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医療DXから見える国際協力の未来~スタートアップ×VC×JICA 三者座談会~

遠隔集中治療を提供するスタートアップT-ICUは、コロナ禍という喫緊の課題に対してJICA事業を受託し、世界中で遠隔集中治療の普及・啓発に努めている。また、ベンチャーキャピタル(VC)のBeyond Next Ventures(以下、BNV)は、技術を持ち社会課題の解決を志す起業家への支援を積極的に行っており、T-ICUに対しても出資をしている。
スタートアップと公的機関とVC。それぞれ異なる立場から社会課題へのアプローチを続ける三者が初めて一同に会し、その思いや国際協力の「ホントの話」、共創を加速させるアイデア、日本が目指すべき未来などを語り合った。

参加者紹介

中西 智之
株式会社T-ICU代表取締役/医師

2001年京都府立医科大学医学部卒業。熊本赤十字病院心臓血管外科、横浜市立大学麻酔科、守口生野記念病院救急科部長等を経て、2016年にT-ICUを設立、代表取締役社長に就任。地域医療に携わったことを契機に遠隔集中医療の必要性を痛感。アメリカの先進事例を参考にしながら、日本に遠隔集中医療を普及させるべく日々奔走している。

株式会社T-ICU代表取締役/医師  中西 智之

小倉 大
株式会社T-ICU取締役

早稲田大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。トレイダーズホールディングス株式会社法務部長、株式会社コロプラ法務・総務グループマネージャー、株式会社ドン・キホーテ法務部・グループ戦略部マネージャー、株式会社ケイブ執行役員経営企画部長などを経て、2018年5月より株式会社T-ICU取締役COOとして参画。JICAとの協働においては契約など事務方の業務を担当。

株式会社T-ICU取締役  小倉 大

鴻池 善彦
株式会社T-ICU医師

久留米大学、東京都立小児総合医療センター、兵庫県立こども病院などで小児科医として勤務。2020年よりT-ICU参画。集中治療専門医/小児科医。JICAとの協働においてはプロジェクトマネージャーとして事業を推進し、世界各地の集中治療の現場と対峙。

株式会社T-ICU医師  鴻池 善彦

伊藤 毅
Beyond Next Ventures株式会社CEO

東京工業大学大学院 理工学研究科化学工学専攻修了。2003年4月にジャフコ入社。2008年に産学連携投資グループ責任者に就任し、多くの大学発技術シーズの事業化支援を行う。2014年8月に独立系VCのBeyond Next Ventures株式会社を創業、代表取締役社長に就任。創業当初から、社会課題の大きな医療・健康領域の技術系スタートアップの支援を数多く手がけている。

Beyond Next Ventures株式会社CEO  伊藤 毅

二木 緑葉
JICA STI・DX室

新型コロナウイルス感染症流行下における遠隔技術を活用した集中治療能力強化プロジェクト 」においてプロジェクトマネジメントを担当。

JICA STI・DX室  二木 緑葉

コロナ禍で現地に行けなくても、デジタル×医療でプロジェクトを遂行

【左】T-ICU 鴻池 善彦氏 【右】T-ICU 中西 智之氏

中西 智之
今回のJICAとの共創で、これまでの経験を生かして、世界約10カ国もの国々でコロナ患者の生命のサポートができて光栄でした。

二木 緑葉
コロナ対策で迅速性や広域性が求められる中、兵庫県にある貴社とも、そして現地ともフルリモートが前提で、JICAとしても「初めて」が多い試みでした。物理的な往来がなくてもデジタルの力で効果的な協力が出来たのは大きな収穫で、実際に世界各地の医療従事者からも続々と「実践的な学びが得られた」とうれしい声が届いています。

鴻池 善彦
アフリカ、アジア・オセアニア、中南米と言葉も、医療の水準も違う国々とのやり取りに不安はありましたが、目の前の患者を助けたいという思いは変わりませんでした。
私は小児科医で、今回はじめて本格的に国際協力の世界に飛び込みましたが、皆さん熱心に参加してくださりました。これは一企業の努力だけでは、実現は難しい取り組みだったと思います。

中西 智之
スタートアップにとってはまず舞台に立つことが重要ですが、当社の海外展開、そしてSDGsへの取組みにとっても大きな一歩でした。
JICAが政府間交渉を担い、また開発コンサルタントとJVを組むことで、私たちは専門性を活かして技術とサービスを導入・提供することに専念できたのもよかったです。

伊藤 毅
T-ICUは、実際の臨床に精通する医師が自ら立ち上げた、日本でも専門家が不足している集中治療の分野でアフォーダブルな価格でサービスを展開する革新的なスタートアップです。
大手企業、中堅企業には広がりつつある官民連携ですが、まだまだスタートアップには広がっていないのが現状です。
だからこそ、T-ICUとJICAの組み合わせでマーケットを広げられたのは、VCの立場から見ても素晴らしい事例だと思います。

二木 緑葉
私たちSTI・DX室は、今後もベンチャー企業を含む民間企業との共創を推進していきます。
開発途上国の社会課題解決を通じ、マーケットを新規開拓したい企業側と、企業価値向上を期待する投資家。そしてODA事業のデジタル化を推進する私たちと、win-win-winの形をつくっていけたら理想だと考えています。

