積み重ねた知見を次の世代へ

鈴木千明さん
公益社団法人日本水道協会 研究専門監

~「あなたらしく」生きていると思えるのはいつですか?~
自分ではわからないけど、自分にとっての「普通」を続けた先でわかるものじゃないでしょうか。

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浄水場から各家庭の蛇口に水が届くまでにはたくさんの工程があります。日本水道協会の鈴木千明さんは、長年にわたってその幅広い業務に携わってきた水道のプロフェッショナル。国内外にその知識と経験を惜しみなく伝える鈴木さんの、積み重ねてきたお仕事の様子をうかがいました。

生活を支える
重要なインフラ「水」

カンボジア、フィジー、ラオス、モーリタニア、ルワンダ――さまざまな国の人が、代わるがわるに一人の男性のもとに向かい、アドバイスを求めます。この日、日本水道協会の一室で実施されていたのはJICAによる課題別研修。水道の基本計画設計を学ぶため来日した研修生たちの相談にのっていたのが、コースリーダーの鈴木千明さんです。鈴木さんは約40年間にわたって横浜市水道局に勤め、浄水場から水道管路の維持管理まで幅広い経験を持つベテランエンジニア。現在はその経験と知識を生かし、日本水道協会で水道に関わるISO規格の制定、研修事業や日本の水道関係者の海外展開のサポート等に携わっています。

水道は人々の生活を支える重要なインフラの一つ。地震などの災害が起こると、水道網の復旧を応援するために全国各地の水道局員が直ちに被災地に駆けつけます。災害時に水道が重要であるのはもちろん国内のことだけではなく、派遣先はときには海外にも及ぶそうです。

「まずはとにかく飲み水を確保しなくてはなりません。現場では水道管のネットワークが破綻しているので大元の浄水場や配水池の状況を確認し、各家庭や給水拠点まで地道に管路を復旧していく作業です。それぞれの水道局と連携を取って、目標達成まで次から次へと職員を替えながら行っていきます。私は阪神淡路大震災や東日本大震災、インド洋大津波後のインドネシアのバンダアチェの復興にも携わりましたが、長年の経験の中でも災害現場の特殊な空気はやはり印象に強く残ります」と鈴木さんは自身の体験を振り返ります。

鈴木さんのそうして積み重ねられた知見と、水道という重要なインフラに携わってきたことに対する誇りや責任感は、周囲の人からの信頼と尊敬につながっています。鈴木さんがコースリーダーを務める課題別研修で、コーディネーターとして一緒に働くJICA研修監理員の新井はるひさんは、「国内外で水道のエキスパートとして活躍されるお姿を長年見ておりますが、JICAの課題別研修では、日本の素晴らしい水道技術を知って欲しいという意欲は圧巻です。特にこの研修コースにおいてはコースリーダーとしてのお立場もあり、研修員がプログラムの講義や見学では網羅できない部分の現場状況や技術についても毎日教示しており、研修員からも絶大な尊敬をされています」と話します。

信頼は、研修の参加者からも寄せられています。以前サウジアラビアへ出張していた鈴木さんは、現地で偶然かつての「生徒」と再会したそうです。

「現地の市場調査のような業務で、飛び込みで入った水道屋さんにいた男性に『あなたは私の先生です』と言われて、話を聞くと、以前シリアのダマスカスにあるトレーニングヤードで研修をしていたときの生徒だったんです。彼はサウジアラビアに出稼ぎに来ていたんですね。驚きましたが、頑張っていることが分かってうれしい再会でした」と昔の写真を見ながら鈴木さんは教えてくれました。

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(上三枚)2023年度に実施されたJICAの課題別研修「上水道施設技術総合:水道基本計画設計(A)」の様子。研修員は日本の水道について、講義や実際の水道事業体の設備、関連会社の工場などの視察を通して学び、終盤に上水道施設の基本設計演習に取り組む。最後には研修の集大成として各自の国の課題解決に向けたアクションプランを作成して発表する。

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シリアのダマスカスでの研修の様子。

ISO規格の制定と
日本の技術への自負

多様な活躍をする鈴木さんのもう一つの業務が、水道に関連するISO規格の制定です。日本には「JIS」という国家規格があります。日本の製品や技術が国を越えて世界共通で利用されるようになってきたため、国際的な貿易の円滑化を目的に、JIS規格もISOやIECという国際規格と整合化が図られているのです。

「ISOの制定には、それぞれの分野に細分化されたTC(テクニカル・コミッティ)があり、議論を重ねていきます。どうしても各国や業界同士の主張がぶつかる場なので、本当になかなか進まないですし、ある意味で国を代表している緊張感はあります。でも、日本の製品や技術は本当にクオリティが高いと実感しているので、少しでも広く日本製品を使ってもらえるようにあらゆる国や団体と調整、交渉をする日々です」。鈴木さんは業務と苦労とやりがいをそんなふうに話しました。

そうした日本の製品や技術への自負は、研修に対する姿勢にもつながっています。その根本にある思いは、「自分たちでやってもらう」ことです。

「研修には、浄水場から送られる水を100とした場合、漏水などで50しか届かず、料金は半分しか集金できない国から来ている人もいます。そうなると、水道管を新しくしようとしても設備投資が難しい。もちろん、そういう経営状態の組織には銀行もなかなかお金を貸してくれませんしね。それならと水道料金を上げようとしても、今度は支持率を下げたくない政治家が反対をする――そんな負のスパイラルに陥っているケースも少なくありません」。研修などを通してさまざまな国と関わってきた鈴木さんは、途上国の抱える課題の一つをそう説明します。

「政治のことは、一技術者の私にはどうしようもありません。だから人を育てるんです。いいリーダーが出てきて、しっかりとした水道整備の計画を立てて、いざやろうと振り返ると技術を持った人が国内にいない――では困るでしょう。そのとき、日本でちゃんとしたトレーニングを受けた人がいるぞとか、実績のある日本に頼もうとか、そんなふうに思ってもらえるようにやってきたのかなと自分では思っています」。その上で、「国を変えられるのはその国の人しかいないし、そうして活躍する人が日本に友好的ならさらにうれしいですね」と冗談めかして笑う鈴木さんの思いは、サウジアラビアで再会した「生徒」をはじめ多くの人に伝わっています。

「すべての人に、みたいな大げさなことは考えていなくて、普通に自分の仕事をやるだけ」と鈴木さんは言います。けれども、その目の前の仕事に真摯に取り組む姿勢や、自分の技術や経験を惜しみなく次の世代へ伝えること、そして、相手の国と自国の双方にとってためになる形を目指すこと――そのような鈴木さんにとっての「普通」を積み重ねた日々は各国で着実に実を結び、花を咲かせつつあります。

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二つの部署に所属する鈴木さんはデスクも2か所。写真はISOの制定に関わる水道技術総合研究所での様子。

プロフィール

鈴木千明(すずき・ちあき)さん
公益社団法人日本水道協会 水道技術総合研究所 兼 研修国際課。横浜市水道局で浄水場から水道管路の維持管理まで40年の勤務経験を持つエンジニア。横浜市水道局を退職後、日本水道協会で研究専門監を務める。JICA事業の専門家としてこれまでシリア、フィリピンへ赴任。また、タイ、パキスタン、ルワンダ、サウジアラビア等でも長期業務経験を持つ。