気候変動に負けないお米作りを!~バングラデシュ・ハオール地域でのNGOの挑戦~
2025.09.02
通常よりも早く収穫できる「早生品種」を収穫する様子
2017年、バングラデシュ北東部のハオール地域では、収穫直前に鉄砲水(フラッシュ・フラッド)が発生し、稲が全滅するという深刻な被害が起きました。視察で現地を訪れていたNPOシェア・ザ・プラネットの筒井哲朗さんは、実りのない田んぼを前に茫然と立ち尽くす農民の姿を見て、「自分たちに何かできることはないか」と強い使命感を抱きました。
この地域は、バングラデシュ国内のコメの約17%を生産する、非常に重要な穀倉地帯です。しかし、雨季には広範囲が水没してしまうため、稲作ができるのは乾期に限られています。近年は気候変動の影響で洪水の時期が年々早まり、農民たちの暮らしはますます不安定になっていました。
当時、バングラデシュ国立稲作研究所によって、通常よりも早く収穫できる「早生品種」の稲がすでに開発されていました。ところが、バングラデシュの農業行政機関との連携が十分でなかったため、その新品種は現場の農家にはほとんど届いていなかったのです。
「この新品種の普及は、気候変動に翻弄される農家を救う鍵になるのではないか」、そう考えた筒井さんは、新品種の普及に焦点を当てたプロジェクトを立ち上げることを決意。そして2022年6月、JICA草の根技術協力事業として本格的な活動がスタートしました。
洪水によって浸水した田畑
首都ダッカから車でおよそ5時間。バングラデシュ北東部に広がるハオール地域は、雨季になると一面が水に沈み、まるで巨大な湖のような風景に変わります。その面積は、東京都・神奈川県・埼玉県を合わせた広さを超えることもあります。こうした自然環境の中で、多くの住民は稲作に依存して暮らしています。しかし近年、気候変動の影響で洪水や冷害が頻発し、農業に適した時期が限られるこの地域では、農家の生活が大きな打撃を受けています。
ハオールまでの道のりには、水没していない田園風景が広がる
水没しているハオールの農地
プロジェクトでは、国立稲作研究所が開発した早生品種の稲を導入。従来よりも約20日ほど早く収穫できるため、洪水被害のリスクを軽減できます。また高い収量も期待できることから、参加した297世帯の農家では、2022年からの約3年間で、平均収量が従来の5.47t/haから日本の平均収量を上回る7.24t/haへと大きく向上しました(日本の平均収量は概ね5.3 t/ha)。
農家からは「栽培期間が短い」「種が自分で採れる」「味が良い」「高く売れる」といった声も寄せられ、プロジェクト地域では中国産のハイブリット米から新品種への移行が着実に進んでいます。
刈り取り(乾期稲作)の様子
早生品種とこれまでの品種の相違
刈り取り前(左)と生育中(右)
新品種の普及には、種の安定した入手ルートの確保が重要です。現在、農家の自己採取、農業政府機関からの入手、市場での購入、現地パートナーNGOからの提供など複数のルートがあります。しかし、今後の普及拡大には、特にマーケットでの種子の卸業者を通じた流通が重要な役割を果たすと考えられています。
一方で、各地域に配置されている農業普及員が新品種を紹介する活動も行われていますが、実際に農家が新品種を導入するまでの支援が十分に行き届いておらず、普及体制のさらなる強化が求められています。
(右)現地カウンターパートのASEDホビコンジ。種子を品種ごとに保存。
(左)プラク村のプロジェクト対象農民に質問
Q:種を自分で保存していますか?
A:9名程が挙手。余った種は親戚に無料で分けている。
プロジェクトが順調に進んでいる大きな要因の一つが、「現地主導」を大切にしたこと。現地カウンターパートであるNGOのASEDホビゴンジは、農民との信頼関係を築きながら技術だけでなく想いを共有し、地域に根ざした支援を実現しています。一方、日本側も“こうすべき”という姿勢ではなく、現地の人々が主体的に活動できる環境づくりに徹しています。
ASEDホビコンジ所長が農民へ話す様子
農民、ASEDホビコンジ、シェア・ザ・プラネット、JICA調査団の集合写真
気候変動の影響は早期の洪水に留まらず、冷害や病気の発生、干ばつなど、年々色んな課題が発生しています。特に水不足が深刻化している中、注目されているのが「AWD(節水稲作)」という農法です。これは、稲の収量を維持しつつ、効率よく水を節約できる方法であり、昔の日本でも「中干し」として行われていた農法でした。
シェア・ザ・プラネットは、現地NGO等と協力し、AWDによるメタンガス削減効果の検証試験にも取り組んでいます。簡単な計測器を使い地中の水分量を測定し、適切なタイミングで水を補給することで、環境負荷の軽減にも貢献しています。
気候変動という大きな課題には様々な解決策が求められます。現地に根ざし、人々の声を聞きながら、共に考えることを続けてきたシェア・ザ・プラネットの挑戦はその実践の一つです。JICAは引き続きシェア・ザ・プラネットと連携しながら、ハオール地域の農家たちが気候変動に対応しながら農業を営んでいけるよう支援していきます。
シェア・ザ・プラネットやNGO等と協力し実践しているAWD農法とメタンガスの排出量を測る様子
◆実施団体の活動情報はこちらから: 一般社団法人シェア・ザ・プラネット | 国際協力を推進するNGO
◆本事業の案件概要はこちらから: 案件概要表
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