【コロナ関連コラム】コロナ禍を乗り切る:求められるコミュニティーの力~ソーシャル・キャピタルが果たすべき役割~

2022.03.29

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)には多様なバックグラウンドを持った研究員や職員が所属し、さまざまなステークホルダーやパートナーと連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、コロナ禍をはじめとするさまざまな脅威に立ち向かえるコミュニティーとは何か、齋藤聖子主任研究員が以下のコラムを執筆しました。

著者:齋藤聖子
JICA緒方研究所主任研究員

新型コロナウイルス感染症パンデミックがもたらしたもの

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はさまざまな形で保健医療システムに負担をかけ、政治的、社会的、経済的にも地域社会を崩壊させている。国際連合は90%の国が保健医療サービスの崩壊を経験し、推定7000万~1億人以上の人々が極度の貧困に陥っており、国連緊急援助調整官は、対策を講じなければ2021年末までに2億7000万人が飢餓に直面すると警告した(WHO et al., 2020)。特に保健医療システムが脆弱で資源が限られている低・中所得国では、感染拡大を阻止し、保健医療の需給ギャップを生じさせないことが鍵となるが、多くの国では、今まで培ってきた日常生活様式のドラスティックな変化を人々に求めることに失敗し、結果、世界中でパンデミックが引き起こされた。失敗の要因は、一点目はCOVID-19に関する情報が正確かつ迅速に国民に伝わらなかったこと、二点目は情報が伝わっても人々が自らの生活様式を変えるまでの動機付けとならなかったことであると多くの研究から指摘されている。その二点の克服を目指して、コミュニティーの力を強化し、人々の行動変容をその力で起こさせることを目的とした戦略がCOVID-19 Global Risk Communication and Community Engagement (RCCE) Strategyとして、WHO、IFRC (International Federation of Red Cross and Red Crescent Society)、UNICEFにより公表された。90%の国がすでにこの戦略を計画していることが分かっており(WHO et al., 2020)、RCCEが果たす役割の重要性は世界中で認識されている。

Risk Communication and Community Engagement

RCCEには、次の4つの戦略的なゴールが設定されている。
(1)コミュニティー主導でCOVID-19対策を進めること
(2)コミュニティーの状況、例えば、コミュニティー構成員のCOVID-19に関する知識や認識、行動について十分に把握すること
(3)コミュニティー主導でCOVID-19対策を進めるために、コミュニティーに合った解決方法を見つけることができる各地域のアクターだけでなく、国、地方自治体も一体となってコミュニティーのキャパシティーを強化すること
(4)公衆衛生のみならず、人道支援や開発などの分野でも横断的にRCCEの質を高め、調和させ、最適化できるようグローバル、地域、そして国レベルで連携していくこと

住民協議などを通したコミュニティー主導の対応が重要(写真:JICA)

パンデミックへの対応は、保健医療だけでなく、政治、社会、経済などのさまざまな要因が複雑に絡み合っていることから、時に政治的な影響を大きく受けた対策となり、公衆衛生の観点が軽視される可能性がある。コミュニティー主導の対応は、政治的に中立なさまざまな人々が参画することにより、政治的影響を最小限に抑えることが期待されている。また、長期間の行動制限からくる「パンデミック疲れ」によるモチベーションの低下は、コミュニティーのリーダーを中心としたコミュニティーの結束力により防ぐことができ、パンデミックを乗り切れると期待されている。パンデミックへの対応は、世界的な経済悪化を招き、社会格差をさらに拡大させ、社会的脆弱者による資源へのアクセスをさらに難しくしている(Kawachi, 2020)。コミュニティー主導によるパンデミック対応は、コミュニティーの社会的構造を深く理解した人々がパンデミックに向き合うことで、国レベルでは把握できない潜在化した社会的脆弱層をあぶり出し、彼らに不足する資源を集中的に増強することができる。

