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<第十六回>注意すべき進出国の社会環境とは?

ビジネス環境の変化の速い開発途上国では、社会環境の変化がビジネス展開に大きな影響を及ぼします。海外進出における社会環境とは、現地の文化や価値観、人口動態、政治・経済状況など、ビジネスに影響を与える社会的背景のことを指します。進出国の社会環境を正しく理解できていないことは想定顧客や顧客の抱える課題を理解できていないことに等しく、ビジネスのリスクを高め、商材の現地適合も想定顧客への効果的な訴求も困難にします。そのためビジネスの成功を収めるためには、現地の社会環境を正確に把握することが大切です。本コラムでは、開発途上国での海外展開において「社会環境」を考慮すべき理由、社会環境を分析するためのフレームワークであるPEST分析の活用方法と、「社会環境」の情報を整理する際のポイントについてご説明します。

1. なぜ進出国の社会環境に注意を払うべきか?

社会環境は企業がコントロールできない、またはコントロールしにくく、変えるためには多大な時間と労力を要する外部の経営環境です。社会環境を把握するためのPEST分析というフレームワークを活用し、Politics(政治的要因)、Economy(経済的要因)、Society(社会的要因)、Technology(技術的要因)、以上4つの観点から、過去にJICA Bizに参加した事例を分析しました。その結果、社会環境がビジネスの成功要因にもなり、また事業の断念や撤退等の失敗要因にもなっていることが分かりました。表1では、ビジネスの成功や失敗に決定的な影響を及ぼした社会環境を、政治的側面、社会的側面、技術的側面、経済的側面に分け、示しています。

政治的側面の
成功要因(失敗要因)
社会的側面の
成功要因(失敗要因)
技術的側面の
成功要因(失敗要因)
経済的側面の
成功要因(失敗要因)
・政治体制が安定していること(していないこと)
・進出国の政策に後押しされていること(いないこと)
・二国間関係が良好であること(険悪であること)
・治安が著しく悪くないこと(悪いこと)
・顧客が環境負荷軽減に関心が高いこと(低いこと)
・先進諸国が導入している製品・技術を導入したい(陳腐化・一般化した製品・技術に関心が低い)
・想定顧客が容易に提案製品の維持管理が行えること(行えないこと)
・販売後の問合せ対応が現地の言葉でできること(できないこと)
・資機材、スペアパーツが現地で調達できること(できないこと)
・中所得者層が増えていること(増えていないこと)
・補助金・購入奨励制度があること(ないこと)
・ライフサイクルコストに関心が高いこと(低いこと)
・顧客が援助に依存していないこと(していること)
(表1)社会環境に関わるJICA Bizにおける成功要因(失敗要因)

表1「社会環境に関わるJICA Bizにおける成功要因(失敗要因)」をご覧頂ければ、いかに社会環境がビジネスの成功において重要であるかが理解できるのではないでしょうか。
次に、データを確認してみましょう。2023年度に実施したJICA Bizの事後モニタリング・アンケート調査では、進出国の社会環境が自社ビジネスにどの程度有利に働いたのか、ビジネスの状況別に成否の関係性を調査しました(図1)。社会的側面を例にとって図1をご覧頂くと、自社にとって社会環境が有利であるほど、ビジネス状況が好調であることが分かります。

(図1)自社に有利に働いた社会的な要因の程度とビジネスの成否の関係性

どのような進出国の社会環境が自社に適しているかは商材やビジネスモデルによって異なります。まずはPEST分析などのフレームワークを活用し、自社の強みが活かせる社会的条件、または制約になり得る要素を洗い出し、自社にとって有利な市場とは何かを理解しましょう。

2. 社会環境の情報を整理する際のポイント

1で挙げた社会環境の要素を情報収集するにあたり、タイミングと手法、情報収集の対象者、対象地域について、ポイントをご紹介します。

■「誰にとって」の社会環境か

社会環境を整理する際は、「誰にとっての」社会環境かを明確にしましょう。想定顧客や現地雇用者、地域社会の裨益者、進出企業など、ステークホルダーによってどのような社会環境の影響を及ぼすかは異なります。図2では、進出国で製品を製造・販売するビジネスを例にとって、消費者であれば宗教・価値観や購買行動、教育水準などの指標を整理し、現地雇用者であれば労働観や労働法制、技能訓練の機会、賃金水準などの指標を調査する必要があることが分かります。自社のビジネスモデルに照らし合わせ、ステークホルダーごとにどのような社会環境を考慮すべきか、整理しましょう。

