【石塚史暁主任研究員インタビュー】個人・家計データの分析を通してアジアの高齢化問題を考える

2021.11.22

深刻化するアジアの高齢化の問題において、個人・家計データ分析が果たす役割とは?JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、アジア開発銀行(ADB)・アジア開発銀行研究所(ADBI)と共催で、この問題に取り組むための国際会議を開催しました。その運営に関わった石塚史暁主任研究員に、同国際会議の意義や、新たに得た学びについて聞きました。

アジアの高齢化に共に立ち向かうために

—運営に携わったというアジアの高齢化に関する国際会議とは?

2021年9月7~9日に、「Regional Conference on the Health and Socioeconomic Well-Being of Older Persons in Developing Asia: Role of Individual and Household Data(アジアの開発途上国における高齢者の健康と生活水準についての国際会議:個人・家計データの役割)」をADB、ADBI、JICA緒方研究所で共催しました。日本では少子高齢化が社会問題になっていますが、多くのアジア諸国でも高齢化は喫緊の課題です。タイやベトナムでは、日本以上に急速な高齢化が予測されています。年金やセーフティーネット、労働力の減少、医療や介護制度の在り方など、多くの国が共通する難題を抱えているのです。

会議名にも「個人・家計データ」と含まれているように、近年の経済学では、個人・家計データ分析を通して、さまざまな事象の因果関係を明らかにする試みが進んでいます。高齢化分野も例外ではなく、日本や欧米諸国では、データ分析で客観的なエビデンスを示すことで、以前にも増して正確な議論がなされ、より効果的な政策立案ができるようになってきています。また、収集するデータに統一性を持たせ、国同士で比較分析する試みも進んでいます。アジアでも、こうした高齢化分野における家計・個人データの活用をもっと進めないといけないという問題意識に基づき、今回の国際会議が開催されました。

—この国際会議での議論からはどんな示唆がありましたか?

マックスプラント研究所のアクセル・ボルシュズーパン博士による基調講演では、高齢化分野での個人・家計データ活用の先進事例として、全米経済研究所の国際社会保障プロジェクトの事例が紹介されました。同プロジェクトは、日米欧の12 ヵ国の個人・家計データを活用し、多くの研究成果を出しています。一例としては、年金制度の設計が高齢者の労働参加に与える影響の普遍性を明らかにしたことが挙げられます。こうした国際的な比較を通じ、各国政府が個別に取り得る政策の選択肢の幅も広がります。留意点としては、先進国同士でも経済・社会・文化の背景は国によって違うので、それを踏まえた国際比較に耐え得る客観的で良質なデータの整備が欠かせないという点が強調されました。例えば、高齢者の健康に関する情報を得ようとする場合、回答者自身の認識に伴う主観的な調査回答だけでは、国の文化や人々の気質によって特定国の回答が偏る可能性があるため、身体測定や血液検査といった客観的なデータも収集することが必要となります。基調講演の中でこのような先進国の事例が紹介されたことで、今後、アジア地域で国際比較分析を進めていく上での目指すべき姿が示されたと思います。同基調講演とパネルディスカッションは、以下のADBのウェブサイトから視聴できますので、ぜひ多くの方にご覧いただきたいです。

また、この国際会議に向けて高齢化に関する論文の事前公募を行った結果、多数の素晴らしい論文が寄せられ、会議ではそのうちの17本が発表されました。中でも私が印象的だった論文は、以下の3本です。

1本目は、ハワイ大学マヌア校のサン・ヒョプ・リー博士らのグループによる中国・韓国の高齢者の健康と就業のデータを分析した研究です。健康面での就業可能性、すなわち健康で働けるにもかかわらず何らかの理由で就業していない高齢者がどの程度いるのかを試算し、もし彼らが就業した場合に経済成長にどの程度貢献するのかを推定しました。その結果、他の先進諸国と比べ、中国・韓国の高齢者の追加的な就業が経済成長にもたらす寄与度はさほど高くないことが分かったそうです。これは両国での高齢者の生産性が相対的に低いためと示唆されており、職業訓練など労働生産性の向上に向けた取り組みが必要という提言がなされました。また、中国では、都市部の健康で裕福な高齢者は早々にリタイアする一方、地方部の高齢者は、年金を受給するか否かとは関係なく健康面の限界まで働く傾向があることも分かりました。これを受け、年金制度の都市・地方間の格差是正やセーフティーネットの充実も重要であると提言されました。高齢化に伴う労働力の減少をどう食い止めるかという課題について、他の先進諸国と同じ処方箋がアジアでは通用しない可能性を端的に示した論文だと思います。年金加入率がさほど高くないアジア諸国では、そもそも年金のカバレッジや深さを改善するとともに、その過程で、労働生産性の向上にも併せて取り組む必要があることがうかがえます。

