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【事例紹介】音楽で育む未来 ― ヤマハ × JICAの国際協力

#4 質の高い教育をみんなに
SDGs
#16 平和と公正をすべての人に
SDGs
#17 パートナーシップで目標を達成しよう
SDGs

2025.10.31

音楽でつながる、世界の子どもたち

「新しい音楽の授業で、未来を生きる力を」――(スクールプロジェクト・コアメッセージ)
2025年7月25日、国際協力機構(JICA)は、ヤマハ株式会社(静岡県浜松市、以下ヤマハ)と連携覚書を締結しました。フィリピンの初等教育に、音楽の力で新しい風を吹き込もうという取り組みです。
フィリピンのプロジェクトにとどまらず、ヤマハとJICAはこれまで、エジプトなど、他の国でも音楽教育を通じて子どもたちの可能性を広げる取り組みを実施してきました。
音楽は、ただ楽器を演奏するだけではありません。
自分を表現したり、仲間と協力したり、創造力を育てたり――音楽には、未来を生きるための力がぎゅっと詰まっています。
今回の記事では、学生時代から途上国の音楽教育支援に携わってきたJICA新人職員の山本佳奈が、そんな音楽の力を信じて世界で活動するヤマハの関係者の方々をインタビューさせていただき、JICAと連携した国際協力のストーリーを、まとめてご紹介します!


音楽で「生きる力」を育てる

「音楽の授業って、ただ歌って終わりじゃないの?」
そんなイメージを覆すのが、ヤマハが世界で展開する《スクールプロジェクト》です。
このプロジェクトは、途上国の子どもたちに「新しい音楽の授業」を届けるために、楽器を使った音楽教育のカリキュラム構築支援、指導者の育成、教材や楽器の販売・提供など、教育現場を丸ごとサポートする取り組みです。2015年のスタート以来、世界10か国以上、累計425万人以上の子どもたちに音楽教育の機会を届けてきました。
このプロジェクトの注目すべき点は、技術や理論を学ぶことのみを目的としないことです。
音楽を通じて、子どもたちの「非認知能力」――つまり、協調性、創造性、自己表現力など、テストでは測れない“生きる力”を育てていることです。
「“音楽を学ぶ”のではなく、“音楽で学ぶ”という視点が大切です」
― 大竹悠司さん(ヤマハ株式会社 楽器事業本部販売会社統括部 音楽普及グループリーダー)
今、世界はAIの進化や、先の見えないVUCA時代(※)に突入しています。そんな時代に必要なのは、正解を覚える力だけではなく、自分の考えを持ち、他者と協力しながら、柔軟に未来を切り拓いていく力ではないでしょうか。
音楽には、そうした力を育む可能性があります。
音を通じて自分を表現し、仲間とハーモニーを奏でる。
その体験が、子どもたちの心の成長を促し、他者との関わり方を学ぶ機会にもなり得ます。

※VUCA時代:現代のビジネスや社会環境を特徴づける4つのキーワード(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の頭文字を取った言葉


エジプトのスクールプロジェクトにおけるJICAとの連携: 困難な状況下でも音楽を届ける

エジプトでのスクールプロジェクトは、JICAとの連携により実現しました。2021年から約1年半、「JICA 中小企業・SDGs ビジネス支援事業」を活用し、リコーダーを中心とした器楽教育の導入に向けた活動をスタートしました。教育の質を高めたいというエジプト政府の強い思いと、日本式教育への関心が、プロジェクトを後押ししました。
「現地とのネットワークが弱かった中、また、コロナ禍で遠隔での活動が中心となる中、JICAの存在が大きな支えになりました。JICAのこれまでの貢献と実績のおかげで、相手国政府も前向きに協議に参加してくれたと感じています。」
― 大竹さん
「短期的な導入だけで終わらないように、定期的なフォローアップ研修や現場訪問、授業動画へのフィードバックを取り入れています。初めは音楽授業をすることに自信がないと言っていた教員が、研修と実践を重ねて自信を持ち始め、今では新しい教員に教える立場になっていることがとても印象に残っています。」
―成田 有希さん(ヤマハ株式会社 楽器事業本部販売会社統括部 音楽普及グループ主任)
2022年には、ヤマハとJICAの協力のもと、日本とエジプトの小学校のオンラインでの交流が実現しました。愛知県一宮市立赤見小学校と第10ラマダン市第2学校の児童たちが、リコーダー演奏を通じて音楽で心を通わせました。赤見小学校の児童たちは、「違うところもいっぱいあるけど、同じところもいっぱいある。交流を通して、言葉が通じなくても、お互い分かりあえた気がした。」などと語ります。
音楽は、言葉を超えて人と人をつなぎます。自己表現、協調性、創造力――音楽が育てるのは、未来を生きるための力です。
「音楽は、ただの“休憩時間”ではありません。
子どもたちが自分の気持ちを外に出して、誰かと響き合う。
そのような瞬間が、未来を生きる力になります。」
― 遠山桂吾さん(一宮市立赤見小学校教諭)
この交流は、子どもたちにとって「遠い国の話」ではなく、「友達のいる国」へと変わるきっかけになりました。音楽を通じて、世界がぐっと近くなる――そんな体験が、未来への一歩を踏み出す力になるのです。


