【コロナ関連コラム】逆境を好機に変える?—コロナとアフリカのカイゼン運動—

2020.09.29

JICA緒方貞子平和開発研究所には多様なバックグラウンドを持った研究員や職員が所属し、さまざまなステークホルダーやパートナーと連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、新型コロナウイルスの感染を抑えつつ経済を再構築するために生かせる“カイゼン”活動について、神公明専任参事が以下のコラムを執筆しました。

著者:神公明
JICA緒方貞子平和開発研究所

新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大が世界中で進む中、アフリカ地域における感染も確実に広がりつつある。他方、ガーナやケニアでは感染のスピードが鈍化し、最も感染者の多い南アフリカにおいてもコロナ感染警戒レベルが8月に引き下げられるなど、感染拡大が一つのピークを超えた可能性を指摘する意見も聞かれる。このような中で、現在の課題となっている、感染を抑えつつ経済活動を再構築していくための方策について、生産性向上運動である“カイゼン”活動との関連を踏まえて考えたい。

2020年3月11日、私は南アフリカのダーバンにいて、5日後に迫った自動車産業におけるカイゼン・インパクト評価のためのワークショップの中止を決めた。このとき公表されていた全世界の新型コロナウイルス感染者は約12万8,000人、死者は4,292人、南アフリカ国内の感染者は7人であった。しかし、南アフリカの共同研究者と協力企業は感染拡大のリスクを敏感に感じていた。それから6ヵ月が経った9月20日時点で、全世界の感染者は約3,068万人、死者は約95万人となり、南アフリカの感染者数は約66万人、死者は約1万6,000人である。南アフリカはアフリカ域内で最も感染拡大のスピードが速く、国別の感染者数は世界第8位の多さである。図1と表1は、アフリカの数カ国を含めた世界のいくつかの国について、100万人当たりの感染者数の拡大とそれに含まれる死者の割合を示したものである。アフリカ地域は、大陸全体の平均を見ても感染を抑え込むことはできていない(いずれもWHO COVID-2019 Situation Report, Weekly Epidemiological Update)。

WHO COVID-2019 Situation Reportに基づき著者作成

行動の規制と緩和

感染拡大に対する防止策としてロックダウンが行われたが、人々の生計への影響を考えると、行動をどの程度規制するべきかを判断するのは難しい。南アフリカでは、ロックダウンのレベルを5段階に分け、現在はレベル2となっているが、今後も状況に応じて変更していくことになる。5月の時点でアフリカでは42ヵ国が部分的あるいは完全なロックダウンを行っていた(UNECA 2020)。これにより、アフリカにおける総労働時間が2019年の第4四半期と比べて、2020年第1四半期には1.7%、第2四半期には9.5%減少したと見積もられている(ILO 2020)。今後の感染状況の推移によっては、さらなるロックダウン強化の可能性も否定できない。

他方、当然のことながら、人々が生計を確保し生活を維持するためには、仕事を再開していかなければならない。保健当局との情報共有を密にし、感染対策を講じながら、多くの国はすでに経済活動を再開させている。職場では、手洗いと消毒、マスクの着用や密接の回避、出勤・営業のローテーション化など、人員を減らし人と人の距離を置くことで、感染リスクをコントロールしようとしている。

データに基づく現状把握

データを分析して基本となる評価指標(KPI)を決めることは、カイゼン活動において重要なポイントである。これはコロナ対応においても同じであるが、新しい疾病であるCOVID-19 については、過去半年の間に集められたデータを基にしつつ今後もデータを逐次更新しながら、KPIを考えていくしかない。感染者数は主にPCR検査によって把握されるが、検査数が少ないと実体の把握は難しく、また、抗体検査の結果から想定される既感染者の数は、PCR検査数の数倍と見られる(The New York Times 2020-a)。このため、感染が確認された死者の数に加えて、超過死亡数を把握し分析することも行われている。

多くの人々が感染かワクチン接種により体内に抗体を持つことで、集団免疫が形成されるまでは、感染拡大は続くであろう。ただし、集団免疫のために全体の何%の人々が抗体を持つ必要があるかは、一人の感染者が何人に感染させるか(再生産数)によって異なるという理論が主流となっている。理論的に基本再生産数(*1)が2.0の場合は50%以上、これが5.0の場合は80%以上となる(Aronson et al. 2020)。実際の再生産数(実効再生産数)は人々の行動によって異なるため、ワクチンが開発されていない現在(*2)、人々の日常における感染防止対策は、集団免疫の観点からも重要である。

