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日本の食卓に届くフィリピンバナナを病害から守る 国際共同研究とは

#17 パートナーシップで目標を達成しよう
SDGs

2026.05.29

日本の食卓でも広く親しまれているバナナ。そのほとんどを輸入しているフィリピンで、葉が枯れる病害や植物体がしおれる病害 が深刻化しています。病害を抑制する方法の確立に大きく貢献したのが、日本のある研究者の発見でした。JICAなどの支援を得ながら、国境を越えて病害の予防と拡大防止に奮闘する日本とフィリピンの国際共同研究の取り組みを紹介します。

渡辺京子教授(左)と野澤俊介研究員。玉川大学キャンパス内のバナナ試験温室で

渡辺京子教授(左)と野澤俊介研究員。玉川大学キャンパス内のバナナ試験温室で

駐日フィリピン大使も期待を寄せるプロジェクトとは

2026年3月、東京都町田市にある玉川大学のキャンパスで開かれた国際シンポジウムに、ミレーン・ガルシア=アルバノ駐日フィリピン特命全権大使の姿がありました。シンポジウムでは、日本とフィリピンが共同で実施したバナナとカカオの病害研究の成果と今後の展望について議論が交わされました。

アルバノ大使は両国の研究者と省庁関係者を前に「本プロジェクトの成果は、わが国にとって極めて重要な経済的・社会的意義を持つ産業を脅かす疾病に対し、科学的根拠に基づく長期的な解決策を構築する上で大きく寄与するでしょう」と期待感を示し、会場は拍手に包まれました。

国際シンポジウムでスピーチするフィリピンのアルバノ大使

国際シンポジウムでスピーチするフィリピンのアルバノ大使

バナナ好きの日本人が直面した課題

日本は1世帯あたり年間約18キロを消費するほどバナナ好きの人が多い国です。バナナは熱帯地域で栽培され、輸入量は年間約100万トンに達し、このうち約8割をフィリピンに頼っています。

そのフィリピンで2005年、大規模な病害が確認されました。病原菌を特定し防除する方法が見つからず、土壌に病原菌が定着し、耕作地が放棄されるという悪循環が続きました。

これまで栽培面積8万ヘクタールのうち約1万8000ヘクタールが放棄されたといいます。病原菌の特定と新たな防除方法の確立は、「フィリピン頼み」の日本にとっても、喫緊の課題となっていました。また、バナナ栽培では、農薬散布が社会的な批判の対象となっており、その主な対象である葉の病害に対して、新たな防除法が求められていました。

そこで立ち上がったのが、今回の国際共同研究プロジェクトです。

病害に見舞われたバナナの葉 

病害に見舞われたバナナの葉

調べてみたら…実は違っていた病害の原因菌

「何か形が特徴的だな」

2024年、玉川大学の研究室。フィリピンから持ち帰ったバナナの病原菌を顕微鏡で調べていた野澤俊介特任助教(当時、現・福島国際研究教育機構研究員)は、違和感を覚えました。当初、バナナの葉を枯らす病害は「ブラックシガトカ病」とみられており、野澤さんも主にブラックシガトカ病を研究するために菌を持ち帰りました。

野澤さんは菌の培養やDNA解析に加え、菌を健康な植物に植え付けて病原性の有無を確認するなどの地道な研究を続けました。そしてある時、菌の特徴的な形に気付きます。ブラックシガトカ病であれば、原因となる「シュードサーコスポラ属菌」は白い線のような形をしています。ところが、顕微鏡で見えた菌の胞子は「黒いまんじゅうのような形」(野澤さん)だったのです。

それは「ニグロスポラ属菌」と呼ばれる全く違う菌で、稲などを枯らす病原菌も含むグループの菌でした。これまで現地農家の人たちが使用していた農薬の効果が薄かった背景には、従来認識されていたシュードサーコスポラ属菌だけでなく、想定されていなかった別の病原菌も関与していた可能性があることが分かりました。

野澤さんは「葉の病害が想定より複雑で、農家の皆さんがかわいそうだと思った半面、原因となる菌が分かったことは大きな前進でした」と振り返ります。

インタビューに答える野澤さん

インタビューに答える野澤さん

野澤さんがバナナ病害の主要因と特定したニグロスポラ属菌

野澤さんがバナナ病害の主要因と特定したニグロスポラ属菌

JICAとJSTの国際共同研究とは

今回の研究は、JICAと国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が提供する「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム= SATREPS(サトレップス)」と呼ばれる枠組みで行われています。

