「支援される国」から「世界の地雷対策リーダー」へ カンボジアと共に目指す地雷ゼロの世界
2024.10.01
ウクライナ非常事態庁(SESU)の職員に研修をする、カンボジア地雷対策センター(CMAC)職員
カンボジアには、ベトナム戦争とその後約20年間続いた内戦により、国内全土に約275万トンの爆弾が投下され、推定400万から600万個の地雷が埋められました。1991年のパリ和平協定締結後、国連カンボジア暫定統治機構により地雷対策組織として設置されたのがカンボジア地雷対策センター(CMAC)です。1993年、 CMACはカンボジアの政府機関となりましたが、和平協定の後も紛争が続き地雷の除去が進まない状況でした。
「カンボジアで地雷被害者のデータを取り始めた1992年以降、一番被害の多かった年は1996年です。和平協定後、タイなどの国外に避難していた多くの難民がカンボジアに帰る際に地雷を踏んだのです。生活用水を汲みにいく道中で被害にあうこともありました」
そう語るのは小向絵理JICA国際協力専門員です。平和構築に向けた協力に携わり、CMACへは2000年と2001年の2度に渡り、JICAカンボジア事務所企画調査員として協力してきました。
小向絵理JICA国際協力専門員
「カンボジアの方々は、国内に平和が訪れたのは和平合意の1991年ではなく、クメール・ルージュが崩壊した1998年以後だと言います。崩壊前は、紛争の合間に現場から『地雷で被災した』という声が上がれば対応するという緊急対応のみで、中長期的な地雷除去の計画を立てられませんでした」
カンボジアに平和が戻った1998年以降、道路や農地の復興が本格化します。しかし、インフラ整備や農業振興を進めるには地雷の除去が不可欠です。
カンボジアの紛争の歴史と日本のCMACへの協力に関する年表
JICAは1998年からCMACに対して、主に地雷除去の効率化を図るための機材の導入と組織運営能力の強化のための協力を行ってきました。
地雷は埋められている場所を特定するまでに多大な時間がかかります。特にカンボジアでは地雷の多くが灌木の生い茂る地域に埋められています。日本が供与した灌木除去機によって、それまで地雷除去作業全体に費やす時間の約7割を占めていた樹木伐採が機械化され、安全かつ効率的に地雷除去を進められるようになりました。
こうした機材の導入や技術・手法の改善によって、CMACの年間の地雷汚染地解放面積(除去及び調査活動を通じて地雷・不発弾汚染がないことが確認し解放された土地)は1995年~1999年の約10平方キロメートルから、2023年には東京都目黒区とほぼ同じ広さに当たる、約282平方キロメートルにまで拡大しました。
日本が供与してCMACで活用されている日本製の地雷除去機。機材導入や技術・手法の改善によって、CMACの年間の地雷汚染地解放面積は1999年から2023年にかけて約28倍に増加した
また、地雷原のデータをまとめた情報システムの整備、機材の管理やトレーニングなどといった能力の強化も持続的な組織運営のためには不可欠です。CMACの職員は元戦闘員も多く、内戦で戦っていた者同士が一緒に活動することによる葛藤や対立も起こったといいます。しかし地雷除去と国の開発や復興を一緒に進めるという考えのもと、CMACは徐々に強力な組織へと生まれ変わったと小向専門員は振り返ります。
JICAの協力のもと、カンボジア自らの力で地雷・不発弾対策のノウハウを培う中で、その知見や技術を他国に伝える活動も進められています。2010年以降、CMACとJICAの連携で、コロンビアをはじめ、ラオス、アンゴラ、イラクなどの政府関係者500人以上に地雷対策の研修を実施しました。
CMACと共にコロンビアの地雷除去現場を訪れた小向専門員(右側中央)
「カンボジアはこれまで、多くの分野に関して他国から教わる立場でした。しかし、地雷・不発弾対策については教える立場となり、カンボジア人にとって大きな自信や誇りにつながっています」(小向専門員)
2023年からは、戦争が続くウクライナへの協力も始まっています。今年7月から8月にはカンボジアで、地雷除去に携わるウクライナ非常事態庁の職員らに地雷除去機の運用や維持管理の研修を実施しました。CMACのラタナ長官は「今後さらに国際的に貢献していきたい」と、紛争への怒りや悲しみを知るカンボジアが、戦争で苦しむ国の平和構築に携わることの意義を強調します。
ヘン・ラタナCMAC長官と小向JICA国際協力専門員。ラタナ長官は紛争で親族を失くす経験をしている
CMACの知見はアフリカにも広がっています。2023年10月にJICAとCMAC、国連地雷対策サービス部の共催で、アフリカの地雷被害国であるエチオピア、ナイジェリア、ソマリア、南スーダンの地雷対策を担う政府関係者に向けたワークショップをケニアで開催。今年1月には、この4カ国がカンボジアを訪問して、CMACの活動を視察し、それぞれの国の事情に沿った地雷対策のあり方などについて協議しました。同行した小向専門員はその際、アフリカ側に大きな意識の変化があったといいます。
「自分たちの力で地雷対策の技術を改善し、組織を強くし、地雷対策の必要性を自国政府に訴えるCMACの姿を目の当たりにして、アフリカの担当者たちも、地雷の除去を支援機関に委ねるだけではなく、自分たちで行動できるんだということに気付かされた様子でした」
JICAのCMACへの30年近い協力が、自国の問題は自分たちの力で解決するという「ナショナル・キャパシティ」の強化につながり、その重要性が広がっていることを改めて実感したといいます。
アフリカ4カ国(エチオピア・ナイジェリア・ソマリア・南スーダン)の地雷対策政府組織のCMAC活動視察の様子
「地雷対策には、その国の人々が、自分たちの国の土地をより良くして次の世代に渡したい、負の遺産を取り除き平和な国にしたいと思う気持ちが重要です。その思いが続いていくことが、地雷ゼロの世界へとつながっていきます」(小向専門員)
2023年、ジュネーブで開かれた対人地雷禁止条約(オタワ条約)会期間会合の様子
対人地雷の廃絶を目指す、対人地雷禁止条約(オタワ条約)の第5回運用検討会議が、今年11月にカンボジアで開催されます。会議では、今後5年間の地雷対策に向けた行動計画が出される予定です。長期間に渡り対人地雷の影響を受けたカンボジアの「ナショナル・キャパシティ」を重要視した、地雷対策に向けた発信が期待されます。
また来年は、日本がオタワ条約の締結国会議の議長職を務めます。日本政府は今年7月、「地雷対策支援に関する包括的パッケージ」と「日カンボジア地雷イニシアティブ」の立ち上げを発表しました。カンボジアをハブとした他国への三角協力の推進や地雷除去に向け、最新の科学技術やイノベーションの活用を進めています。複数の日本企業が地雷探査・除去にかかる新技術を開発、カンボジアでCMACと連携して実証実験を行なっており、今後の活用も見込まれます。
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