理想を追い求めること①

今回は国立大学法人金沢大学(以下 金沢大学)名誉教授であり、JICA草の根技術協力事業の一環として2014年からフィリピンのイフガオ棚田において人材育成事業(※)にプロジェクトマネジャーとして取り組む中村浩二さんにお話を伺いました。金沢から能登へそしてフィリピンへと活動の幅を広げ日本の里山を守りそして世界に発信する、中村さんの取り組みや理念を取り上げました。

(※)第1フェーズ(2014.2-2017.2)では、『世界農業遺産(GIAHS)「イフガオの棚田」の持続的発展のための人材養成プログラムの構築支援事業』を、第2フェーズ(2017.6−20.6)は、『世界農業遺産(GIAHS)「イフガオの棚田」と「能登の里山里海」の持続的発展のための地域連携構築事業』を実施しました。

国立大学法人金沢大学 名誉教授
イフガオGIAHS支援協議会 プロジェクトマネージャー
中村 浩二さん

本来の自然の姿を求めて

大学では農学部に所属し、様々な環境下での昆虫の個体数の変動を研究していたという中村さんは、当時、農業害虫を実験室内か、農地で調べるのが主流でしたが、ドクター論文では、山奥の大学演習林の自然生態系のなかでフィールド調査に取り組みました。中村さんが里山里海に興味をもつきっかけになったのが、大学卒業後着任した金沢大学理学部のキャンパスが、金沢の中心の金沢城址から郊外の角間町に移転したことでした。当時の角間には斜面に棚田が広がり、人々が自然と共存しながら農業を営んでいました。大学移転後も約75ヘクタールの里山林がそのまま残されていました。中村さんは、農林業を営む人々が、農地や森林、そこにすむ動植物と共存する農村生態系こそ、本来の里山だと考えていました。中村さんは、角間キャンパス内に残された森林を研究林として活用するため整備を始めました。当時日本国内で里山保全の重要性や大学による地域貢献に注目が集まりはじめていました。そこで、キャンパス内の森林を「市民に開放された研究林」として整備してゆくことにしました。

本来の里山の姿を求めて

2018年9月に珠洲市で行われた能登里山マイスター10周年記念集会の様子

角間キャンパス内にある森は中村さんやボランティアが中心となり保全・整備されていきました。ある時は地域の子供たちの環境教育のフィールドに、ある時は教員や学生が研究する研究林に、時には留学生が日本の自然に触れるフィールドにと役割は様々です。大学と地域が連携し、日本人が昔から大切にしてきた「里山」を守っていくというこの金沢大学「角間の里山自然学校」の取り組みは先行事例として知られるようになりました。しかし、大学移転により角間の住民が移出したため、広大な森林を自然学校のボランティア活動では、管理できなくなりつつある、と中村さんは心配しています。中村さんは、自然と共存する農林業がいまも息づいている場として出会ったのが「能登」でした。能登では、過疎・高齢化が深刻であり、それに負けず地域づくりを担う人材育成活動に取り組みました。2006年からスタートした「能登里山マイスター養成プログラム(現能登里山里海SDGsマイスタープログラム)では、受講生は、各自の課題を通して、能登の地域課題に取り組む力を身に着けます。プログラムの卒業生は200人に近づき、多くは修了後も精力的に活動しています。中村さんは「修了生と会うたびに彼らが成長しているのが分かる。」と喜びを滲ませます。

「世界のSATOYAMA」の在り方を求めて

石川県珠洲市にある千枚田で稲の収穫体験を行うイフガオ里山マイスターの受講生と教員たち。現地での活動のほか、研修の一環として来日し、日本の取り組みを実際に体験する機会もあります。

学会や国際会議に参加し世界各国の研究者・団体と関わると、「里山」という概念を持つ国が世界的に少ないこと、その一方で日本の里山問題と同様なことが世界中で起こっていることを痛感したといいます。そして、この問題を打破するために里山という概念を世界中に広め、その問題を国際基準でもって科学的に評価する必要性を感じたそうです。里山をもっとグローバルな視点で捉えた活動をしなければと考えていた折、フィリピンのイフガオ州を拠点とする農業法人からイフガオ州の棚田保全に協力してほしいと依頼があったそうです。イフガオ州での事業は2014年にJICA草の根技術協力事業の一環として本格的に始動しました。事業では、能登里山里海マイスター養成プログラムでの実績を生かし、イフガオ州でイフガオ里山マイスター養成プログラムを実施しました。事業は、若者の農業離れや都市部への流出による耕作放棄地の増加を防ぎ、イフガオの里山を守り・継承していく人材を養成することを目的として行われています。
事業を通して、若い世代が地域の課題に積極的に取り組むことでイフガオ州の地域活性化が期待されます。中村さんはイフガオ現地の人々と共に事業を進める中で、彼らの伝統文化や地域に対する誇りや愛情の強さ、事業に熱心に取り組む姿に感心したといいます。一方、宗教観やフィリピン国内の文化の多様性には日本との違いも感じたといいます。事業を進める中でも、日本人の考え方を押し付けるのではなく、イフガオの人々の価値観に合ったプランは何か考えることを心がけたそうです。

取材
JICA北陸インターン
石黒 歩