初の首脳会合を追い風に!中央アジアの人づくり・国づくりに向けて

#6 安全な水とトイレを世界中に
SDGs
#8 働きがいも経済成長も
SDGs
#13 気候変動に具体的な対策を
SDGs

2024.08.07

今年8月、初の「中央アジア+日本」対話・首脳会合の開催がカザフスタンで予定され*1、今後さらに日本と中央アジア5カ国の連携が進むと期待されます。日本は30年以上にわたり、旧ソ連から独立したこの地域の新たな国づくりに協力してきました。その中から気候変動に伴うタジキスタンの水問題と、キルギスでのビジネス人材の育成に向けたJICAの取り組みを紹介します。

*1 8月8日に発表された日本国内の「巨大地震注意」に伴う対応のため延期

公共水栓で手を洗うタジキスタン住民

中央アジアの喫緊の課題となっている持続可能な水の利用

中央アジアの水源タジキスタン、気候変動で氷河消滅の危機に

国土の9割以上が山岳地帯のタジキスタン。パミール高原を中心とする約8千の氷河は、中央アジアの水源の6割を占めるとされます。しかし、気候変動による影響で過去50年の間に約3割の氷河が消失したと言われています。旧ソ連から独立後の経済成長や人口増加で水の需要が高まる中、持続可能な水の利用は中央アジアの喫緊の課題となっています。

タジキスタンの雄大な氷河

約8,500㎢(広島県の面積と同程度)の氷河を有するタジキスタン。その雪解け水は、国内はもとより、中央アジア各国の産業や暮らしを支えている (Photo: Michal Knitl /Shutterstock.com)

「タジキスタンに水源のあるアムダリア川の下流域で、綿花栽培などによる取水量が増大したことで川が干上がり、かつて世界4位の面積を誇ったアラル海が縮小したことは、20世紀最大の自然破壊として知られています。また、2022年にタジキスタンとキルギスの国境地帯で起きた軍事衝突は、住民同士の水利用を巡る争いに起因すると言われ、今後も水問題が紛争の火種になる可能性が指摘されています」

そう語るのはJICAタジキスタン事務所の今井成寿所長です。中央アジアでは、水の消費量の約85%は農業用水で、水の確保は食料安全保障にもつながる大きな問題です。近年では水力発電の需要も増加しており、国家間そして分野横断的な取り組みが必要となっています。

そんな中、今年6月、タジキスタンのリーダーシップのもと、水の保全に関する国際会議が開催され、世界100カ国以上から政府関係者や専門家らが集いました。

第3回「水の国際行動の10年」に関するハイレベル国際会議のようす

6月に首都ドゥシャンベで開催された第3回「水の国際行動の10年」に関するハイレベル国際会議(写真提供:タジキスタン外務省)

会議に参加した今井所長は、UNICEF(国連児童基金)と共に開催したイベント「青年・子ども水フォーラム」での議論を通して、JICAが続けている活動の意義を再認識したと言います。「国家間の水問題への取り組みは上流国と下流国の利害関係から、なかなか進んでいないのが現状です。それでも、課題を目の前に自分たちができることを考え、行動していくことが重要­。まずは各国が自国でできる貴重な水資源の有効活用に向け、積極的に取り組んでいくことが大切だと感じました」。

水道の従量料金制の導入で、安定した給水サービスと節水への啓発を

持続可能な水の利用には、灌漑(かんがい)設備や水道施設といったインフラ整備を進めると同時に、安定して水を届ける仕組みや制度が欠かせません。そこでJICAがタジキスタンで2007年から協力を続けているのが、最も人口の多いハトロン州における給水サービスの取り組みです。

「ハトロン州では旧ソ連時代に建設された水道設備の老朽化が進み、配管の漏水によって水の浪費が起きていました。また水道料金は定額制で、多くの住民には蛇口を締めるという意識がない。そのため大量の無駄水が生まれ、給水圧の低下により給水区域の末端では断水も発生していました」と話すのは、タジキスタンで10年以上にわたり水道事業に関わる松田和美専門家です。

左は不具合で放置された井戸、右は出しっ放しの公共水栓

左)既存の深井戸の多くは施工が悪く、揚水した地下水に砂が混じるなどの不具合が出て放置されていた
右)多量の無駄水が発生する原因の一つとなっていた、出しっ放しの公共水栓

JICAは給水施設を整備すると同時に、各世帯に水道メーターを設置。使用量に応じて料金を支払う従量制を導入することで住民に節水の意識が生まれ、無駄水の発生が大幅に抑えられました。また、24時間給水の実現などサービスの改善に満足した住民が料金をきちんと納めるようになり、水道公社の安定経営につながったのです。

新設された高架水槽

新設された1,800m3の高架水槽は、中央アジア最大規模(ハトロン州ピアンジ県)

水道公社の技術者へのメーターの研修

上下水道公社の顧客約2,300世帯に各戸メーターを設置し、維持管理のため水道公社の技術者への研修も実施(ハトロン州ハマドニ県)

「タジキスタンでは人口1千万人のうち約6割の人が現在も水道を利用できていません。ハトロン州で得た知見を広げ、タジキスタン国内の水道に従量料金制が100%導入されれば、新たな水源を開発することなく、国民全員に給水サービスを届けることができます。限られた水資源を効率よく利用し、『国民皆水道』の達成を目指していければと考えています」(松田専門家)