ハワイ大学マヌア校のサン・ヒョプ・リー博士による発表

また、ネパールの高齢者向け現金給付プログラムが高齢者の経済活動にもたらす影響を個人・家計データを使って調べた米国ボイシ州立大学のジャヤシュ・ポーデル博士による論文も興味深いものでした。同プログラムによる現金給付は、残念ながら、受給者による資産購入や食料消費にはつながらず、特に女性の場合はかえって食事量が減った実態が明らかになったそうです。また、受給により、世帯規模が増えたことも明らかになりました。この点については、祖父母への現金給付により世帯所得が増えたことで、孫が産まれて世帯規模が大きくなり、孫のための支出が増えたことから、普段孫の世話をしている高齢女性が自らの食事を減らすメカニズムが働いている可能性が示唆されました。高齢者に対する現金給付が、コンテクストによっては、高齢者の健康や栄養といった当初の政策目的につながらないという点は、各国政府やそれを支援するJICAはじめドナーにとって重要な示唆であると思います。また、ジェンダーの視点を含めてプログラムを設計する重要性についても改めて考えさせられました。

米国ボイシ州立大学のジャヤシュ・ポーデル博士による発表

3本目は、バングラデシュの現金給付プログラムの受給者選定を担当する地方政府の能力向上に関する論文で、ダッカ大学のアトヌ・ラバー二教授が発表したものです。同教授を含む研究者グループは、地方政府担当者の能力向上のための研修と受給者に関するデータ提供が、同国の社会年金制度である「老齢手当」の受給者選定の改善につながるのかをフィールド実験で検証しました。つまり、上記の介入によって、地方自治体の担当者の、より適切な受給資格を持つ人を選ぶ能力が向上するかを検証したのです。実験の結果、地方自治体の担当者の知識レベルは平均的に向上したものの、受給資格や貧困指数で測定された選択パフォーマンスには改善が見られませんでした。しかし、選択された受益者を見ると、特に全面的な介入が実施された地域では、土地所有や個人所得の点についてはより貧しくなる傾向が見られました。この点は、さらなる調査が必要であり、限られた資源の中で多くの応募者を対象に、異なる適格性や優先順位の基準を踏まえた受給者選定を行わなければならない場合、選定作業がいかに困難になるかを示唆するものとされました。また、受給候補者が、応募の際に「手数料」を不正に支払うことも、受給者の選定に影響している可能性があるとされました。あらゆる社会プログラムにおいて、対象者の選定は常について回る課題です。相手国政府の実施機関や担当職員のキャパシティーを強化するだけではなく、そもそものプログラムの制度や予算、文化・社会的慣習も含めて検討しないと効果が出ない場合があるということは、JICAにとっても非常に重要な示唆だと思います。上記の3つの論文を含む会議の資料一式は、以下のADBウェブサイトでご覧いただけます。

ダッカ大学のアトヌ・ラバー二教授による発表

—この国際会議での学びを、今後、自身の研究にどう生かしていきたいですか?

高齢化はこれまで正面から関わったことがないテーマでしたが、とても学ぶものが大きかったです。現在、私がJICA緒方研究所で取り組んでいる研究プロジェクト「アジアのインフラ需要推計にかかる研究」では、病院の建物や設備といったインフラの需要が決まる仕組みを明らかにし、アジア地域における将来の需要を試算しようとしています。アジア地域では、医療インフラの需要は年々増えていく見込みですが、その背後には、人口動態、つまり高齢化の問題があります。今回の会議を通じて、この高齢化の問題そのものに正面から取り組む必要性を改めて感じました。今後は、同研究の成果の取りまとめに携わるとともに、インフラへの資金動員の分野で継続的に分析を進めたいと考えています。また、今回学んだ高齢化の問題や個人・家計レベルのデータ分析についてもフォローしていきたいと考えています。

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