実効再生産数をモニタリングしていくことは、感染防止対策が効果を及ぼしているか否かの判断基準として、現在広く行われている。このため、KPIとして実効再生産数が1以下となる、つまり新規患者数が減少していくような行動様式を選択しつつ、制限を解除する方向へ進めることが論理的には正しい。ただし、残念ながら、この数が1を超えない程度の緩和策を実際に見極めるのは容易ではない。このため、行動制限と緩和を繰り返しつつ、生計の維持が可能なシステムを早く作り出すことが鍵となる。また中長期的には、新たな感染症が流行しても経済活動が中断することのないシステムが、徐々に構築されていくことが期待される。

ビジネスの継続のための取り組み

これまでの体制や作業手順を変えて新しい職場環境を作るためには、まず初めに現状分析を踏まえてリスクを洗い出す必要がある。すでに、人の配置に間隔をあけたりパーティションを設置したり、換気を強化するなどの取り組みを行っている組織は多い。しかし、人々の行動変容を徹底するためには、職場内における合意形成と信頼の醸成を通じた規則の順守が不可欠である。

この時に役立つのがカイゼン的な思考と手法であると、JICAの実施するプロジェクト(*3)でカイゼンを普及しているカメルーンのコンサルタントは指摘する。まずは現状を把握し、どこに感染拡大のリスクがあるかを分析する。具体的には、5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)を導入する際に行う参加型の現状分析を活用して、一人一人が職場内の感染リスクの高い場所や作業を見つけ出す。また、対策を考える上では、ブレーンストーミング、特性要因図、なぜなぜ分析などの手法を使いつつ、職場の関係者がアイデアを出し合う。さらに、具体的な対策としてゾーニング、レイアウトチェンジやスキルマップを用いた業務フローの変更がある。これらは日常のカイゼン活動で使われる手法であるが、密接を避けるように留意しつつ活用することができる。

チュニジアにおける調査では、対象10企業のうち8社が、カイゼンがCOVID-19対策に役立ったと答えており、従業員の自発的な態度や費用をかけないで創意工夫をする習慣が、その理由の一つとして挙げられている。また、カメルーンやガーナではアパレル企業が新たにマスクを作って、国内マーケットに供給している。仕事のやり方を工夫することによって、これまでより生産性の上がる業務手順や付加価値の高い製品を作ることができれば、より効果的である。

もちろん、感染防止対策で手一杯でカイゼンどころでなかったという意見もある。しかし、コロナによって生じたニーズの変化は、アフリカでも否応なく進んでいる。すでに、移動や集会の制限によってリモートワークやウェビナーが普及したし、現金を触らなくてもよいクレジットカード払いが増え、電子決済の普及も進んでいる。人の移動の制限や密接の回避のために、ライドシェアは減ったが、品物の宅配サービスは増えた。こうした変化に対応する形で、カイゼン活動は、職場の中でお互いに助け合いながら学びやイノベーションを促進させる環境を作ることができる(Hosono 2020)。変化の中で、マーケットの求める新しい需要を把握し、自らのもつ技術や資源を応用して新しいビジネスを構築する可能性、つまり「逆境を好機に変える」チャンスは私たちの手の中にあると、日本のカイゼン・コンサルタントは説いている。

危機対応と雇用

企業の危機対応においては、コスト削減は重要な方策である。コストを変動費と固定費に分けて考えた場合、生産活動が低下すれば変動費も下がるが、固定費は変わらないためこれを削減する努力が必要となる。人的資源(HR)にかかるコストは通常は固定費であるため、危機対応としてHRコストを削減することがあり得る。しかしHRコストの削減(従業員の解雇)は労働者のモチベーションを低下させ、生産性に悪影響を及ぼすため、望ましい選択肢ではないというのが、カイゼンの考え方だ。代わりに、ムダ取りにより他の固定費を削減することが有効な手段となる。また、複数の作業を統合したり、方法を変えたり、簡略化することで、コスト削減ができる可能性もある。危機に際して自社の業務を見直して徹底的にムダを削減することは、危機後の企業力強化にもつながる。

OECD dataに基づき著者作成(注:英国の2020年6-7月のデータはない)

