災害の「その後」をどう受け止めるか ― トルコで考えた復興のかたち ―
2026.05.25
-
- トルコ事務所 山田梨湖
私は2023年2月6日のトルコ・シリア大震災後にトルコに赴任しました。被災の記憶がまだ社会の中に色濃く残る時期に現地で仕事を始め、人々が災害の「その後」をどう受け止め、前に進もうとしているのかを感じる中で、「復興とは何か」を改めて考えるようになりました。
震災後の震源地カフラマンマラシュ中心部の様子
私自身、災害の「その後」や復興について考える原点は、2011年にあります。留学を控えていた当時、東日本大震災の直後だったこともあり、日本人として震災の状況を自分の言葉で説明できる必要があると感じ、福島県浪江町でのボランティア活動に参加しました。その際、福島市の中小企業を訪ねて話を聞き、直接的な被害に加え、風評によって経営が厳しい状況に置かれている現実を知りました。
当時はまだ鉄道が復旧しておらず、バスを乗り継いで向かった浪江町では、復旧途上の風景が広がっていました。浪江町の町内会では、「離れて暮らすことになっても、これまでのつながりだけは失いたくない」という声も聞きました。
このとき強く感じたのは、復興とは建物を元に戻すだけでなく、人の暮らしや関係性、仕事をどう守り続けていくかという問いでもある、ということでした。
それから10年以上が経ち、今度はトルコで、再び大きな災害の「その後」に向き合うことになりました。トルコでは「防災」の考えは確実に浸透してきていると感じます。一方で、「復興」という言葉が使われる場面では、日本で自分がこれまで抱いてきたイメージとは、重心の置き方が異なると感じることがありました。
トルコではこれまで、災害は「できるだけ早く忘れたい出来事」として語られることが多く、復興の議論においては住宅再建が中心に置かれてきました。ある自治体関係者との意見交換の中で、次のような話がありました。
「日本が計画を重視する理由は理解できます。しかし、住民は今すぐ住める場所を求めています。その切実なニーズに即座に応えることこそが、今、行政が果たすべき仕事なのです。」
住まいを失うことは、建物だけでなく、安心して暮らす日常そのものを失うことを意味します。災害をできるだけ早く日常の外に置こうとする、切実な感覚の中で、まず生活を立て直すことが復興として重視されてきたのだと思いました。
一方で、トルコの人々が大震災を経験する中で、トルコの復興をめぐる語り方に変化も見えてきました。この災害から何を学べるのか、そして同じような被害を将来の世代には繰り返させたくない――そうした声を耳にするようになっています。
近年では、科学的な知見に基づいて災害と向き合うことで、その影響を小さくすることができる、という考え方も広がりつつあります。「将来の被害を減らすために何ができるのか」という問いは、住宅再建を中心とする復興を否定するものではなく、その先に何を残すのかを考え始めた動きとして受け止めています。
日本においても、「今」を優先する復興と「将来」を見据えた復興のバランスは、1923年の関東大震災後、応急的な復旧を急ぐ中で都市計画が追いつかず、後の災害で同様の課題を繰り返した経験を通じて模索されてきたものでした。こうした歴史的な経験を振り返る中で、単に元に戻すのではなく、将来のリスクを減らすことを含めた「よりよい復興」という考え方が、少しずつ形づくられてきたのだと思います。
トルコでの議論や声に触れる中で、私自身も、日本では当たり前のように受け止めてきた復興の考え方を問い直すようになりました。復興とはどこまでを指すのか、何を優先すべきなのか。トルコでの対話は、日本の復興観が今なお問われ続けるべきものだということを示しているようにも感じます。
トルコと日本は、1999年のマルマラ地震や2011年の東日本大震災の際にも、互いに支援を行ってきました。そうした経験を通じて、災害を経験した社会同士が、教える・教えられるという関係を超え、ともに考え合う関係にあるのだと感じています。
JICAはトルコの住民の現在の生活を守るための円借款「緊急震災復興事業」を実施すると同時に、耐震補強設計や復興計画策定支援など、将来の備えを強めるための技術協力や人材育成にも取り組んでいます。こうした取り組みは、「今」と「将来」の双方に向き合う、一つの関わり方なのだと実感しています。
円借款「緊急震災復興事業」による住宅再建の様子。生活再建を支える取り組みの一側面
復興計画策定支援の一環として、復興後の姿をカフラマンマラシュ自治体職員と意見交換
日本の技術で学校を使い続けながら耐震補強を行った中学校
日本の技術で耐震化されたトルコの中学校の生徒たち
耐震補強イベントの様子
復興のかたちに、先に進んでいる国や遅れている国という線引きはなく、それぞれの社会が「今」と「将来」にどう向き合うのかを模索しているのだと思います。
トルコでの業務を通じて、私は復興を単なる「元に戻す作業」としてではなく、次の世代に同じ経験をさせないための選択を積み重ねる営みだと捉えるようになりました。国際協力とは、特定の答えを示すことではなく、それぞれの社会が抱える問いに寄り添い、ともに考え続けていくことなのだと、改めて感じています。