JICAタジキスタン事務所の今井所長

JICAタジキスタン事務所の今井所長

松田専門家

ネパールやシエラレオネを含め、43年間にわたって水道施設整備や水道公社の安定経営に関わってきた水のスペシャリスト松田専門家

日本式経営の強みを生かし、キルギスでビジネス人材を育成

1991年に旧ソ連から独立を果たした中央アジアの国々にとって、社会主義から市場経済への移行に向けて、民間企業を育て、ビジネスを回していく人材の育成は大きな課題でした。そんな中、日本は1995年にいち早くキルギスに日本人材開発センターを設立しました。

JICAは2004年から、同センターで日本式の経営や起業に向けたノウハウなどを学ぶ3か月間の実践的なビジネスコース「ミニMBA」を開講。これまでの受講者は延べ1,800名を超え、その中から国内で圧倒的シェアを誇る飲料メーカーなどキルギスを代表する企業も生まれています。

「ミニMBA」で学ぶ受講生

キルギス日本人材開発センターの実践的経営管理コース「ミニMBA」で学ぶ受講生

ミニMBAコースの修了生たち

同コースの修了生の多くが、現在ビジネス界の幅広い分野で活躍中

「共産主義のもとでは自らビジネスを起こすというマインドがなかったわけですが、キルギスの人たちはもともと自立心が旺盛で、自分たちでビジネスを大きくするんだという気概もあり、ミニMBAでビジネスプランニングなどを学ぶ中、どんどん考え方が変わっていく姿を目の当たりにしました」

そう語るキルギス日本人材開発センターの田中真也専門家が今、力を入れているのが、2021年から開始した「経営塾」です。キルギス国内でビジネスを成功させた経営者たちが、日本企業とのビジネスマッチングを視野にマーケティングや人材管理について学ぶほか、日本での企業訪問を実施。すでにキルギスのサプリメント・メーカーが日本と取引を始めるなど成果が見え始めています。

キルギスと日本の企業による個別商談をサポートする田中専門家

経営塾に参加したキルギスのアパレル企業経営者と日本企業による個別商談をサポートする田中専門家(左手前)

「コロナ禍を経て、日本企業からキルギスでのビジネスを検討したいという声も増えているほか、ウクライナ戦争でロシアから中央アジアへマーケットを移すという日本企業の動きもあります。キルギスにはまだ社会的課題が山積しており、特に医療や教育分野のニーズは高く、ポテンシャルも大きいです」(田中専門家)

教育分野では、日本の教育図書教材の出版社が、キルギス日本人材開発センターとの協力で翻訳教材の提供や放課後教室の実施などに取り組んでいるほか、学力テストや教員向け教育サービスの展開に向けた検討も始めています。「キルギスは中央アジアの中でも、特に親日家です。キルギスを窓口に、中央アジアでのビジネス展開をさらにサポートしていけたらと考えています」と田中専門家はこの先を見据えています。

放課後の算数クラブで学ぶ小学生たち

キルギス語に訳された日本の学習教材を使い、放課後の算数クラブで学ぶ小学生たち

「キルギスビジネスmini EXPO」

キルギス経営者の訪日の機会を捉えて開催した「キルギスビジネスmini EXPO」。2024年はキルギスから15名、日本側から23名が参加し、活発な商談が行われた

キルギスの若手人材が日本の企業で活躍中

キルギス日本人材開発センターは、市場経済化への支援に加え、日本とキルギスの人材交流の促進に向けた取り組みにも注力しています。高い教育水準や語学能力を有するキルギスの若手人材に、日本企業での就労経験を通じたキャリア形成の機会を提供するとともに、将来の両国のビジネス活性化につながることを目指しています。すでに7名の人材が日本の企業に就職、日本とキルギスの架け橋として活躍しています

建築分野の最新スキルを日本で学びたい!(エミル・オムルガジエフさん)

「日本は建築分野で世界トップクラスの国です。そこで学び、自分のスキルを伸ばしたいと思いました」と語るのは、エミル・オムルガジエフさん(25歳)です。キルギスの国立建設交通建築大学の建築学部を卒業し、2023年に来日。現在、広島県に本社を置く山下商事株式会社で、BIM*2のオペレーターとしてスキルを磨いています。

同社の山下雄朗社長はエミルさんについて「自ら問題点を探し、それを解決するために何をすればよいのかを調査、研究、努力ができる大変優秀な人材。彼を採用できたことはまさに『奇跡』」と語ります。「いつかBIM分野でキルギスの建築会社と協力関係を築きたい」というエミルさんの思いを受けて、今秋には現地調査を行うという山下社長。「キルギスの若手人材の活用を通して、彼らと共に会社を変革していきたい」と今後に大きな期待を寄せています。

*2 Building Information Modelingの略。建物の立体モデルを、各建材の情報と共にコンピューター上で可視化する設計手法のこと

日本の企業で働くエミルさん

キルギス日本人材開発センターの日本語教育プログラムに参加し、日本語能力試験(JLPT)N2レベルを取得後、2023年2月に来日したエミルさん(手前)。「言葉の難しさはありますが、上司や同僚の助けもあり、支障なく仕事ができています」と日本での暮らしにもすっかり馴染んでいる

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