これは、気候変動や食糧問題、自然災害など、一国では解決が難しい地球規模の課題に対し、日本と課題を抱える開発途上国の研究機関や省庁が共同で取り組む国際共同研究です。現地のニーズを踏まえながら新たな知見の創出を目指すとともに、研究成果の社会実装を通じた課題解決と持続可能な発展への貢献を目的としています。

日本国内で必要な研究経費はJSTが、相手国内で必要な研究経費や機材などはJICAが支援します。日本の研究機関にとっては、途上国の課題に即したフィールドで研究を展開できる利点があり、途上国にとっては研究能力の向上や人材育成、研究成果の活用を通じた社会課題の解決につながり、双方にメリットがある協力枠組みです。2008年に始まり、アジアやアフリカ、中南米など60カ国以上で200以上のプロジェクトが実施されています。

JICA経済開発部の橋本洋平課長は、JICAがSATREPSに取り組む意義について次のように語ります。

「日本国内の研究リソースと現地の開発課題を結びつけられる強みがJICAにはあります。民間企業では手が出せないところにも、将来的な効果を見越して投資する役割を果たしています」

新たな防除法の社会実装を目指して

バナナを手にインタビューに応じる渡辺教授

バナナを手にインタビューに応じる渡辺教授

今回のプロジェクトは、バナナとカカオの病害予防に取り組む「BaCaDM(バカディム)=Project for the Development of Novel Disease Management Systems for Banana and Cacao」として、玉川大学とフィリピンのセントラル・ルソン州立大学が2021年に協定を結び、共同研究がスタートしました。

バナナが国内を代表する一大産業であるフィリピンにとって、病害の原因特定と防除方法の確立は長年の課題でした。共同研究で防除方法が分かれば、生産量回復が期待でき、農家の生活水準向上にも直結します。さらに、フィリピン以外の生産国にも防除方法が応用できれば、SATREPSが掲げる「地球規模の課題」の解決にもつながります。

プロジェクトでは現在、病害に効く新たな農薬の選定が進められています。さらに、日本で確立されている低濃度エタノール散布による「土壌還元消毒法」が、バナナの植物体をしおれさせる病害(萎凋病=いちょうびょう) にも有効であることが分かったため、その普及を目指して現地や国際会議でのワークショップに精力的に取り組んでいます。

プロジェクトを統括する玉川大学農学部の渡辺京子教授は「土壌還元消毒法も、最初は10メートル四方のバナナをすべて切っていましたが、1本ずつでもできることが分かってきました。切る木が減るので現地農家の人たちのハードルも下がります」と普及に期待しています。

BaCaDMは2026年でいったん終了しますが、渡辺教授は現地研究者に対し、新たな防除法が農家に広く浸透するまで長期的に研究できるよう支援を続けるといいます。その現地研究者の中心を担っていくのが、玉川大学で博士号を取得したセリン・オカンポ=パディーリャさんです。

人材交流と育成、信頼関係構築も大きな成果に

カカオ農家に研究成果を報告するセリンさん(左)

カカオ農家に研究成果を報告するセリンさん(左)

セントラル・ルソン州立大学の植物病害虫防除研究センターで部門長を務めるセリンさんは、もともと植物病理学を学んでいましたが、今回のプロジェクトで玉川大学に3年間留学し、カカオの病害防除研究でリーダーを務めました。玉川大学とセントラル・ルソン州立大学を行き来しながら研究を続けるなかで、将来の目標が定まったといいます。

「実験もデータ解析も正確性が重要視され、それを自分で実現できるスキルが身につきました。これからは、特にカカオなど高付加価値植物の病害管理を強化できる人材として活躍し、農家や同僚、学生に日本で学んだことを還元したいです」

2026年は、日本とフィリピンが国交を樹立して70周年の節目の年です。野澤さんは33歳、セリンさんは39歳と、両氏を代表に両国の若い研究者たちが国境を越えて活躍したこともプロジェクトの大きな特徴で、半世紀以上にわたり友好関係を築いてきた両国の絆を一層強めることにもなりました。

JICAがつないだ若き研究者たちが、プロジェクトを通じて大きく成長し、成果を相手国のみならず自国にも還元する――。SATREPSは、日本と各国の長期的な信頼関係の構築につながる可能性を秘めています。

バナナの様子を観察する渡辺教授(右)と野澤さん

バナナの様子を観察する渡辺教授(右)と野澤さん

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