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“売れない”と言われた遠隔医療で母子の命を救う

「世界中のお母さんに、安心・安全な出産を!」という理念を掲げ、周産期遠隔医療プラットフォーム “Melody i”を運営し、国内はもとより海外でもタイをはじめ東南アジア11カ国で遠隔診療を展開しているメロディ・インターナショナル。香川の小さなスタートアップから、安心・安全な出産の輪が世界中へ広がっている。

概要

アジア広域 医療DX 周産期医療 パーソナルヘルスレコード

プロジェクト

タイにおける妊産婦管理及び糖尿病のためのICT遠隔医療支援プロジェクト

企業

メロディ・インターナショナル株式会社

プロフィール

分娩監視装置「iCTG」と、それを活用する周産期遠隔医療プラットフォーム「Melody i」で、近隣に医療施設がなくとも遠隔で母子の健康状態を管理し、安心安全な出産を実現する。定期的なスクリーニングによりリスクの高い緊急出産を予見・回避できるうえ、産科施設、産婦人科医の減少による現場での過重労働や訴訟リスクの低減にも寄与している。タイではチェンマイ全域に「Melody i」が導入され、特に産科専門医の少ない地方部におけるサービス展開を積極的に行っている。

目次

お産で亡くなるお母さんや赤ちゃんがいる、その現実に真正面から立ち向かう。

第1章 課題

Founder & CEO尾形氏

香川県高松市の中心部から車で約25分。水田や低い小山が点在するのどかな風景の中に、世界中で母子の命を救う注目ベンチャーであるメロディ・インターナショナルの本社がある。尾形氏の起業は2社目。2015年、産婦人科領域で電子カルテ事業を推進する会社からのスピンアウトとして、メロディ・インターナショナルを立ち上げた。コロナ禍の今でこそ「遠隔医療」の認知は日本でも進んだが、当時は冷ややかな声も多かったそうだ。

「前身の会社がとても好調だったんです。そんな中で、当時は『売れない』のが定説だった遠隔医療にわざわざ乗り出すのかと思われたのでしょう。でも、だからこそやる価値があると思いました。日本の周産期管理は世界一ともいわれますが、世界には、そもそも産婦人科医がいない国もあります。そんな状況で、まだまだ妊娠や出産で命を落とす人たちがたくさんいるんですよ。放っておけないじゃないですか」

このような医療格差は日本国内においても顕著となっていて、少子高齢化が進み、かつ医療人材が不足している地方ではそれが常態化しているところもある。香川県では、中心地を少し離れた山岳部や小さな島々の住人にとっては、数週間に一度の頻度で専門医のいる病院まで通うのは一苦労だ。同社は設立直後に香川県から補助金を受け、国内では徐々に認知を広げた。そして設立からおよそ3年後の2017年、以前から協力関係を築いてきたタイ・チェンマイ大学での活動が「JICA草の根技術協力」として採択され、本格的にプロジェクトとして始動されることになった。

ハート型の分娩監視装置「iCTG」は、遠隔医療プラットフォーム「Melody i」を通じて、妊婦と医師をつなぐ。

ハート型の分娩監視装置「iCTG」は、遠隔医療プラットフォーム「Melody i」を通じて、妊婦と医師をつなぐ。

私たちだけでは「門前払いが関の山」 異国でもチーム・ジャパンで取り組む。

第2章 JICAとの協働

ここまでの話を聞くと、同社のサービスは地域間の医療格差を埋める救世主に思えるが、現実はそうは上手くいかなかった。

「当社の製品は医療機器ですから、仮に現場の医療従事者や患者さんに良さを理解してもらえたとしても、現場では導入の判断がつかないわけです。そうなると予算権限を持つ現地政府や保健関連の省庁にお伺いを立てる必要があります。ところが私たちが直接働きかけようとしても、一企業が突然訪問したところで門前払いをされるのが関の山なんですよね」

