JICA東北 豪雪、貧困、多病から長寿の村へ。岩手県沢内村の経験に学ぶUHCの取り組み『誰も取り残さない村づくり-命を未来につなぐ地域保健』

2023年4月12日

近代日本の地域開発史を学ぶ、新たな映像教材が完成

明治維新以降、諸外国に学びながらも独自の方法で近代化を推し進め、非西洋で初の先進国となった日本。その道のりは、途上国が発展を目指す上でのベストモデルのひとつとされています。近代における発展の歴史は東北各地にも残されており、JICAではこうした地域開発の足跡をJICA留学生や研修員に伝える映像教材を制作しています。地域づくりの視点を身に付けることは、母国の国づくりを担うことを期待される留学生らにとって大きな価値になるためです。

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新たな映像教材『誰も取り残さない村づくり-命を未来につなぐ地域保健』

今回新たに制作したのは『誰も取り残さない村づくり-命を未来につなぐ地域保健』。昭和30年代に先進的な地域包括医療を実現したことで知られる岩手県沢内村(現・西和賀町)を題材にした本教材は、母子保健に関するJICA研修の教材として、地域のレガシーを残す歴史資料として、さまざまな学びが詰まったものとなっています。沢内村の打ち立てた金字塔については、既に数多くのドキュメンタリー映画、テレビ番組、教育教材などで取り上げられてきました。教材では、全世界の人々が直面してきたCovid-19によるパンデミックという3年間を過ごしながら、こうした偉業に直接的に携わった医師、看護師等からの最新のインタビューを多数収録しています。また、SDGsやUHC(注)という考え方が社会に浸透した現在から見た沢内村の取り組みと成功要因を考察すること、そして過去の経験や想いが現在の西和賀町の社会づくりにどのように繋がっているのかを一緒に考え、映像化しました。

(注)UHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ):すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられること

医療分野にとどまらない、地域づくりへのさまざまな提言

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沢内村での当時の保健活動の様子

沢内村の革新的な取り組みは、国内外の医療従事者の学びの対象となってきました。それは地域包括医療のみならず、母子保健や福祉、公衆衛生など幅広い分野に及びます。しかし、そこからもたらされる教えは医療や保健の領域を超越するものです。人々の暮らしを村民みんなでよりよくしようとする姿勢そのものが、地域づくりにおいて何が大切なのかを示してくれるのです。

沢内村の改革は、行政や医療従事者だけでなく、村民一人ひとりの主体的な取り組みと、過酷な環境の中でも助け合う共生の風土によって実現されました。常識にとらわれずにさまざまな工夫を実践したことも注目すべき点です。それらは少子高齢化や人口減少、感染症などの課題に直面する現在でも、西和賀町の地域自治に引き継がれています。これまで長い期間、国際協力に携わるJICAの職員たちも沢内村からたくさんの学びを得てきました。そして、JICA研修員らの出身国も解決すべき課題を数多く抱えています。本映像教材を通して、沢内村がどのように"誰も取り残さない村づくり"を進め、命を未来につないでいったのかを多くの方々に学んでほしいと思います。

沢内村、西和賀町とJICAのつながり

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過去に実施された課題別研修『母子継続ケアとUHC』で西和賀町を訪問し、取り組みを学ぶ様子

JICAは長年にわたって沢内村の協力のもと各種の研修を実施しており、そこでの学びは世界各地の途上国の発展に役立てられてきました。映像制作にあたってお話を伺った元保健師の方々の中にも、村でJICA研修員の受け入れに携わってくださった方や、研修のフォローアップとしてメキシコやタイを訪問してくださった方がいます。そうした縁は今も続いており、JICA東京が実施する課題別研修『母子継続ケアとUHC』では研修の一環として西和賀町への訪問を続けてきました。コロナ禍以降、この訪問は中断されていますが、2023年2月に開催された2022年度研修のフォローアップセッションでは、本映像教材が沢内村の学びを届ける役割を担いました。

地域の貴重な経験を後世に残すために

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沢内村の精神は、西和賀町の保健活動に受け継がれています

本映像教材は課題別研修以外にも、母子保健やUHCに関わる国内外の医療従事者、東北の大学に通う留学生などに広く視聴いただきたいと考えています。さらに西和賀町や岩手県でも次世代を担う子どもたちの教育や沢内村の経験伝承として活用できるよう、協議を進めています。映像制作に関する打ち合わせのためJICA職員が西和賀町を訪問した際には、映像にも出演する元保健師や医師の方々より「国内外からたくさんの人々が沢内村を訪れたことで、自分たちの経験が貴重なものなのだと教わった。当時活躍した人たちは高齢化が進んでおり、大切なことを後輩や子どもたちに伝えていくためにも、映像を通して地域の歴史を残してもらえることは非常にありがたい」との言葉をいただきました。本教材が多くの学びにつながるとともに、地元の方々にとって価値あるものとなることを願って、JICAもさらにその活用の場を広げていく予定です。

井澤 仁美
JICA東北

このページで紹介している教材

誰も取り残さない村づくり-命を未来につなぐ地域保健

岩手県内陸部に位置する沢内村(現・西和賀町)は、昭和30年代まで豪雪、貧困、多病の三悪に苦しめられてきました。村には村の病院以外には医療機関がなく、医療を担うのは大学病院から期間限定で派遣される医師のみ。さらには貧しさや雪害が村民を医療から遠ざけ、その命をおびやかしました。そんな沢内村は、昭和32年の深澤晟雄(まさお)氏の村長就任を機に大改革を遂げます。自治体、医療従事者、住民が一丸となり、病気の予防啓発や健診事業の推進、医療費の無料化、除雪を含むインフラ整備などの改革を実行した結果、昭和37年には日本で初めて乳児死亡ゼロを達成。昭和43年に被保険者一人あたりの医療費が県平均を下回り、昭和55年には近隣の町村の中で最も長寿の村になりました。
本映像教材では、当時の沢内村で保健活動などに従事した医師や保健師へのインタビューを交えながら、沢内村がどのようにして「誰も取り残さない村づくり」を実現し、それが現在にどのように継承されているかを紹介します。