相手の声に耳をかたむけ、一緒に課題を解決していく。大学を舞台に日本と世界をつなぐ【国際課題に挑むひと・7】

#4 質の高い教育をみんなに
SDGs

2024.01.24

《JICAの国際協力活動には、JICA内外のさまざまな分野の専門家が、熱い想いを持って取り組んでいます。そんな人々のストーリーに着目し、これまでの歩みや未来に向けた想いについて掘り下げる「国際課題に挑むひと」。第7回は、国連が定めた1月24日の「教育の国際デー」にあわせ、高等教育分野で活躍する小澤みどりさんのお話をお届けします》

株式会社パデコの小澤みどりさん

ITや高等教育分野の国際協力に挑む、株式会社パデコの小澤みどりさん

途上国で高等教育人材を育成する

「人材育成の楽しいところは、自分には将来どんな道を歩んでいく可能性があるのか、という『キャリアパス』を見せてあげられることです。教育によって多くの可能性を手にし、実際に広い世界へと羽ばたいてゆく姿を見られることが、わたし自身の原動力にもなっています」

こう話すのは、途上国における大学運営などに携わる、株式会社パデコの小澤みどりさんです。

小澤さんは、海外協力隊としてネパールの女子短大に派遣されたことを皮切りに、長期専門家やコンサルタントとして、インドネシアの高等専門学校やエジプトの大学などで20年以上にわたり、高等教育分野での国際協力に尽力してきました。

現在は高等教育分野のプロフェッショナルとして活躍する小澤さんが国際協力を志したのは、大学3年生のときに行った留学先のアメリカでの経験が大きかったそうです。

小澤さんが通ったのは、世界のさまざまな国や地域から留学生が集まるオクラホマ州の大学。そこには、自国の政情不安から帰国をためらう人や、祖国から亡命してきた人、電話通信網が未整備で家族と連絡が取れない人など、本当にいろいろな事情を抱えている人がいたと言います。

「そうした環境に身を置いたことで、日本に生まれ育ったわたしは、自分がいかに恵まれていたのかを実感させられました。そのときに、漠然と、将来は世界の平和に貢献できるような仕事、国際協力に携わりたいと思うようになったのです」

インドネシアでの勉強会の様子

インドネシアでの勉強会の様子。右いちばん奥が小澤さん

ITを活用した人材育成、という国際協力

そう語る小澤さんですが、大学卒業後に飛び込んだのは日本の総合電機メーカー。いつの日か国際協力の現場で活躍するために、コンピュータ分野の技術を身につけたいと思ったことが、この道を選んだ理由でした。

「インターネットもまだなかった時代、国際協力と言えば、JICAの海外協力隊くらいしか知りませんでした。ただ、派遣してもらうには何か『伝えられる技術』が必要ではないかと考えて、数学科だったので、IT業界へ進むことにしたのです。今後、途上国での活動にも必ず役に立つ日が来るだろうと考えました」

ITの知識とスキルを身につけた小澤さんは、当時勤めていた会社を休職して、念願の海外協力隊に参加することを決意します。派遣されたのは、ネパールに新たに設立された女子短期大学。そこで、パソコンの使い方を教えるコースを担当します。

ところが、派遣時にはまだ大学にパソコンが1台もないという状況でした。小澤さんは学生たちとイベントを企画し、そのチケット代でパソコンセット2台を購入。講義のカリキュラムを作成し、講師候補も採用して、小澤さん自身が教壇に立ち、学生に教えつつ講師育成もしました。

インドネシアでのアフリカ及びアセアン後発国教員向けIT研修の様子

インドネシアでのアフリカ及びアセアン後発国教員向けIT研修の様子(第3国研修)

2002年からは、インドネシアの中堅技術者を育成する工業高等専門学校(ポリテクニック)に、情報工学の長期専門家として赴任します。短期専門家の日本の大学教員と共に、インドネシアのポリテクニックにおいては初となるIT学科の開設と運営に取り組みました。ここでの経験から、ITを使った人材育成という軸が自分の中に生まれた、と小澤さんは説明します。

「一般的に、親世代が経験していない職やキャリアを子どもが思い描くことは難しいものです。でもネパールとインドネシアで、教え子たちがコンピュータを扱えるようになり、実際に、親世代が経験したことのない職を得ていく様子を目の当たりにしました。自分の将来を自分の手で見つけられたときの喜びに触れて、こういう国際協力の形もあるんだと実感したのです」

これらの経験から、卒業後すぐに社会に出る層を対象とした高等教育や産業人材育成の分野で国際協力の道を歩み続けよう、という覚悟を決めた小澤さん。ただ、その道を進むには国際協力の体系的な学びの必要性を痛感していたことに加えて、インドネシア赴任中に「開発コンサルタント」という仕事に出会い、それには修士号があったほうが良いと聞き、アメリカに留学します。

そして帰国後、国際開発コンサルティングを手がける株式会社パデコに入社。開発コンサルタントとして、東南アジア諸国の大学でICTと教育を柱とした産業人材育成などに力を注いできました。長期にわたって現地で活動する「専門家」に対して、開発コンサルタントは日本と現地を行き来しながら、様々な案件を手がけます。