コミュニティー内の信頼、社会的規範、社会的ネットワークなどの社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)を増やし、平常時だけでなくパンデミック下においても構成員が平等にそれにアクセスできる環境を提供できるコミュニティーを構築することが、相互支援、社会的結束力、回復力を強化し、パンデミックによる社会の崩壊からの復興を早めるために重要である(Ester et al., 2021)。特にパンデミックの初期には、社会的ネットワークが密なコミュニティーの方が、そうでないコミュニティーに比べ、津波発生時の避難命令のような緊急時下にとるべき行動に関する情報を広め、リスクの高い活動を避ける、という社会的規範を維持しながら、困っている人々への支援により多くの住民を参画させることができることが分かっており(Chamlee-Wright et al., 2011)、特に社会関係資本へのアクセスの導線となる社会的ネットワークの重要性は繰り返し主張されてきた。スペインのメノルカ島でのパンデミックに対するコミュニティーの対応を分析した研究(Ester et al., 2021)では、島国がパンデミックの抑制に成功した原因を分析した。分析の結果、島国は地理的に孤立しているため、緊急時に地元の人々がお互いに助け合うことを余儀なくされ人々の結束力が高まり、結果的に社会的な距離を置いたり、マスクを着用したりする社会的規範の形成が、市民の協力のもとで容易に達成されたことが分かり、ネットワークの紐帯の強化が健康行動に肯定的な影響を与えることが明らかとなった。

レジリエントなコミュニティーは全てを解決することができるのか

レジリエントなコミュニティーを構築するためには、各地方ですでに築かれた仕組みを発展させることが重要で、これには熱心な市民の参加が必要である(UK Cabinet Office, 2011; Kawachi 2022)ことは、社会関係資本の定説となっている。これは、市民は支援を積極的に提供する傾向がある(Cole et al, 2011)一方で、緊急対応を行う公的セクターの担当者が地元の全ての人々を支援できないことが広く認識されているからである。この発想は、コミュニティー内の住民が自律的な活動を組織化し、集団で活動する能力がある(Quaranteli, 1999)ことが前提とされており、平常時から集団活動が行える仕組みをつくり、「平常時からの備え」を十分にすることがコミュニティー内で社会関係資本が蓄積されることにつながり、結果としてレジリエントなコミュニティーとなるとして、「平常時からの備え」の重要性を主張する政策立案者も多い。

それでは、平常時に築くべきレジリエントなコミュニティーとは、一体どのようなコミュニティーなのだろうか。多くの研究から、同じバックグラウンドを持つ人々で構成される結束型の社会関係資本を持つコミュニティーが緊急時への対応力が高いことが分かっており(Hawkins & Maurer, 2010)、同じバックグラウンドを持つ人々を結び付ける「結束型社会関係資本」量とCOVID-19パンデミック時の過剰死亡率の低下との相関の高さ(Fraser et al, 2021)からも、緊急時において結束型社会関係資本が重要であると言える。しかし一方で、バックグラウンドが異なる人々が教会の信者として集まり、教会のネットワークを通して、支援が必要な信者のためにお金を集めるといった行為や、NGOや社会団体、クラブなどが災害後の人口回復にプラスの影響を及ぼすという分析結果(Aldrich, 2012)から、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が集まる「橋渡し型社会関係資本」を持つコミュニティーが災害時の対応、災害からの復興に良い影響を与えることも示されている(Aldrich & Meyer, 2015)。

それでは、結束型、橋渡し型のいずれも災害時の対応、復興に良い影響を与えるなら、「平常時の備え」として、両型の資本を増強すればよいという簡単な話なのか。過度な社会的資本の増強は、負の側面を生じさせる危険をはらむ。過剰な結束を持つ集団は個人の自由を妨げ、排他性を持ち、「空気を読め」といった予定調和的な行動を強制する集団と化し、反対に、過剰な橋渡し型の性質を持つ集団は自由性が高くなりすぎて人間関係を希薄化させ、地域参加や知人とのつきあいがなくなってしまう。これが社会関係資本の「ダークサイド」問題であり(Kawachi, 2022)、どちらが不足、過剰となっても問題が生じる。だからといって、常に「最適な」バランスを保つような「理想形」のコミュニティーを維持することは至難の業であり、「丁度良い塩梅」のコミュニティーの実現可能性は極めて低い。加えて、さらに状況を難しくしているのが、災害時におけるコミュニティーの創発である(Ntontis et al, 2019)。Fritz and Williams(1957)は、人々が緊急時において生存に対する脅威と災害がもたらす共通の苦しみを共有することで、既存の社会的境界は無意味なものとなり、同じ支援を必要とする対等な存在としてお互いを捉え、強い紐帯を持つ利他的なコミュニティーが創出されるとした。しかし一方で、このコミュニティーは一時的で、パンデミックが収束すると衰退し、災害初期には豊富に見える社会的支援もかえって不公平に分配されたり、既存の不平等、経済、政治的影響を受けたりすることで(Kaniasty & Norris, 1999)、ダークサイドが出現する。このように、刻々と変化するコミュニティーの状況をコントロールすることは非常に困難であり、そうなると災害時への対応や復興に良い影響をもたらすレジリエントなコミュニティーを築くことは不可能に近いということになる。

