「ウクライナの復興を担うのはITセクターだ」 強い使命感で成長を続けるスタートアップを後押し

#9 産業と技術革新の基盤を作ろう
SDGs

2023.07.07

ウクライナは、多くの優秀なIT人材を抱えるIT立国です。ロシアによる侵略後も、多くのITスタートアップが切磋琢磨し、成長を続けています。JICAは2022年からウクライナのスタートアップのビジネス支援を進めていましたが、ロシアによる侵略開始で中断。この4月に1年余りを経て再開し、5月には総仕上げとなるイベントの開催に至りました。そこには、困難な状況下でも国の将来を見据えて力強くビジネスを継続させているウクライナの起業家たちの姿がありました。

ヨーロッパ有数のIT先進国ウクライナ

近年注目を集めているウクライナのITセクター。スタートアップを取り巻く投資家や大学、公的機関、大企業などのネットワークによりスタートアップを生み出し発展していく「スタートアップエコシステム」の世界ランキングで、トップ30に選出されています。その成長の理由は政府が以前から積極的にIT産業振興の取り組みを進めており、理数系の高等教育も充実させてきたことなどから、IT技術に長けた人材を多く生み出しているからです。現在、240万人とされるIT人材は、2024年にはさらに増加して450万人に上ると推定されています。

AIを使った英文添削ソフトを手掛ける「Grammarly(グラマリー)」など、ウクライナから誕生したユニコーン企業(企業価値が10億ドルの未上場企業)は、すでに4社。ウクライナ国立銀行やデジタルトランスフォーメーション省によると、戦争の影響でGDPが約30%減少する中、2022年上半期のITソフトウェアサービスの輸出額は37億4000万ドルで前年同期よりも23%増加するなど、戦時下でも力強く成長を続けています。

ウクライナのITサービス輸出量の推移グラフ

出所:世界銀行

「NINJAプログラム」、侵略による中断から再開

そんな成長著しいウクライナのITスタートアップのさらなる発展と雇用活性化を目指し、2022年1月、JICAはウクライナで「Project NINJA(Next Innovation with Japan)」を開始しました。これは、面談やワークショップなどの支援活動を通して、開発途上国のスタートアップの成長を加速させるプログラムです。54社の応募の中から厳しい選考を経て選ばれたITスタートアップ6社に、約12週間にわたり、伴走型で事業をブラッシュアップさせていく「アクセラレーションプログラム」を実施。各社に専属のメンター(助言者)がつき、企業経営の能力強化や事業計画のブラッシュアップに向けたサポートのほか、企業とのマッチングや投資促進なども後押ししてきました。

メンターからの指導を受けながら、自社の事業を投資家などにプレゼンして資金調達や認知度向上を目指す「ピッチイベント」に向けた準備を進めていた中、ロシアによるウクライナ侵略が勃発。NINJAプログラムも中断を余儀なくされました。それから1年余りを経て、2023年5月にようやくピッチイベントの開催を実現。イベントでは、厳しい状況の中でも前向きに活動を続けていた起業家たちの白熱したプレゼンの様子が見られました。

首都キーウで開催されたJICAのNINJAプロジェクトのピッチイベント

首都キーウで開催されたピッチイベント。オンライン併用のハイブリッドで実施された

プログラムで得た学びとネットワークを生かして

「リーダーシップの重要性、どんな状況でも諦めないこと、そして自社の技術やサービスの改善に全力を注ぐこと。事業内容のブラッシュアップに加え、起業家としてのあり方もNINJAプログラムで教えてもらいました」

そう語るのは、医療系ITスタートアップMISUの創業者ヴォバ・シェフチュクさんです。MISUはAIを活用して健康状態をモニタリングし、心臓病を発症する兆候などを検知することができるアプリケーションを開発。このアプリを搭載した腕時計を装着することで、心臓病に関連する重大なイベントが早期の段階で予測されて注意喚起され、適切な医療を迅速に受けることができるといいます。また、装着者からの反応がなくなった場合には、救命救急を行うことができる医療従事者への緊急連絡通知も可能にしています。

