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- 【教師海外研修】実践授業レポート from 神奈川県立磯子工業高等学校 (芝健司教諭)
実践授業とは…
実践授業とは、JICA教師海外研修に参加した先生方に、研修で得た経験を活用した授業プログラムを作っていただき、学校現場で実践いただくものです。
芝先生のレポート
本校について
- 全日制の工業高校→機械科、電気科、建設科、化学科の4科を設置
- 学校目標→プロフェッショナルの育成、「確かな学力」の向上、「豊かな社会性」を育てる
単元について
高校1年生の「公共」で単元を組み、2024年10月17日に授業実践をおこなった。学習指導要領との整合性を考えると、多くの時間をかけることは難しいため、2時間の単元を設計した。
単元設定の理由は、日本はドイツ、アメリカ、スペインに次いで世界で4番目に移民が多い国である(朝日新聞,2020)にも関わらず、多文化共生を実現しているとは言い難いからである。日々生活していく中で、外国との貿易や外交なしに私たちの生活は成り立たないことをふまえて多文化共生を考えさせたい。
単元設定の意義は、多文化共生社会の実現を何が阻んでいるのか、彼らの生活と関連付けて考えることによって、社会的な見方・考え方が広がり、平和で、民主的な社会の担い手に必要な資質・能力を育成することである。
実践授業の前時の授業で「世界とつながる私たち」と題してワークシートを作成し、生徒の身の回りのモノのMade in〇〇を調べさせ、身の回りのモノがどこで生産されているのか調査させた。なぜ日本はその国や地域からの輸入が多いのかをインターネットで調べさせてから、外交関係や輸送費、人件費など複合的要因について説明した。そして生徒たちが20年後に外国へ仕事の都合で移住するという想定で、移住国について外務省の資料から基礎データを確認させた。どのような困難に直面するか、その困難に対してあなたはどのような支援を求めるかをグループで話し合わせ、実践授業につなげた。
本時の実践授業について
導入ワーク「共通点を探せ」というアクティビティを作成し、「次の3人には共通点があります。それは何だろう?」と問いかけ、生徒に意見を出させた。3人の共通点は「移民」であることを教える。アップル創業者のスティーブ・ジョブズはシリア移民の子ども、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスはキューバ移民の子ども、グーグル創業者のセルゲイ・ブリンはロシア移民の子どもである。移民を排除せず包摂し、社会を発展させたアメリカの成長はいわゆる「アメリカ人」だけではなく、移民が大きな役割を担ってきたことについて気付かせようと試みた。一方で、経済的な側面のみで移民を捉えると人権が侵害される可能性を指摘した。
「多文化共生をはばむものは何か?」という問いに対して、前時の学習もふまえ、これだけ相互互恵、相互依存の関係にあるにも関わらず、なぜ世界各地でヘイトが起こり、多文化共生社会の実現は難しいのか問うた。そして「沖縄サントス」の予告編YouTube映像を視聴し、歴史的にも移民は差別され、現代まで多文化共生は困難な課題であり続けていることを理解させた。映像視聴後、日系移民へのブラジル政府の謝罪に関する記事を読ませて、ブラジル政府の対応を紹介した。
グループディスカッションで「多文化共生をはばむものは何か?」について考えたことをホワイトボードに記入し、発表と質疑応答によって内容と思考を深める時間をとった。発言が特定の国家や国民に対するヘイトにならないよう思慮深く、慎重に言葉を選ぶよう指導し、社会構成主義を理論的支柱として知識の構成を支援した。
ブラジルとオンラインにて中継し、特別講師として多文化共生、国際理解に尽力されている在サンパウロ「あいのこ会」代表である専門家(本研修にて筆者はブラジルで交流の機会を得ている)と生徒をつなげた。講師自己紹介の後に、生徒から「あいのこ会」代表に多文化共生・国際理解に関する質疑応答の時間をとった。
正答主義、コレクティズムに陥らないよう、特定の「答え」がある問いではないことを理解させたうえで、問に対する個人の結論を、PCなどを用いてGoogleクラスルームに入力させ、ディベータブルな問いに対して価値判断を下して、結論を導かせた。
グループディスカッションの様子
専門家との質疑応答
授業を終えて
生徒のふりかえりと授業観察者のコメントを引用して分析したい。
生徒のふりかえり
「多文化共生をはばむものの一つは宗教間の対立だと思っていて、実際に宗教紛争という単語があるほど宗教間の対立は大きな問題だから。」
「多文化共生を阻むものは、人々の一人一人が持つ偏見だと思います。なぜなら先入観から決めつけて避けたりあらゆる事を制限したりするからです。」
「多文化共生をはばむものは言語の違いだと考えました。理由は言葉の意味が分からないと伝わらないことがほとんどだし、自分の言葉で自分の気持ちを伝えられないのはとても不安なので言語が違うと難しいことが多いと思います。」
授業観察者のコメント
「人の弱さの側面にも迫っており、社会科にとどまらない学び、人間に迫る学びだと思った。左の一番前の生徒が『沖縄サントス』を見る際、身を乗り出していて興味をかなり持っていた。3班の子のアイデンティティをあらわせるほど、教室の心理的安全性が高い。生徒の発言に対するレスポンスから、授業者の教育観、知識の奥深さを感じた。社会を見る目を育てる授業とはこういうものなのだと思った。」
生徒のふりかえりからは、多文化共生をはばむ要因について結論を導いていることが読み取れる。しかしなぜ宗教間で対立がおこるのか、なぜ偏見をもつのか、共通の言語を用いれば多文化共生社会は実現するのか、といった内容をさらに深める段階には至っていない。限られた時間数で今後どのように実践できるのかが課題として残った。
観察者のコメントから、教科の枠をこえて人間を理解することに近づけたことは成果であるといえる。複数の教授方略を用いたことが生徒の興味・関心を高め、学習意欲の向上につながっていると考えられる。ケラーのARCSモデルの知見を活用したことでこうした状況につながったと捉えている。筆者は当該クラスの学級担任ではないため、心理的安全性への言及は当該クラス学級担任の先生の優れた学級経営によるところが大きい。また、知識の活用が中心となる授業において、授業者の知識の重要性を示唆している。
本校では高校2年生で地理総合を、高校3年生で歴史総合を履修するカリキュラムとなっている。今回の単元のみでクリアになるテーマではないため、今回の成果と課題をふまえて、継続して生徒の生活世界とグローバルな問題の関連を扱い、資質・能力を高める実践により、平和な社会を構築する担い手の育成を目指し続けたい。
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