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衛星データを活用した世界トップクラスの技術で、地球環境の未来を見通す

Synspectiveは、世界中を高頻度・高分解能で観測できる小型の合成開口レーダ(SAR)衛星を自社で開発し、持続可能な社会の実現に向けて防災、環境、インフラ管理などの分野でソリューションサービスを提供する企業だ。地震や洪水、地すべりなど自然災害のリスクが高い中米グアテマラでは、JICAと連携して地盤沈下の変動をモニタリングするパイロット事業を実施した。創業者の一人、代表取締役CEOの新井元行氏と、パイロット事業を担当した同社の高見純平氏に、自社の成長にもつながっているというJICAとの協働について伺った。

概要

中南米 宇宙ビッグデータ 地殻変動 ソーシャルビジネス

プロジェクト

「中米・カリブ地域With/Post COVID-19社会における開発協力の在り方に係る情報収集・確認調査」におけるパイロット事業「グアテマラ国SaaSによる地盤変動モニタリングサービスの導入」

企業

株式会社Synspective

プロフィール

JICAと連携したグアテマラでのパイロット事業では、小型SAR衛星データを基に、首都とその近郊の地表面の変動を解析。潜在的な地盤変動リスクの発見を可能にした。その成果は周辺国にも広がり、現在、中米カリブ地域で自然災害や気候変動への対応に向け、衛星データを活用する取り組みが検討されている。

目次

衛星データの活用を加速させたい。しかし、スタートアップだけでは限界がある

第1章 課題

「スタートアップを立ち上げるのに、適度にばかで、物を知らないことも大事なんです」

新井氏は、自らの経緯を振り返り、そう大胆に語る。コンサルティング会社を経て開発途上国でさまざまなソーシャルビジネスを手掛けている時、内閣府主導の「ImPACTプログラム」 で、小型の合成開口レーダ(以下、SAR)衛星の研究開発に携わる慶應義塾大学の白坂成功教授から、衛星データを活用した事業を一緒に立ち上げないかと声をかけられた。

Synspective代表取締役CEOの新井元行氏

迷いもあったが、当時、世界中で民間企業が衛星を打ち上げる時代へと向かい、衛星データの解析コストも下がり始めていた。「技術は確かだし、先行して仕掛ける価値はある」と直感。「専門領域を知らないがゆえに、宇宙開発業界に飛び込めた」と、2018年2月にSynspectiveを創業した。

Synspectiveが開発した小型SAR衛星。雲を透過するマイクロ波を使い、悪天候でも夜間でも関係なく地表面を観測できる。衛星の重量は約100kgで、5mの長さのアンテナを持つ。これまで3機の小型SAR衛星の打ち上げに成功。

経験値から衛星データを活用した事業について目算は立っていた。サウジアラビアで再生可能エネルギー導入のプロジェクトに携わっていた際、広大な砂漠でのプラント建設に向け、衛星データの活用が有効だと知った。開発途上国でソーシャルビジネスを手掛けた時から、正しいデータを使って計画を作り、モニタリングすることの必要性も痛感していた。そんな思いが社名Synspective(シンスペクティブ)―Synthetic Data for Perspective on Sustainable Development (持続可能な未来のために合成データを活用する)に込められている。

ただ、衛星データを生かすことができるのは、自然災害といった環境分野やインフラ開発など、公的機関との連携が求められることが多い。技術に自信があっても、現地政府との関係性が薄いスタートアップがすぐに参入することは難しい。でも社会実装を早く実現させたい。その想いは募った。

「JICAが長期にわたって築いてきた現地政府との信頼関係と、自分たち民間の先端技術を組み合わせることで、山積する課題を解決していくことができる」―そうして、グアテマラでの協働にSynspectiveは手を挙げた。

信頼関係を土台に技術を社会に定着。グアテマラから中米カリブ地域全体へ波及

第2章 JICAとの協働

JICAと手掛けたのは、中米グアテマラでの地盤変動のモニタリング事業だ。グアテマラは日本と同様、地震や土砂災害が多い。地盤沈下や陥没・地すべりへのリスクにいち早く対応する必要があるものの、地盤調査にかける人員も少なく、他機関にて公開される地形データや降雨情報を基に分析し、発災後に現場に赴くといった事後対応にとどまっていた。

グアテマラシティにて地盤変動により塀にひび割れができていると推察される箇所

今回の事業では、SAR衛星画像データを用いて地盤変動をモニタリングし、首都グアテマラシティとその郊外で約3年間(2018年7月~2021年6月)の地盤変動解析を行った。都市部を中心に140万点以上を超える計測点での時系列変動データの分析の結果、既存の行政測量機関では認識していなかった3か所の新たな陥没リスク箇所が発見できた。グアテマラシティでは、最大沈下箇所で約-292mm、最大隆起箇所で+88mmと、地表面が変動していることも確認できた。これは、潜在的な地盤変動リスクの早期発見や新たな防災マネジメントシステムの構築を手助けする。現地政府に新たな測量技術が提供され、効果的および効率的に実運用業務に取り入れられることで、グアテマラ国民の命や財産を守ることにつながる。

Synspectiveのソリューションサービスの管理画面。3か所で陥没リスクがあることがわかった
©Mapbox, ©OpenStreetMap Improve this map, ©Copernicus Sentinel data [2014 – 2021], ©Synspective Inc.