企業の危機への対応の違いは、国の失業率の変化の違いにも現れている。図2はG7各国の直近の失業率のデータだが、国によってその変化に大きな違いがある。HRコストの削減を雇用の削減に結びつける企業が多い国では、危機下において失業率が上昇する。他方、HRコスト以外のコスト削減を優先する企業、あるいはHRコストの削減が雇用の削減に直結しない企業が多い国では、失業率が急上昇していないと考えられる。例えばドイツ政府は、short-time work(Kurzarbeit)という制度を活用して、労働者の労働時間を短縮しつつ雇用を維持する企業を支援することで、雇用を下支えする政策をとっている(FMLSA 2020, Detrixhe 2020, The New York Times 2020-b)。各国政府は税制や資金援助を通じて企業のビジネス継続を支援しているが、ドイツのように企業支援を通じて、雇用維持に焦点を当てた政策を講じるという選択肢もある。

信頼の醸成とパラダイムシフト

コロナ下ではデジタル技術を活用した業務は、サービス業でも製造業でも、今後ますます増えていくのは間違いないだろう。そして多くの議論が指摘するように、デジタル技術の普及が雇用に負の影響を及ぼす可能性もある。また、危機に際して企業が人員の解雇と合理化を組み合わせて行うのは、一般的な経営手法だと考える企業家も多い。解雇された人への職業訓練支援も、解雇があることを前提とした対策であろう。そして、危機対応の調整弁として雇用を活用することは、失業率の増加により社会不安をもたらす可能性が高い。

しかし、雇用を維持しつつアイデアを出し合う企業も多くあり、その傾向は社会の持つ価値観によって異なる。コロナ後の社会に必要な価値観は、感染防止のための信頼に基づく集団行動の重視(*4)であるとの指摘も多い。それはつまり、できるだけ雇用を維持し、一人一人の役割を作ること、そして、信頼と相互扶助を強めるために、丁寧な情報公開と合意形成に努力する社会を作るということではないだろうか。

今後、経済を考える場合に格差の問題は避けて通れない。資金があれば、新しい技術を購入しやすいし、適応もしやすいというのが、現実である。だからこそ持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)に掲げるLeave no one behindを実現するためには、私たちが受動的になるのではなく、能動的にパラダイムシフトに取り組んでいかなければならない。

危機が生じることで社会は否応なく変わっていくが、考え方を変えれば、危機とは社会を変えるチャンスでもある。「世界を変えたければ、まず自分が変わることだ (Be the change you wish to see in other people)」とマハトマ・ガンディー (Mahatma Gandhi)は言った。まさに今、私たちは、世界を変えるチャンスに立っている気がする。そして、より良い方向に向かって変えられるか否かは、私たち自身がどう変わるかにかかっているのではないだろうか。

※本稿は「日本の産業開発と開発協力の経験に関する研究」の一環として著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではない。

■著者プロフィール
神公明(じん きみあき)
JICA緒方貞子平和開発研究所兼経済開発部専任参事。1986年に国際協力事業団(当時)に入団。英国事務所長、エチオピア事務所長を経て、2018年より現職。1990~1993年、2003~2006年、2013~2017年と3回エチオピアに駐在したほか、1998~2000に環境庁出向。編著作に『Applying the Kaizen in Africa』など。

【脚注】
(*1)一人の感染者が免疫を全く持たない集団に入ったときに、感染力を失うまでに直接感染させる人数の平均。
(*2)2020年8月28日時点でWHOがリストアップしているワクチン開発プロジェクトは世界で176件。うち33 件が臨床評価中(WHO 2020-b)。
(*3)JICAは現在アフリカ8ヵ国(エチオピア、ガーナ、カメルーン、ケニア、ザンビア、タンザニア、チュニジア、南アフリカ)でカイゼン普及のプロジェクトを実施している。
(*4)The EconomistおよびWorld Bank Blog参照 。

【参考文献(書籍)】
Aronson J. et al. 2020 “When will it be over?”: An introduction to viral reproduction numbers, R 0 and R e, Oxford COVID-19 Evidence Survey

Hosono A. 2020 “Kaizen Toward Learning, Transformation, and High Quality Growth: Insights from Outstanding Experiences” Workers, Managers, Productivity – Kaizen in Developing Countries, Palgrave

The New York Times 2020-b Is Germany set to thrive post-Covid? International Edition 21 July 2020

【参考文献(ウェブサイトなど)】

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