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- 【実践授業レポート】江川由香里先生 from 平塚市立神田中学校
実践授業とは…
実践授業とは、JICA教師海外研修に参加した先生方に、研修で得た経験を活用した授業プログラムを作っていただき、学校現場で実践いただくものです。
江川先生のレポート
中学2年生を対象に、「社会の中で他者とよりよく関わっていくこと」について考えさせる道徳の授業を実践しました。
1.授業を行うにあたって
クラスという社会集団内であっても、そこには外国にルーツを持つ生徒やこれまでに育まれてきたさまざまな文化的背景を持つ生徒たちが生活している。個々の文化的背景に基づく価値観の違いから起こる対立を乗り越え、他者とよりよく関わっていくには「他者(の背景)を知ること」が大切であると考える。偏見を避け、公平な関係構築を目指す力を育てていきたい。
2.実践授業
【主題名】
他者を知る(内容項目:C(11)公正、公平、社会正義)
【本時のねらい】
パラグアイで撮った写真を使い作成した多文化共生ワークと尊重の本質を考えさせる教材を通して、社会の中で他者とよりよく関わっていくことについて考えさせ、多文化共生の意識を育てていくきっかけとする。
【揺さぶりたい価値観】
知らないがゆえに他者に対して無意識に偏見を抱いたり、嫌悪感を持ったりしていないか自覚をする。また、他者を知ろうとした経験は、案外いろいろな場面であるのだと思う。意識的に振り返ることで知ろうとすることの良さを考えさせ、実生活に生かしていきたい。
【展開】
①アイスブレイク
「あなたが一番行ってみたい国はどこですか?」
授業の様子①
②多文化共生ワーク「気になる木」
パラグアイで撮った写真(歩道の真ん中に生えている木)を見て、この木に出会ったらどう感じるかを考える。ここで出てきた意見をもとに、そんな声を聞いた木の気持ちになって、どんな心のつぶやきをするか考える。
ここまでの活動を踏まえて、木の存在が「人間」だったらどうか考える。身のまわりでつぶやきたそうな人はいるかどうか想像し、社会のマイノリティの存在を確認する。
授業の様子②
③「他者を知ること」について考える
自分のことを他者に知ってもらった経験、他者のことを知ろうとした経験、それはどんなときだったのかを振り返る。また、他者を知ろうとすると、自分にとって相手にとってどのような変化が生まれるか考える。上記の経験がない人も、周りの意見を聞いて共に考える。そして、他者を知ろうとしなくなるとどうなるか想像する。多文化共生ワークで出てきた意見を再度振り返る。
④振り返り
他者を知ろうとすることについて、授業で学んだこと・考えたことを書く。最後に、パラグアイの木が伐採されない理由を知る。
【生徒の様子】
多文化共生ワーク「気になる木」においては、道の真ん中に生えている木に出会ったら、「危なくて邪魔」、「驚く」、「立派な木」、「何も思わない」などの、素直な意見を聞くことができた。これに対する、木の心のつぶやきとしては「何でここに植えられているのかな」などの疑問を抱いた意見、「移動したいな」、「森に帰りたい」などの悲しみを表現した意見、また、「邪魔なのは人間だろ」のような少し攻撃的な表現の意見が出てきて、その多様さが興味深かった。また、木の存在を「人間」に置き換えて考えてみる余地があると感じられた。
後半の「他者を知ること」について考える活動においては、自身の経験をもとに想像し、さまざまに考えることができていた。自分のことを他者に知ってもらった経験は少ないものの、自分が他者を知ろうとした経験は少なくないようである。では、他者を知ろうとすると自分・相手にとってどんな変化が生まれると考えるか。生徒たちからは、「共通意識を持ち、より仲が深まるかもしれない」といった意見に加え、「見た目では判断していたこととは異なって、仲良くなれたり、自分に合わなかったりする」という意見などが出てきた。また、自分に合わない場合は「離れる」という判断をする、といったような生徒たちなりの現実的な考え方も垣間見ることができた。
【授業を実践してみて】
多文化共生ワーク「気になる木」を実践してみて、木になりきった生徒たちの意見がとても素直で興味深かった。生徒たちも、木の気持ちになることが初めてだったので、新鮮な気持ちであったと思う。木の存在を「人間」に置き換えて考える際には、具体的な事例を挙げるなどもう少し工夫が必要であると感じたが、今回の授業が他者を知ることの面白さや大切を考えるきっかけになってくれていたら嬉しい。
他者を知ろうとすることは、実は無意識にもたくさんしているのではないかと思う。そのことを生徒自身が実感できたことが一つこの授業の成果である。また、他者を知ることは決して面白いことだけではなく、傷つくことや悲しいこと、関わりたくないなと感じてしまうこともある、という生徒たちの日常からくる不安な気持ちを垣間見ることができた。
そして、何よりも見た目で判断してはならず、内面を知っていこうとする意識を再確認できたように感じる。知ろうとしなくなると相手と対立し続ける。世界はこの知ろうとすることができなくて国と国との争いが絶えなくなっている。だからこそ、相手を知り、尊重する。このように考える生徒がいたことが、私にとって今後も「多文化共生」を考え続ける原動力となった。