げられましたが、ここでいくつかご紹介します。
【主な課題】
● 言語の壁
● 価値観や文化の違い
● 交流の場の不足
● 日本の方側の保守的な態度
● 食文化やにおいの違い
【解決策】
● 言語支援の充実
● 異文化交流イベントの開催
● 双方(外国の方、日本の方)の多文化理解を深める(地域で)
● 文化背景を知る
解決策は、「私ができること」「私たちができること」「みんなでできること」の3つに分類され、グループごとに具体的な提案が発表されました。他のグループのアイデアを回覧する時間も設けられ、創造性を刺激し合う場となりました。
本セミナーは、教育現場における多文化共生の実態と今後の改善につながる意識改革、具体的な実践例を共有する場として、大きな意義を持つものでした。
講演では、異なる文化や背景を持つ生徒たちと向き合う中で得られた経験が共有され、パネルディスカッションでは、現場で直面する課題やこれまでに経験したこととその解決に向けた取り組みが活発に議論されました。また、ワークショップでは、課題の洗い出しから解決策に至るまで、参加者全員が一緒に取り組み、多文化共生教育の実現に向けたアイデアが次々と提案されました。閉会の挨拶では富山県教育委員会の中﨑教育次長より「気づきと学びが多い機会だった」とコメントをいただき、参加者全員に本セミナーの真の想いが伝わったと思います。
明らかになったのは、教育の場で一人一人の生徒の特性や背景を尊重し、文化的多様性を積極的に取り入れることの重要性です。多様性を受け入れる教育は、生徒一人ひとりの可能性を引き出すだけでなく、社会全体の調和と成長を促すでしょう。そのためには、教育に携わる者が固定の観念にとらわれず、新たな発想を取り入れる柔軟性を持つことが求められます。特に藤川さんの講演の「マイノリティからの発信が教育を変える」という視点は、多文化共生教育を意識した今後の取り組みにおいて重要です。この視点は、少数派の声を聞き、それを教育の中心にすることで、全ての生徒が学びやすく、自分らしさを発揮できる環境を作り上げる鍵となるのではないでしょうか。さらに、「言葉は思い出」という藤川さんの考え方は素晴らしいものであり、言語を通して得た経験や記憶が、その人にとって特別な意味を持ち続けるという考えに、共感の声が多く上がりました。また、藤川さんは「支援される存在」としての見方を超えて、子どもたちの無限の可能性を引き出す教育の重要性を強調されました。
今回のセミナーで参加者が得た知識やアイデアは、各自の教育現場での実践を通じて広がり、これからの教育に新しい可能性をもたらすことが期待されます。多文化共生教育の拡大を目指し、セミナーでの学びが、さらなる実践と発展に繋がることを心から願っています。
永田マヤラ(NPOアレッセ高岡)
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