国際協力における心理社会ケア 日本の災害後復興・防災の経験の環流
2024.03.11
- 企画部 次長 室谷 龍太郎
3月11日で東日本大震災から13年になります。今年は元日に能登半島地震があり、今も避難生活を続けている方々がいらっしゃいます。被災された方々とご家族に心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。
こうした震災の後、心理社会ケアの重要性が指摘されることが増えてきました。私自身は1995年に神戸市東灘区で阪神・淡路大震災を経験しましたが、この震災は、日本で心理社会ケアの重要性を再認識するきっかけの一つだったように思います。
国際協力の世界でも、近年、特に災害や紛争を経験した地域で、心理社会ケアの重要性が指摘されるようになりました。以前から、災害直後の緊急人道支援ではその必要性が認識されてきましたが、心の問題は災害直後だけでなく中長期的な課題なので、長期間にわたって対応できる仕組みを整えることも必要で、人道と開発のネクサス(連携)の必要な課題と言えます。
SDGsでは、前身のMDGsに含まれなかったメンタルヘルスについて、ターゲット3.4に精神保健と福祉の促進が目標として明示され、3.5にも薬物やアルコールなどの物質乱用の防止と治療が言及されています。UNDPが2022年の人間の安全保障特別報告書で、世界では7人のうち6人が不安全感を抱えていると指摘しているように、心理社会ケアは、人々の安全と尊厳を守り、人間の安全保障を実現するためにも不可欠です。
JICAは、トルコのシリア難民受入れ地域で難民を含めた心理社会ケアに協力しています。対象地域のトルコ南東部は2023年2月に発生した大地震の被災地でもあります。私はこの協力を通じて、心理社会ケアの国際協力は、日本の経験を活かせる取組みだと考えるようになりました。日本国内の有識者によれば、日本は様々な災害を経験してきた結果、心理社会ケアについて、震災後の対応の経験だけでなく、将来の震災への備えに地方自治体まで広く取り組んでいるのです。
心理社会ケアといっても、多くの開発途上国では専門の精神科医師・心療内科医師が不足しており、専門的な対応は難しいのが現状です。こうした専門家の育成も重要な課題ですが、すぐに出来ることとして、身近な人たち同士で支え合うといった備えがあります。日常的な悩みの相談は訓練を受けた身近な人が対応し、深刻な症例については数少ない専門家が対応するのです。日本では、災害直後は避難所に専門家がいない状況を想定して、こういった身近な人達同士で心理社会ケアに対応すべく人材のピラミッドの裾野を広げてきた経験があります。
トルコ南東部の被災地(2023年4月撮影)
国際協力で心理社会ケアが難しいと考えられてきた理由のひとつは、地域や文化によって求められるものが異なることだろうと思います。実際、アジアでの災害、ウクライナの紛争、紛争から逃れてきた難民、それぞれ置かれた状況や必要なケアは大きく違います。
しかし、実はこれこそが、日本の国際協力の強みでもあります。日本自身が、欧米の技術や制度から学びながら、産業振興だけでなく、公衆衛生、教育、民主主義や法の支配など、自分たちの文化に合った仕組みを作ってきました。日本の国際協力はこの経験に基づいて、外から知識や制度を押し付けるのではなく、その国・地域に合った方法を共に創ることが基本的な姿勢になっています。
実際に、欧米のドナーは心理社会ケアの基準作りやマニュアル普及には熱心ですが、日本の強みは、こうした知見を現地の事情や人々の考えに合わせて適応し、現地の人たちが対応できるように能力開発を進めることです。この欧米と日本の協力方法の違いは、昨年12月のグローバル難民フォーラムで表明された精神保健・心理社会的支援の貢献策にも表れています。日本は、中長期にわたって持続的に心理社会ケアを提供するための能力開発と仕組みづくりに協力しています。過去のJICAによる心理社会ケアの協力でも、日本人専門家の皆さんは、四川省地震後の中国、ヨルダンの難民受入れ地域、トルコの難民受入れ地域と地震被災地、それぞれの地域に合った仕組みづくりに協力してきました。
トルコ南東部の被災地で子供の心理社会ケアのために避難所に設置されたテント
災害を経験した者同士には連帯感もあり、日本との強いつながりを感じます。トルコ南東部で、地震発生直後の昨年4月初めに現地調査したとき、トルコの多くの人たちに、日本の経験から学びたいと強く言われました。同じような災害にあった経験への関心は高く、そのつながり自体がお互いの心理社会ケアにもなっているように感じました。
災害・紛争からの復興という日本の経験は、同じような被害にあった人たちに勇気を与えることがあるのだと思います。私は東欧のボスニア・ヘルツェゴビナ、アフリカのルワンダという、紛争で多くの人が犠牲になった国で勤務しましたが、どちらの国でも、自分の故郷の神戸が震災から復興したという話には、皆さんが共感し、神戸の復興について真剣に尋ねられました。今、ルワンダからは神戸市でITを学ぶ多数の留学生がいますが、彼らにとって、震災から復興した神戸の街は、ルワンダの復興と共鳴するものがあるのだろうと思います。
昨年改訂された開発協力大綱では、日本と途上国での経験の「環流」が謳われています。災害や紛争の経験は、日本の経験が他国を助け、復興した経験が他国の人を勇気づけることに、日本人もまた勇気づけられます。他の国の取り組みから、日本が学ぶこともあります。日本が被災したときには、多くの国が被災地へのお見舞いや支援を届けてくれました。今また、能登半島の復興を世界の人が願っていることでしょう。遠く離れていても、同じような悲劇を経験した人がいて、互いを励まし合い、支え合う。お互いの経験の価値を確かめ合う環流は、国際協力の大きな意義のひとつだと思います。
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