(図2)各ステークホルダーで考慮すべき社会環境(参考)

■情報収集のタイミング・手法

社会環境の情報収集のタイミングは、進出前、現地調査中、ビジネス展開後、の3つに分けられます。
まず、進出前の新たに海外事業展開を図る際に、その後の事業展開を左右することから適切な対象国を事前に把握することは重要です。中には属人的な繋がりから進出市場を選び、ビジネスの成功を収めた事例もありますが、このような市場選定のやり方はリスクを伴います。そのため、社会環境というものは自社ではコントロールしにくい外部環境であることを念頭に置き、自社に適した社会環境を理解したうえで進出国・地域を選定することが理想的です。現在はインターネットや書籍等で様々な情報を容易に入手できますので、必ずしも現地にネットワークがなくても、また現地に行かなくても、その国の経済状況や社会課題をある程度確認することができます。JICAのウェブサイトでは、JICAが支援している国別・分野別の社会課題について、情報をまとめていますので、是非参考にしてみてください。また、関連する統計データを確認することもその国・地域の社会環境を把握する上で有用です。第八回目コラムでは、国際機関や本邦省庁が公開しているデータベースを紹介していますのでご覧ください。
その後、現地を訪問した際は、現地のビジネスパートナーや公的機関、想定顧客へのインタビュー・アンケートなどを通じて、デスクトップ調査だけでは調べ切れない現場の状況を確認することで、社会環境の理解を深めましょう。自社ビジネスのステークホルダー以外にも、既に進出国でビジネス展開をしている日系企業や商工会議所に社会、文化、技術、安全等に関する情報をヒアリングすることも有効です。
実現可能性調査を終え、本格的に現地でビジネス展開をした後も、外部環境は常に変化します。自社にとって重要な社会環境の指標については、定期的に情報をアップデートし、急な環境の変化にも対応できるようにしましょう。

■「どの地域」の社会環境か

情報収集するにあたり、「どの地域」の社会環境を理解すべきか、という点も重要な視点です。国全体を一括りにせず、拡販のターゲットとなる地域単位で社会環境を調査・分析する必要があります。例えば、都市部と地方では教育水準が異なるために、想定顧客のデジタル機器や先進的なサービスへの対応能力に差が出てしまうケースや、地方では物流インフラや通信網が整備されていないために販売・サービス提供の形態を変えなければならないケースなど、様々です。提案製品・サービスを展開する際には、地域単位で個別の社会環境を把握することが大切です。

3. 社会環境の条件整理

1、2の節では、ビジネスの成功のためには自社に適した社会環境を整理することの重要性とポイントを解説しましたが、他方で、社会環境が整っていなくとも、公的機関と連携し自社製品が評価されるような仕組みづくりをするケースもあります。
家電製品を製造・販売している企業の進出国では、省エネルギー基準の見直しがされておらず、安価で省エネ性能が劣る旧型製品が市場に流通しているために、世界の主流となっている省エネ機能を搭載した自社製品が正当に評価されないという課題がありました。そこで、企業は単独で国の制度改正に取り組むのではなく、現地の政府機関や現地の大学、NGO、国際機関と連携し、制度改正に向けた実証実験や政府関係者との対話など、懸命に働きかけました。その結果、進出国の省エネルギー基準が改正され、環境配慮に資する制度が整えられました。この制度改正により、環境配慮に優れている点を評価され、企業のビジネス展開を推進することができました。
民間企業が単独で国の制度改正に取り組むことは簡単ではありませんが、自社の技術・性能の高さを裏付ける研究結果や、専門家や政府関係者を巻き込み官民連携で働きかけることで、自社ビジネスに適した社会環境を整えることもできます。


いかがでしたでしょうか?どんなに性能が高く、実績が豊富な技術・製品であっても、現地の社会環境と適合していなければ期待していた成果は出にくくなります。他方で、開発途上国では政治面・経済面・社会面・技術面、全ての要素が整備されているわけではなく、その社会環境は国・地域・ステークホルダーによって多種多様です。まずは社会環境を考慮したうえで進出することの重要性を良く理解し、自社のビジネスに適合する社会環境の情報を整理しましょう。

次回のコラムは「途上国ビジネス成功のために特に重要なビジネスのポイントは何か」についてご紹介します。お楽しみに!