そんなときに、技術協力や海外協力隊の派遣を通じ、現地政府と日頃からリレーションを築いているJICAが共創パートナーとして頼りになったと尾形氏はいう。

「形式的に政府関係者と繋いでくれるばかりでなく、私たちの事業についてもよく理解してくださり、状況に応じて貴重なアドバイスをいただけるのも非常に助かりました。それに、デバイスを渡して『はい、使ってください』というだけでは地域に根ざしたものにはならないと思うんです。JICAは継続的に保健人材の育成にも注力しており、私たちが帰国後も現地には事務所があります。機器そのものは無機質ですが、そこに人のつながりがあって手から手へと渡る。海外で事業をするにあたり、日本のチームで仕事をしていく強い絆も心強かったです」

デジタルの力を本当に必要としている人に届けるため、これまでに蓄積したあらゆる知見や人脈を活用してサポートする。それによって母子の「命と健康」を守る。まさにJICAの本領発揮といったところであり、「誰一人取り残さない」SDGsの理念にも通じる姿勢だ。

世界中で赤ちゃんの健やかな“メロディ”を奏でたい。

第3章 成果

JICAとのプロジェクト開始後、チェンマイ大学の医師がiCTGを活用し、約1500ケースのデータを取得した。そのデータをもとに、50名ほどに妊産婦がより大きな医療施設での診断が勧められ、うち10名ほどには実際に異常が見つかり、特に5人はiCTGのおかげで命が助かったと言われた。自社のデジタル技術で、これまで見過ごされていたかもしれない異常所見を調べ上げ、ハイリスクの妊産婦に迅速な処置を施すことで人命を助けることができた。

「それを聞いたときは感動に震えました。さらに関係する医師の先生は『これだけの命を救えるのならタイ第二の都市であるチェンマイ全域に広めたい』とまで言ってくれて、本当にうれしい出来事でした」

タイの他、続いてブータンでもJICAとの共創を経験した尾形氏。様々な理由で医療機関の活用が難しい当該地域において、SDGsでも掲げられているユニバーサル・ヘルス・カバレッジの達成に必要な3つのアクセス(物理的アクセス・経済的アクセス・社会慣習的アクセス)の改善にデジタルの力で正面から取り組んだ活動だった。この活動に手応えを感じた尾形氏は、さらに先の未来を見据えている。

「最初は言葉や文化、商習慣の違いを気にしていましたが、今はもう海外に出るストレスはありません。飛び込んでみたら、願いはみんな私たちと一緒。妊婦さんは健康な赤ちゃんを産みたいし、医療従事者は目の前の患者さんを助けたいんです。今後も私たちは、妊婦さんや赤ちゃんを守りたいと願うすべての国の健康に貢献できたらと思っています」

尾形氏は、一人でも多くの赤ちゃんの命を守れるよう、すべての妊産婦に自社サービスを届けたいと切に願っている。現在Melody iには、3万件以上もの海外の症例が集まっている。保管されたデータは無機質に見えて、いくつもの母子を救ってきた生命線だ。
社名の「メロディ」は、妊婦検診でも聞こえる赤ちゃんの心音を表している。デジタルの力で世界を変えようとする会社の真ん中には、尾形氏の優しい眼差しと尽きない情熱があった。香川で産声を上げ、チェンマイ全域に広がった「Melody i」は、これからも世界中の健やかなメロディを守っていく。

プロジェクトメンバーの声

JICA DX室 企画役 古川正之

JICA DX室 企画役 古川正之

メロディ・インターナショナル社の遠隔医療システム、モバイル胎児心音計測装置は、開発途上国における人不足・インフラ不足等の課題をデジタルの力で打破し、導入地域の周産期医療を着実に変えています。特筆すべきは、同社のソリューションが、過疎地域や離島が多く、従来、国内で周産期死亡率が最も高い地域だった香川県から生まれたことでしょう。日本と開発途上国で共通する課題は確かにあり、そのソリューションは開発途上国でも求められ、活用ができることを、同社との共創を通じて学ばせていただきました。同社はタイだけでなく、山岳地帯の多いブータンでも、保健省、UNDP、JICAとの連携の下、国土全体へiCTGユニットの配布し運用を進めています。同社のソリューションは、国境を越えて、今も世界の多くの赤ちゃんを救っています。