エジプトにおけるスクールプロジェクトの様子①


エジプトにおけるスクールプロジェクトの様子②


JICA 海外協力隊の経験を活かして

「音楽には、人の距離を縮める力がある。同じビートを刻むことで、心がつながります」
そう語るのは、スクールプロジェクトで主に指導を担当している日比野ともみさんです。JICA海外協力隊(2012年度1次隊)としてヨルダンの難民キャンプで音楽教育を実践した経験を持ち、現在はマレーシアを拠点に、フィリピンをはじめとするアジア諸国で音楽教育の普及に取り組んでいます。
難民キャンプという、教育環境が整っているとは言えない場所で、日比野さんが音楽教育に挑む理由、それは、「勉強が苦手な子にも輝ける場をつくりたい」という強い思いでした。
「音楽の授業は、主体性や協調性なども育てることができるインタラクティブな場。自己表現をしながら人と協働する――そんな授業ができるのは、音楽ならではの力です。」
― 日比野ともみさん(ヤマハ ミュージック マレーシア、インド・ASEANグループマネジャー)
協力隊での経験は、人生を大きく変えたといいます。イスラム教の文化の中で音楽を教えるという挑戦は、宗教と生活が密接に関わる現場で、何が受け入れられ、何が敬遠されるのかを肌で感じる貴重な機会となったそうです。
「音楽をハラーム(禁じられていること)とするイスラム教というバックグラウンドがある中で、ムスリム(イスラム教徒)の先生に音楽を教えるとき、“ここまでは大丈夫”という境界線がわかるようになった。それが、教員に対する研修を行う際に安心して受け入れてもらえる鍵になるのです。」
― 日比野さん
音楽を通じて、子どもたちが自分を表現し、誰かと響き合う。
その瞬間こそが、未来を生きる力になる――日比野さんの挑戦は、これからも続きます。


日比野さん(海外協力隊員としてヨルダンで活動中の様子)


日比野さん(スクールプロジェクト、ベトナム中央教育省教員研修の様子)


フィリピンでの新たな挑戦

「音楽で、子どもたちの未来を変えたい」――そんな想いから、ヤマハとJICAは、フィリピンでの楽器を活用した音楽教育の普及に向けた新たな共創の取り組みを行っています。
2024年からは、ダバオ市内の3つの公立小学校でスクールプロジェクトのパイロット導入がスタート。現地の先生たちと一緒に授業をつくり、子どもたちの反応を見ながら、少しずつ改良を重ねてきました。
「JICAが一緒にいることで、相手国政府の反応がまったく違う。教育省との協議も前向きに進み、現場の先生たちも安心して取り組める。ヤマハ単独では難しかった政策レベルへの働きかけも、JICAがフィリピンにおいて長年培ってきたネットワークと信頼関係によって実現可能となり、非常に心強いパートナーだと感じています。」
― 大竹さん
現在は、全国展開に向けてフィリピン教育省との協議が進行中。カリキュラムの見直しや教員研修の設計、教材開発など、音楽教育を“持続可能な仕組み”として根付かせるための取り組みが本格化しています。
「“音楽教育=楽器が上手な子がコンクールで優勝する”ではない。
“音楽で、学ぶ”という本来の姿を、世界に広めていきたい。
フィリピンでの活動は、その大きな一歩になると信じています」
― 日比野さん
音楽は、子どもたちの心を動かし、学びを深め、社会とつながる力を育てる。
このプロジェクトは、そんな音楽の力を信じる人たちの情熱によって、今まさに動き出しています。


フィリピンにおけるスクールプロジェクトの様子①


フィリピンにおけるスクールプロジェクトの様子②


未来の音色を育てる: タンザニアでの持続可能な楽器づくり

ヤマハとJICAの連携は、音楽教育だけにとどまりません。タンザニアでは、木管楽器づくりの命とも言える「アフリカン・ブラックウッド(グラナディラ)」の持続可能な調達を目指し、JICAの民間連携事業を通じて、森林資源の保全と地域の暮らしを支える取り組みが進められました。
このプロジェクトは、現地のNGOや製材所、地域住民と手を取り合い、森を守り、育て、活かす循環型のモデルを構築するものです。木の特徴に合わせて育成し、加工・流通のプロセスを見直すことで、資源の価値を最大限に引き出すモデルです。そして、楽器として使った分だけ苗木を植える――未来の音色を、今の時代に生きる人々の手と想いで育てていきます。
こうした取り組みも踏まえ、ヤマハは2021年にJICA-SDGsパートナーに認定されました。これは、SDGsの達成に向けて、JICAと共に社会課題の解決に挑む企業としての証です。音楽の力を信じ、持続可能な未来を奏でる姿勢は、音楽を通じた社会課題への取り組みとして、国際的にも関心を集めています。音楽を通じて、教育・環境・地域づくり――さまざまな分野で国際協力を展開するヤマハの姿勢は、「音楽で社会を良くする」という理念そのもの。これからも、音楽の力を信じて、世界中の人々と響き合う活動が続いていきます。


音楽でつながる未来: 企業と国際協力の新たなかたち

ヤマハとJICAの連携は、単なる「ビジネス×ODA」の枠を超えた、未来志向の重層的な国際協力のかたちを描いています。教育、環境、文化――それぞれの専門性を持つ企業が、JICAという公的機関と手を取り合うことで、現場に根づき、政策に届き、そして世界に広がる、本質的な社会課題の解決に挑むことができるのです。
今回は、企業との連携の一例として、音楽教育をご紹介しました。音楽を通じて子どもたちは自分を表現し、他者と響き合い、学び合う。そこには、テストでは測れない「非認知能力」――協調性、創造性、自己肯定感といった、これからの時代を生き抜くために欠かせない“人間力”が育まれています。
音楽で、つながる。
音楽で、学ぶ。
音楽で、未来を変える。
今年12月には、JICA地球ひろば(東京・市ヶ谷)でヤマハによるパートナー企画展示を予定しています。音楽を通じた国際協力の現場の様子を感じられるような展示を準備中です。音楽が世界をどう変えているのか――その一端を、ぜひご覧ください!

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