実際面倒くさかった? スタートアップと官僚機構のギャップ。

BNV 伊藤 毅氏

二木 緑葉
私は実はメガベンチャーからのキャリアチェンジですが、スピード感や日々の成長を重視するスタートアップのカルチャーと公的機関のそれでは、相容れないところもあるんじゃないかと思います。
そこで踏み込んだ質問ですが、ネガティブ面含めて今回の共創を踏まえた率直な意見もお聞かせください。

小倉 大
二木さんはいつも報告書の体裁なんかを整えようとしてくれていて、ペーパーワークが大変とは思いますね。
いろいろなことがきっちりしていないといけないです。ただ日本の医療界全体の傾向としても、まだまだデジタル化やDXといった外の情報に接する機会が少ないという問題意識は持っています。

中西 智之
スピード感についてはたしかに思うところありますが、我々も現在30人規模で、10人くらいの頃と比べたらやっぱり違いますし、他の大企業や主要な顧客である病院と連携するときも、組織が大きくなると機動力が落ちるのは仕方ないですよね。
あと今回は運よく開発コンサル会社と一緒に取り組んでいますが、全て自前では判断出来ないというジレンマが起業家としてはあります。

伊藤 毅
他の公的機関のスキームでは、基本的に採択するのは企業1社のみですが、JICAさんのプログラムではフィールドが開発途上国ということもあり現地に精通した開発コンサルの手を借りることになりますよね。
スタートアップ側の作業やリスクが軽減するメリットがある一方、一社だけでは単独で動けない、スタートアップだけの判断ではなかなかプロジェクトに飛び込めないというのは、たしかに一つの障壁かもしれません。
また、JICAが開発途上国の社会課題をどんどん発信して、スタートアップが一緒になって解決するマッチングの仕組みをもっと加速できたらおもしろいと思います。

二木 緑葉
開発途上国は先進国と比べ、産業が未熟で社会や市場の規制が少ない分、最先端のサービスが一気に広がりリープフロッグ的な成長を見せることがありますが、遠隔医療についてもそうなる可能性があります。
皆さんの言葉を受け、公的機関と民間資金、そしてスタートアップが円滑に協業できる仕組みを整えていくことが大事だと感じました。

国内市場で成長途上のスタートアップも海外で挑戦、社会貢献していく

【左】JICA 二木 緑葉氏 【右】T-ICU 小倉 大氏

中西 智之
今回のプロジェクトを通じ、まずは開発途上国の課題を知り、そこに取り組む面白さや醍醐味を知りました。
医療系スタートアップへのハンズオン支援実績の有るBNVに出資いただいこと、そしてJICAのプロジェクトに参画できたことで、想像以上に注目や信用を得られたと感じています。
これからはこの成果を広めていかないといけないといけません。

伊藤 毅
日本のスタートアップもVCも相対的にまだあまり海外を向いていないのですが、自社のプロダクトがどこかの国のある課題に大いに役立つ、ということがもっとあるかもしれませんよね。
かつてはまず国内市場でちゃんと売り上げを立ててから海外への進出が主流でしたが、今は同時並行で海外も攻めるアグレッシブな姿勢が大事ですし、それを当たり前にやる起業家がもっと増えることも大事なことです。

中西 智之
そういえば、AI研究をしている大学の先生から、研究室の卒業生が就職先としてスタートアップを選択肢に入れることが徐々に増えてきていると聞きました。少しずつ、流れが変わってきていますね。

伊藤 毅
あとは国や政府機関もそうですし、スタートアップも大手企業も、私たちのような投資家たちも、みんなで社会課題を解決するんだという文化を醸成しないといけないと思っています。
日本では、シリコンバレーのような資金的な供給も、中西さんや鴻池さんのように医師でありながらスタートアップに飛び込むような人材の流動性も低く、まだまだ足りていません。
スタートアップだけではなく、民間VCに対するサポートも充実すれば、取り組みが活性化するのではないかと思います。

二木 緑葉
開発途上国には、GDPのうち大多数が国際機関やJICA、NGOなどのエイド(援助)によって成り立つ脆弱な経済の国がありますが、これが未来永劫続くとは限りません。
今後民間資金の流入が必要なのは明らかで、たとえばリスクが高いところや金利が低くあるべき事業を公的機関が担い、そうでないところはどんどん民間資金を呼び込んで、効果的に分業していくことがサステナブルな成長には重要ですね。

中西 智之
我々の「すべての病院に集中治療医をAnywhere, we care.」という理念に共感してくれたJICAとBNVと組ませていただくことで、私たち一社ではたどり着かなかったであろう国際協力の場に飛び込むことができました。
文化の醸成はまだまだ時間がかかると思っていますが、実際、私だけではなく医師のスタートアップも増え、そういうトレンドになりつつあるのは間違いないと思いますので、医療業界に限らず、いろんな業界の方にぜひ社会課題の解決にチャレンジしてほしいですね。