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【実践授業レポート】中塚圭二郎先生 from 神奈川県立平塚中等教育学校

実践授業とは…

実践授業とは、JICA教師海外研修に参加した先生方に、研修で得た経験を活用した授業プログラムを作っていただき、学校現場で実践いただくものです。

中塚先生のレポート

神奈川県立平塚中等教育学校1学年2クラスに、中学校道徳の授業で実践授業を行った。

実践授業

他の学級でも実践してもらうため「ほぼ準備が無くても実践できること」「一時間で完結すること」を条件として実施した。「国際理解、国際親善」の項目として扱ったが、切り口によっては「相互理解、寛容」とも相性がいいと考えられる。

授業を行うにあたって

国際理解、多文化共生が必要であるという理念はある程度理解できる生徒が多い。一方で自分の生活圏や素朴な経験の世界から抜け出して思考をすることは難しい。特に、社会問題を自分の生活と地続きのものと捉えることや、日常生活の一部から社会問題を見出すことはやや難しい。

揺さぶりたい価値観

排除されている人は、所与の条件として社会から排除されているという考え。あるいは、排除されている人は自分とは違う世界に生きているという考え。
障害の社会モデルの観点から、各種のバリアが無くなれば、障害は障害ではなくなる。同様に、日本国外にルーツがある人が排除されているのであれば、それはルーツそのものに排除の原因があるのではなく、バリアを解除すればよいという視点の転換を図りたい。多文化共生のために、「思いやり」ではなく実際の解決に向けたハードルを考えさせたい。

展開

パラグアイの中心地にある歩道の街路樹の写真でフォトランゲージ

Q1「この道を歩いていたらどう思う?」
→「邪魔!」「なんでこんな真ん中に生えてるの?」

Q2「あなたが木の立場だとして、自分が言ったような言葉を投げかけられたらどう思う」
 →「寂しい」「自分で選んでここに居るわけじゃない」「ただ生きてるだけなのに…」

Q3「木のような悲しいつぶやきを実際にしている人は、日本のどこにいるどんな人だろう」
 →「視覚/聴覚障害者」「病気で働けない人」「親の仕事を継いだ人」「亡命してきた人」
 
このような、多数派と同じ環境になれない人々は耐えるしかないのか。
メガネを例にしてある程度の近視までは道具によって障害たりえなくなったことを紹介。

Q4「メガネ(道具)が近視(障壁)を乗り越えたことを例に、あなたが想像した木が持っている障壁と、その乗り越え方を書きなさい。」

ろうの人の買い物の障壁 → 小学校で手話を教える。どのお店にもホワイトボードを置く。
左利きの生活の障壁 → なんでも左右対称のデザインを当たり前にする。
自分の国に帰れない人 → 自分の国の料理を食べてもらう。

生徒の様子

中学1年生として順調に切磋琢磨して人間関係をはぐくんでいる。適性検査を突破しているので勉強には関心が高いが、その背景にあるはずの能力を育んだ環境への解像度が高くない。
環境によっては自分の能力を発揮しきれない可能性があることと、それが社会問題という形で存在することは実感が薄い。ただ、ゼロからイチへの突破ができると続けて問題を「発見」することができる。

授業を振り返って

排除の構図は視点の転換で解消できるものもある。少なくとも自分が見ている見え方は一つの視点ではなくて、視点を変えると別の情報が見えてくることが実感できればそれで第一歩としては良いように感じている。物事は見え方が変わると面白いという感覚が好奇心の原動力となって、他のもので試してみようという気持ちになれば幸いだ。今回の授業ではうまく「国際理解」に全員の興味を向かせられなかったが、その素地は作れたように思う。
同じ障壁を話題にしていても、障壁への立ち向かい方が複数あって、協力したりしなかったりであった。障壁を突き崩すには実際の行動と、多様なアプローチの両方だと感じてほしい。
また、変化を起こすことができるのは多くの場合マジョリティ側であって、マイノリティではない。むしろマイノリティには選択肢がない場合が多い。生徒には、自分が集団を動かすマジョリティ側に所属しているという意識があるときには、「どうすればこのメンバーの力を最大化できるか」「周囲にきになる木はいないか」「この場に必要なメガネは何か」を常に気に掛けるようになってもらいたい。

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