日本ではすでに理解が広まっている衛星リモートセンシング技術だが、現地では「『衛星のマイクロ波は人体に影響はあるのか?』といった質問が測量機関の職員から飛び出すほど、これらの技術について知られていない所から事業は始まりました」と当時の驚きを語るのは、グアテマラ事業を担当したSynspectiveの高見純平氏だ。

グアテマラでのJICAのパイロット事業を担当した高見純平氏

衛星データを用いて広域の地盤変動を解析し、地表面の変動量をミリ単位で検出して時系列データとしてブラウザ経由でマップ情報を提供するSynspectiveのソリューションサービスについて、その技術や使い方、リスク評価の手法も現地職員らに丁寧に継承した。どれだけ最先端の技術であろうと、社会に定着してこそ意味を持つ。

解析結果を検証するグアテマラの測量機関のスタッフ

コロナ禍で現地に赴くことができず、オンラインで作業を進める中、JICAグアテマラ事務所の存在が大きな力になったと高見氏は述べる。「事業で連携するカウンターパート機関のリストアップや、その交渉に関するサポートをはじめ、現地でしかわからない組織間の関係性といった情報を知ることができ、スムーズに事業を進めることができました」

これまで主にアジア市場向けのビジネスを展開していたSynspectiveにとって、JICAとの連携は新規の市場開拓にもつながっている。グアテマラでの成果から、SDGs達成に向けた革新的なアイデアやビジネスモデル、テクノロジーを有する日本のスタートアップ企業と中南米・カリブ地域での新たな開発協力の形を創るJICAの取り組みTSUBASAプログラム にもSynspectiveは参画。事業の可能性は周辺国へと広がっている。

収益性×社会的インパクトを目指すビジネスモデルは、公的機関との連携に大きな可能性がある

第3章 成果

「新たなデータとテクノロジーにより人の可能性を広げ、着実に進歩する『学習する世界』の実現がSynspectiveのミッションです」。新井氏が掲げるその『学習する世界』とは、データドリブン(データを収集・分析し、さまざまな課題に対して判断・意思決定を行う)とコレクティブラーニング(集団的に学習する)による一連のジャーニーを意味する。

「科学的なデータを客観的に分析し、誰もが解釈でき、多種多様なパートナーと学び合えるプラットフォームをさまざまな分野でつくり、学習する世界を実現させていきたい」と語る一方、「データドリブンといっても、それぞれローカルな課題への理解はデータだけでは難しい。アナログな現地での信頼関係や築かれたネットワークが不可欠」と新井氏。Synspectiveにとって、グアテマラでのJICAとの協働は、このミッションに向けた大きな一歩となった。

さらに、ソーシャルビジネスも手掛けるスタートアップの経営者として、収益性と自社の技術がもたらす社会的なインパクトを掛け合わせ、社会課題が経済に組み込まれ、自律的に解決できるビジネスモデルを目指す。「社会性を目指しながらも、収益をきちんと上げることも重要。経営者としてはこの二つのバランスを時系列の中で考えていて、研究や技術の開発、また教育といった時間がかかるけれども社会に定着させる必要がある分野は、公的機関と連携し、じっくり取り組んでいきたいと思います」。新井氏はそう断言し、JICAとのさらなる協働に期待を寄せる。

Synspectiveは2020年代後半までに、30機のコンステレーション(複数の衛星システムによる多数機観測システム)を構築し、世界のどの地域で災害が発生しても、準リアルタイムに観測することを目指す。そして、究極の目標は「地球の環境をすべて測りきり、その科学的なデータを基にして、この地球で無理なく生きていくための人類の経済活動を、シミュレーションではなく客観的に分析する」ことだ。新井氏が描く未来予想図のゴールは、もう見え始めている。

Synspectiveが保有する小型SAR衛星の10分の1スケールモデル。衛星データで地球を多面的に測ることができる時代が、まもなくやってくる。

プロジェクトメンバーの声

JICA中南米部 村上 和永(当時)

中南米の国々は、ハリケーンの発生やそれに伴う高潮の被害、大雨・洪水による土砂崩れ、大規模な震災など、常に自然災害のリスクにさらされています。このような課題を抱えたぜい弱な地域では、JICAが持つ既存の防災能力向上や防災事前投資促進のための協力に加えて、革新的な技術の導入を進めていくことで、総合的な防災技術の向上に貢献することができると考えています。

グアテマラ国におけるこのプロジェクトは、DX技術や衛星画像を活用して収集されたデータの分析を通じて、これまで発見されていなかった地盤沈下リスクが高い地区を新たに複数特定し、事故を未然に防ぐことにつながった高く評価されるべきイノベーティブな取り組みです。JICA中南米部は、「新しいことに挑戦するなら中南米で」というスローガンのもと、このような革新的な取り組みを推進しています。今後の動向にもぜひご注目ください。