「農」を核とした途上国の人材育成:「筑波×農×人づくり」の40年(前編)

2021年2月10日

2021年1月、JICA筑波は、長年にわたりアジア、アフリカ、中南米などの開発途上国の行政官・技術者などへの指導(研修員受入事業)(注1)にかかわられた4名の専門家を招き、座談会を開催。皆さんの「筑波×農×人づくり」にかける熱い思いを、JICA筑波の渡邉健所長、そして1990年代初頭から様々な立場でJICA筑波の事業に携わってきた渋澤孝雄職員が聞き出しました。

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左端より、JICA筑波の渋澤職員、渡邉所長、浦山さん、狩野さん、櫻井さん、小山さん

座談会参加者

(注)順不同

狩野良昭(かの よしあき)さん

1982年からJICA職員としてJICA筑波の研修「野菜生産コース」を担当、2001年から2004年にJICA筑波国際センター(以下、「JICA筑波」と総称)所長を務める。退職後はJICAのアフガニスタン・稲作プロジェクトに関わり、現在はNPO法人国際農民参加型ネットワーク(IFPaT)技術顧問。

櫻井文海(さくらい はい)さん

南ベトナム生まれ。国費留学生として来日後、1983年にJICA筑波の研修指導員第1号に。長年、JICA筑波の研修「農業機械コース」に従事し、2006年からは長期専門家としてブータンへ。現在はIFPaTの会長を務める。

浦山久(うらやま ひさし)さん

1984年にJICA筑波で行われた青年海外協力隊(現:海外協力隊、以下同じ)の派遣前研修に参加。帰国後は一般社団法人海外農業開発協会(OADA)に所属し、JICA筑波で現在も研修「天水稲作」コースを担当。

小山真一(こやま しんいち)さん

大学卒業後、青年海外協力隊に参加。派遣された大洋州・ミクロネシアでJICA専門家と出会ったことがきっかけとなり、1994年からJICA筑波で野菜分野の指導員を務める。現在はJICA筑波の研修「アフリカ地域の市場志向型農業振興」コースを担当。

JICA筑波の研修はまさに「一期一会」。「涙」なしでは終われない!!

渋澤:
皆さんは、1980年代から、このつくばの地で、野菜、農業機械、稲作など日本の農業のノウハウを、途上国から来た技術者や行政官(以下、「研修員」)に指導してこられました。印象に残っているエピソードをお聞かせください。
浦山:
私はこれまで、200名以上の研修員を指導しましたが、研修員が感動したり、泣いたりするポイントはいつも同じと感じます。例えば、私が田んぼに入ると「先生が草取りをしている!」とみな驚き、研修が終了する時は毎回泣きます。ある時は、ミャンマーとキューバの女性研修員が、帰国するときには「もう2度と会えない、寂しい」と抱き合い離れたがらない、という場面もありました。90年代のことですから、SNSもなく、まさに「一期一会」の出会いだったのですね。また、とある研修員に「この研修は私の人生にとって一番の経験でした」と言われたことは忘れられません。
狩野:
僕が野菜コースを担当していたのは30年前。英語が通じない研修員も多く、知識レベルもバラツキがあったので、教える側は大変でした。研修員の側も、作物を育て収穫しながら、実験データを毎回必ずレポートにまとめなければならず、ハードな日程でした。とくに研修終盤は、夜遅くまで泣きそうになりながら取り組んでいたようです。苦労して提出したレポートは製本され、最終日に研修員たちに手渡されます。悩み、苦労して頑張ってきた研修員たちは、ここで大抵泣きますね。「これは自分の苦労の結晶・成果だ」という気持ちと、「終わった、やっと家に帰れる」という気持ちの両方があるのだと思います。こんなことを繰り返すうち、研修の最後に彼らがどれだけどのように泣いたかで、その年の研修の印象深さが変わるようになりました(一同笑)。

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1985年農業機械実習の様子(櫻井さん)

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1995年組織培養の実験中の浦山さんと研修員

日本での研修が終わっても、絆、知恵、感動はつながり、続いていく

櫻井:
1983年からJICA筑波の農業機械コースを担当して以来、私は研修員との心のふれあいを大事にしてきました。ある時はトルコの研修員に「お前帰れ!」と本気で怒ったことがあります。その数年後、海外出張に行くと、空港の到着ゲートで「Welcome Doctor Hai」と、その彼が出迎えてくれ、一週間ずっと面倒を見てくれました。嬉しかったですね。専門家として赴任したブータンでは、なんと、自分が配属されたブータン農業省、農業機械センター(AMC)のメンバーのうち、所長、研究・開発部長、研修部長、部品調達部長の4人がJICA筑波の研修を受けていたのです。「研修員との絆」は自分の財産です。
小山:
私が印象に残っているのは、2006年にフォローアップのための調査で出張したスリランカで、JICA筑波の研修で支給し活用した「長靴」と再会したことです。この「長靴」の持ち主の元研修員は、政府が管理運営する農場の場長なのですが、彼の上司によると、「以前は机に座って指示していたが、筑波の研修から帰ってくると、持ち帰った長靴を履き、積極的に圃場に出て指導するようになった。農家からも非常に評判がよい!」とのことでした。このように、日本に来ることで、姿勢やマインドががらっと変わる瞬間を多く目の当たりにしてきました。研修員たちは、多くの実体験や交流を通じて、我々が思いもつかないようなところで多くの影響を受け、それらを持ち帰り、自分の国で様々なインパクトを与えている。これは確かだと思います。

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帰国後に再会したボリビア研修員の子どもを抱く狩野さん

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小山さんの実家に招待された南ア研修員

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スリランカで小山さんが再会した思い出の「長靴」

渋澤:
話は尽きませんね。JICA筑波の農業研修は、途上国の研修員に技術・知識を伝えるだけでなく、指導する側の皆さんと研修員双方に「絆」と「感動」をもたらし、「一期一会」、かけがえのない宝になっていることがわかりました。まさに当時のJICAのスローガン「人づくり、国造り、心のふれあい」を体現していたんですね。JICA筑波の研修の魅力について、さらに詳しくお伺いしたいと思います。

続きは後編で!

座談会の様子

印象深いエピソードが次々に飛び出しました。

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(注1)JICAの研修員受入事業/研修:
開発途上国の国づくりの担い手となる人材を「研修員」として受け入れ、技術や知識の習得、制度構築、ネットワーキングなどを支援する事業。JICA筑波は、設立以来2万人以上の研修員を受け入れている。