「信頼」は国境を越えて~ベトナムの医療現場のニーズに応える~

2020年5月13日

JICAで実施する「中小企業・SDGsビジネス支援事業」では、日本の企業のみなさんが途上国の課題やニーズにこたえながらビジネスを実現していただくための、現地調査や関係機関とネットワークづくりを支援しています。現地での調査は限られた期間ですが、その中で築いた信頼とパートナーシップで、新型コロナウィルスによるベトナムの医療現場の混乱を鎮める支援をしようとしている企業があります。医療現場ではアメジストブランドで知られており、安全と安心をモットーに医療用衛生材料の製造販売を手掛ける大衛株式会社(大阪市)です。今日はその企業を紹介します。

医療用不織布製品の普及を目指して

同企業は2018年6月からベトナムのティエンザン省とドンナイ省の病院を対象にJICA中小企業・SDGsビジネス支援事業「ベトナム国 公立病院における産婦のサービス満足度改善のためのディスポーザブル分娩キットの普及・実証事業」を実施しています。日本の医療現場、特に分娩や手術の現場では、血液暴露による感染症対策として不織布を材料にした医療用衣服(手術衣やドレープなど)はディスポーザブル(使い捨て)が定着していますが、途上国ではまだ普及していません。しかし近年ベトナムの医療現場では感染症対策を含む衛生環境の改善は課題となっています。そこで本事業では主に産婦人科病院を対象に、分娩時に医療従事者と産婦の両者が使用する医療用不織布製品のビジネス展開の可能性について調査し、提案製品の有効性や使用者の満足度を実証してきました。医師・助産師さんは感染症についての確かな専門知識を身に着け理解を深めることで、また産婦さんはその医師・助産師さんから医療用不織布製品の特徴を分かりやすく説明してもらい肌触り及び感染対策機能の良さを体験することで、分娩という特別なシーンで普及していくことが期待されています。

新型コロナウィルスの拡散でベトナムの医療現場もマスク不足に

2月上旬、大衛株式会社の現地スタッフに一本の電話が入りました。「今病院では医療従事者用のマスクが不足している。このままでは安全な手術ができない。御社の商品を購入することはできないか」というベトナムティエンザン省産婦人科病院の院長からの悲痛な声でした。ベトナムで普及しているマスクはベトナム製か中国製で、日本製のマスクはほとんど普及していません。この時すでに新型コロナウィルスの感染者は日本でも急増しており、一般消費者向けのマスクはもちろん、日本の医療機関でも医療用マスク不足が深刻化を増している時期でした。自社製品の在庫はないことはもちろん、関連企業に問い合わせをしてもすでに在庫切れで生産が追い付かないという状態で、現地スタッフは院長にその現実を伝えました。しかし手術衣やドレープ用の不織布に少し在庫があることを思いつきます。この不織布はマスク用ではありませんが、サージカルマスク同様のメルトブローという極細繊維スパンボンドをサンドイッチし、バリアー性を高めた高品質素材です。

現地スタッフが自らマスクを手作り

提案企業から原反寄付。病院手作りのマスク

帝王切開手術に使用

その不織布はロール状態で倉庫に保管してありました。本事業の実証先としてお世話になったティエンザン省産婦人科病院の力になりたいと考えた同社現地スタッフは病院の窮地を乗り切ってもらうため、早々原反をマスクサイズに裁断し1200枚を寄付しました。同社は産婦に使用する製品については手術室カラーであるブルーと差別化し、ピンク色の原反を開発していました。当院では手術現場で医療用不織布の性能については充分に確認出来ている事から、院長判断により病院内でマスクを製造し、実際の手術現場で使用されました。マスク不足を何とかしのいでいます。
さらに同社はその不織布を使って自らマスクの手作りに挑戦してみることにしました。市販されている様々なマスクの形状などを調査し、一番シンプルな裁断で立体的で有効なマスクのデザインを開発。裁縫を得意とする同社スタッフが自ら型紙を作り、同社工場で裁断、裁縫。手作りマスク作りに乗り出したのです。それを見ていた他のスタッフも次々に集まってきて、同社内で手作りマスクチームが発足しました。そのマスク手作りチームは業務の隙間時間にマスクを生産し、約200枚を作成。ティエンザン省産婦人科病院に届けることができました。

現地での調査や実証活動で得たものは「信頼」

提案企業デザインの手作りマスク

同社の現地スタッフが手作りしたマスクを使って院内で使用された様子が、ベトナムのメディアでも放映されました。その中で「日本の企業から提供された安心安全で高品質の不織布がマスクに加工され、ベトナムの病院の危機を救っている。」と紹介されました。またフエ医科大学病院にも当情報が伝わり400枚を寄付し大変喜んで頂くなど社会貢献に役立っています。本事業の業務主任者で同社相談役の宇田輝生氏は、「弊社はこれまで日本で長い年月をかけて医療現場で働く医療従事者とのネットワークを築いてきました。医療現場のニーズを聞き、一つ一つ形にしてきた結果、さまざまな商品の開発、製造販売につながっています。通常日本の一企業が他国の医療現場に入って調査や実証活動をすることは考えられませんが、この事業ではそれが実施できたからこそ、こうしてニーズを聞き取ることができました。小さなことかもしれませんがこういう現場のニーズへの迅速な対応が信頼関係を築き、今後ベトナムでビジネスを展開していく上で何よりも大切になってくると考えています。今は新型コロナウィルスの拡散で世界の医療現場は厳しい状況に置かれていますが、信頼をベースにともに乗り越えていきたいです」と話されていました。JICAが同社を支援するベトナムでの普及・実証事業は6月30日で終了します。