「開発コンサルタントは、様々な国の類似案件に携わるので、比較の視点を持てるようになります。また、国際協力の様々な形態、段階に関わるので、より全体を俯瞰して、広い視野で、手がける案件を捉えることができるようになったと思います。他方、専門家は現地に住み、日々密なコミュニケーションを通じて、その国、組織、人を深く理解し、じっくり人間関係・信頼関係を構築しながら活動します。私はその両方のアプローチを経験できて幸運です」

支援から協働へ、変わる国際協力の形

2019年、小澤さんはひさしぶりに専門家として現地へ赴きます。赴任先はエジプト政府が日本型の工学教育を実施する高等教育機関として新設した、エジプト日本科学技術大学(E-JUST)。ここで約3年半、サブチーフアドバイザーとしてプロジェクトの運営管理や円滑な実施のための、エジプト及び日本関係者との調整・連携促進役を務めたのです。

このとき小澤さんは、国際協力における支援のあり方の変化を実感したと話します。

「E-JUSTは、日本とエジプトが協力してゼロから立ち上げた大学です。理事会も、日本側とエジプト側でそれぞれ同じ人数で構成されていて、対等な立場で対話しながら、決議していきます。国際協力が、それまでの垂直型の『支援』から、互いに肩を並べて前進する『協働』へと変化しているのです」

E-JUSTの職員たちを前に研修を行う小澤さん。

E-JUSTの職員たちを前に研修を行う小澤さん

小澤さんは、プロジェクトに関わる日本の大学の教職員と共に、大学の学術面やガバナンス面の強化、特に事務部門の能力向上に尽力しました。また、E-JUSTに向けた活動のみならず、様々な役割を担う9名いた日本人専門家をまとめるプロジェクトマネジャーとしての役割も担っていました。

「特に意識したのは『E-JUST Way』を模索すること。つまり、E-JUSTならではのやり方を見つけることです。日本のやり方を押し通すのではなく、かといって、エジプトに合わせるのでもなく、両国のいいところを持ち寄って、新たな道をつくる必要がありました」

当初は500人程度だった学生数は、小澤さんが帰国するまでの3年半で3000人にまで激増。短期間でのスケールアップに対応するため事務部門全体の強化は必須で、その手段のひとつとして、エジプトの国立大学としては初となる職員の人事評価制度導入にも挑戦しました。

「事務局長や人事課職員らと膝を突き合わせて、喧々諤々の議論をしながら、『E-JUST Way』な制度を作り上げていくのは、やりがいもありましたし、何より面白かったですね」と小澤さんは笑顔で振り返ります。

平和な世界を目指す「概念の翻訳家」

現在は、インド工科大学ハイデラバード校の大学運営にコンサルタントとして参画し、日本とインドの連携強化に奔走している小澤さん。ここでは「協働」からさらに一歩先を進んで、日本とインドの学生たちの交流についても模索しているそうです。

インドは今や世界トップクラスのIT先進国。日本の学生がインドの大学に行って高度なIT技術を学ぶ、といったケースも徐々に増えています。かつての国際協力とは、事情が大きく異なってきているのです。

「今後ますます『共につくり上げる』ということが重要になるでしょう。日本にとってその相手は、これまでは先進国がほとんどでしたが、これからは、途上国や新興国の人たちと一緒につくり上げていく、という機会が必ず増えます。だからこそ、日本の人たちがそこに興味を持てるように、また、そういった道に進む人材の育成にも取り組めたらいいなと思っています」

人材育成を通じて国際協力に従事してきた小澤さんの心のなかには、いつも「平和な世界をつくりたい」という強い思いがあります。

「協力隊で国際協力に携わった頃から、お互いの知見を持ち寄って新たな価値をつくり出したり、課題を解決したりすることが好きでした。そんなわたしのことを、同僚が『概念の翻訳家』と名付けてくれました。異なる背景や考えを持った人たちの間に立ち、それぞれの思いを汲み取って、つなげる人、ということのようです。そんな役割を果たせるように、これからも取り組んでいきたいですね」

目を輝かせながらそう語った小澤さん。世界中の人たちと手を取りながら、共に歩む日本の未来をつくっていってくれるでしょう。

両手を広げるポーズをとる小澤さん

「普通じゃないほうが好き」と話す小澤さん。このポーズは、「夢を持って未来に向かっていきましょう」というメッセージ


小澤みどり(おざわ・みどり)
株式会社パデコ 開発コンサルタント。大学卒業後、総合電機メーカーで10年間、ソフトウェア開発に携わる。その間、1993年〜96年にJICA海外協力隊としてネパールに派遣。2000年より、外資系コンピュータ会社で企業向けIT人材育成コースなどを担当。2002年〜05年、情報工学の専門家としてインドネシアにおけるJICA技術協力プロジェクトに参加。2007年、米コロンビア大学国際教育開発修士課程修了と同時にパデコに入社し、開発コンサルタントとして国際協力に携わる。2014年、早稲田大学アジア太平洋研究科博士後期課程に進学。2019年〜22年、JICAエジプト日本科学技術大学(E-JUST)プロジェクトに専門家として参加。現在は、インド工科大学ハイデラバード校のプロジェクトに携わる。


株式会社パデコ
1983年設立の国際開発コンサルティング会社。豊富なコンサルティング経験を持つ専門家が数多く在籍し、世界110か国以上で、多様な開発プロジェクトに従事している。運輸・交通や都市計画といったインフラ分野のほか、教育や人材開発、民間セクター開発、ガバナンスなど幅広い分野で活躍。

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