JICA 地方マスメディア派遣プログラム 体験レポート -ボリビア in コロニアオキナワ- Vol. 2
2026.04.14
沖縄で活躍するお笑い芸人 首里のすけさん、ディレクターの長濱さん、琉球朝日放送(QAB)の町さん、諸見川さんがJICA地方マスメディア派遣プログラムにてボリビアのコロニアオキナワを訪れ、地球の裏側にあるもう一つのオキナワで沖縄出身の海外協力隊員や沖縄県系の帰国研修員、沖縄県とJICA沖縄が取り組む事業等を取材しました。今回の取材を通して見た現地の様子や国際協力事業、ボリビアと沖縄のつながりから感じたこと等をご紹介頂きます。
琉球朝日放送委託/XY STUDIO 長濱良起
コロニアオキナワの皆さんや沖縄県からの派遣団の皆さんと=2月上旬、ボリビアのコロニアオキナワ
2026年1月下旬から2月上旬にかけて、JICA沖縄のメディア派遣事業に便乗させて頂く形で、ボリビア・サンタクルス県の沖縄県系移住地「コロニアオキナワ」ないしその周辺地域での取材・撮影を行った。琉球朝日放送によって制作された映像は同局にて特別番組『たびのすけ~南米ボリビアのもう一つのオキナワ~』(3月28日)、情報番組『CATCHY』内コーナー『首里のすけ in ボリビア!! JICAリポ―ト』(1月30日~3月20日)にて6回の放送がされた。
本題に入る前に、この企画の実現までの経緯を述べたい。
もともとは、芸人・首里のすけ氏と「旅番組を作りたい」と盛り上がったことがきっかけだった。首里氏が出演した福岡の旅番組が当地で大人気となっており、「それなら沖縄でもやろう!」とQABに相談したことがきっかけだ。
さらに、首里氏が社長を務める芸能事務所「オリジンlil」の社是が「沖縄から世界へ 愛と笑いと感動を」であることも相まって、ローカル局としては珍しい「海外ロケ旅番組」の実現に向けて並々ならぬ思いを燃やしているところでもあった。
QABとしても前例のないことのようで、資金調達などで試行錯誤していた時に、救いの手を差し伸べて頂いたのが、このメディア派遣事業だった。
地理的にも時系列的にも壮大なテーマとして「南米の沖縄移民」を選んだのは、ローカル局で放送する番組であることも踏まえてのことだった。私自身は過去に何度かコロニアオキナワも含めて南米の沖縄県系社会を訪れていたこともあり「沖縄県民が沖縄移民のことを知る機会にもっと恵まれるべきだ」と考えていた。移民社会が母県・沖縄に向ける眼差しの強さを感じており、それを受け止める責任があると感じていたからだ。
コロニアオキナワの人々と撮影を通して絆を深める首里のすけ(左)。このような物理的な往来の重要さを感じさせられる=2月上旬、ボリビアのコロニアオキナワ
前置きが長くなったが、我々はついにコロニアオキナワでの取材を敢行することができた。JICA沖縄の取り組みを通して「ボリビアで頑張る県系人」「ボリビアで頑張るハポンウチナーンチュ(日本の沖縄人)」の両面からその輝きを伝えられたのは意義あることだったかと考える。
「ボリビアで頑張る県系人」はJICAの日本研修を終えた人々が各分野で活躍している姿を取材したもので、“3世4世になっても日本はあなたたちをサポートしますよ”というメッセージを歴史観も持って伝えられたはずだ。「ボリビアで頑張るハポンウチナーンチュ」の姿は“リアルタイムで進む支援と交流”という今日的な目線で伝えることができた。それは、JICA沖縄の活動や姿勢にも通底することだと思う。
コロニアオキナワのゲートの前で撮影に挑む首里のすけ氏=1月下旬、ボリビアのコロニアオキナワ
一つ、印象に残ることがあった。コロニアオキナワ第一移住地と第二移住地を結ぶ道路が、アスファルト舗装されていたのだ。最後にこの地を訪れた約10年前は、いわゆる未舗装路で、赤土の土壌は特に雨季になるとどろどろになって満足に車が通れるものではなかった。それが今では舗装されている。首里氏も「道って大事なんですね…」とポツリつぶやくように、当たり前にあるようで当たり前でない“道”について考えさせられる機会ともなった。
今回、そんな第一移住地-第二移住地間の道を、地元の人に乗せていってもらう度に「ここはちょっと前まで未舗装路だったんだけど、JICAのおかげできれいな道になったんですよ」と教えてもらったものだ。
奇しくも「あぁ、もう世界から戦争は消えないのだろうか」と絶望すらしてしまう国際情勢の真っただ中だ。JICA沖縄の取り組みの紹介を通し、少しでも外国や異文化を身近に感じてもらうことで、人々の国際社会への関心や相互補助、自然な形での国際化につながるのだと信じている。
改めまして今回はJICA沖縄さんにお世話になりました。ありがとうございました。