心臓に関連する病気は、世界の主要な死因のひとつです。特にウクライナでは心臓病の原因になるメンタルヘルスの問題が顕著であり、大学で応用数学を学んでいたヴォバさんは、人々がより健康に過ごすことができるようにと、このアプリの開発に着手しました。現在MISUのアプリはアップルウォッチなどのスマートウォッチに提供され、ウクライナやポーランドの医療機関でも使用されています。

MISUのアプリケーションを搭載した腕時計

MISUのアプリケーションを搭載した腕時計。MISUのアプリはユーザーに健康の異常の可能性を知らせ、医師の診察を受けるよう促す

首都キーウからからオンラインでインタビューに応じるMISU創業者のヴォバ・シェフチュクさん

首都キーウからからオンラインでインタビューに応じるMISU創業者のヴォバ・シェフチュクさん

MISUのメンバーは現在もウクライナを拠点に事業を進めています。NINJAプログラム中断中、JICAとのオンラインミーティング中に空襲警報が鳴り、急遽ミーティングを終了したこともありました。いつ爆弾が降ってくるかわからない、という厳しい状況に置かれているものの、「情熱を持って事業を進め、成長し続けるスタートアップは国の経済を支える大きな力になります」と言うヴォバさん。この4月には、欧州におけるウェアラブル技術を持つスタートアップのトップ12にも選ばれました。

今後、NINJAプログラムで培ったネットワークを生かし、欧州だけでなく、アジアや日本での事業拡大も目指します。「誰もがMISUのアプリで毎日、自分の健康状態を把握して、より幸せに、より健やかに長生きできるようになってほしい」。そんな夢をヴォバさんは追い続けています。

壇上でプレゼンする男性

ピッチイベントでのMISUのプレゼンの様子

プログラムに参加した他の5社も、AIを用いてビデオコンテンツのマーケティングサービスを展開したり、投資家や音楽愛好家がウクライナの音楽に投資できるプラットフォームを提供したりするなど、ユニークな事業を展開しています。ピッチイベントでのプレゼンテーション後、政府系ファンドの関係者やスタートアップを支援する団体らからは、今後の国内外での事業拡大に期待する声が上がりました。

ウクライナのスタートアップ6社のロゴ

ピッチイベント参加の6社。左上から時計回りにDjooky、MISU、Cardio.AI、V-Art、Wantent、Pleso Therapy

当日のピッチイベントの様子はこちら:NINJA DEMO DAY 2023 Video
(各企業の発表は50分過ぎから、各社5分。英語、外部サイト)

ウクライナの復興のためにも、日本との共創を見据えて

NINJAプログラムに参加したスタートアップは、中断中もウクライナ国民に無料でサービスを提供したり、海外展開を果たしたりと、事業を積極的に進めていました。各スタートアップをフォローしてきたメンターからは、「ウクライナのスタートアップは、非常にユニークな技術を持っている反面、市場開拓やマーケティングといった点で改善点が多かった」と指摘。そのため、プログラムでの親身なコンサルテーションが各社のビジネス拡大に大きな役割を果たしたと言えます。各スタートアップは「国を再興するのはITセクターだ」という強い使命感を持ち、今後の国の復興、そして経済振興にとって大きな役割を担っていることも、プログラムを通じてより明確になりました。

上記のように、日本を含むアジア地域での事業拡大への意欲が高いスタートアップがある一方、具体的な連携を行うには相互理解や交流が必要なため、双方をつなぐための助言者・仲介者の存在が必要です。資金の調達などの課題も山積しています。ウクライナの政府系スタートアップ支援機関の調査では、90%のスタートアップが資金面での支援を必要としていると回答しています。

日本ではこの先、IT人材の不足が懸念される中、成長著しいウクライナスタートアップとの共創は、日本社会や企業にも刺激となり、双方にとってwin-winの協力につながります。

JICAは今後も、戦時や戦後の復興だけではない総合的・多角的な支援で、ウクライナの強靭な国づくりを後押ししていきます。

JICAのNINJAプロジェクトのピッチイベント後に撮影された関係者の集合写真

ピッチイベント後の記念撮影。在ウクライナ日本大使館の田中耕太郎参事官、飯島泰雅公使、ウクライナ・デジタルトランスフォーメーション省のオレクサンドル・ボルニャコフ副大臣(写真左から)らが対面参加した

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