「レジリエント」とは何か?

この問題を指摘し、レジリエントなコミュニティーの構築を図る上では、人々の活動によりつくられる「資本」という「結果」を重視することから、つくられる「プロセス」を重視するアプローチに転換すべきだと主張したのが、Ntonitis et al.(2019)やAldunce et al.(2014)である。Aldunceらは、大事なのは人々の間の協調的な行動を促す「資本」ではなく、人々が刻々と変化する環境に適応する「プロセス」であるとして、”Bouncing back”という災害からの復興プロセスの考え方を提唱した。”Bouncing back”とは、災害からのコミュニティーの復興を災害前の状態に完全に「戻す」ことではなく、その時点での「リアル」に適応することを意味する。その時点、時点の「リアル」は過去の状態を所与としてつくられており、従って、それを所与としてつくられる社会関係資本を過去と同様の状態に「戻す」ことにこだわることは、人々を疲れさせ、復興を遅らせることになるという考え方である。むしろ、「リアル」な状況に目を向け、その状況に適応することが復興であると考えると、活動を懸命に行っても時には以前より状況が悪くなる可能性もあり、常に上向きの復興になるとは限らないという考え方を受け入れることができる。大事なのは、常に変化する状況を受け入れ、柔軟に、そして迅速に適応することではないかと問いかけている。レジリエントなコミュニティーとは資本量が多いコミュニティーではなく、その資本の内容やつくり方、そして資本へのアクセスを「リアル」に合わせてつくることを許容できる迅速性と柔軟性の高いコミュニティーなのではないだろうか。

しかしながら、リアルな状況に迅速で柔軟に、各時点での最適解を見いだすという動的なアプローチは、政策立案者にとっては実は非常に難しい課題である。「資本」というゴール(アウトプット)とそれを達成するための「投資」というインプットの関係を前提とした投資計画は立てやすい反面、ゴールが見えない「プロセス」という動的なものに投資するという考え方は非常に難しい。

「プロセス」をつくる人々

Helliwell and Putnam(2004)は、既存の社会的ネットワークの充実度は予測できない災害が発生した際にコミュニティーが機能するかどうかに関係すると主張した。Aldrich(2017)は、ニュージーランド、タイ、日本を対象に災害発生時の市民の集団的行動を調査し、緊急時に社会的、物質的資源を活用できない状況下では、既存の社会的ネットワークが市民間の相互の助け合いと社会的支援を促進させるとして、物理的なインフラ面を重視した「平常時の備え」では災害の負の影響は回避できないと、社会的ネットワークの重要性を訴えた。社会的ネットワークの重要性は、まさにこれからのコミュニティーの在り方について我々に問いかける。社会的ネットワークとは、「プロセス」をつくる人々で構成される、人々の活動によって変化する動的なものと捉えると、自ずとそのネットワークが迅速に、そして柔軟に状況に合わせて変化できることが重要であり、その「プロセス」をつくる人々に自分の状況に合ったネットワークを柔軟につくり変える能力を身につけさせるための投資が最も重要であることは明白である。つまり、”Bouncing back“をベースにしたコミュニティーとは、リアルな状況に合わせて、コミュニティー内の社会的ネットワークの様相が、「結束型」や「橋渡し型」、「拡張」や「縮小」、ネットワークの変化スピードの「加速」や「減速」のように常に変化するコミュニティーである。コミュニティーの形は、刻々と変化し、生きている。これを理解し、その時点で何がそのコミュニティーで足りないかを判断し、その時点でできる最大限の支援をコミュニティーに関わる全ての人が行う。もちろん政府、社会的団体と市民では把握できるネットワークも異なるし、支援できる内容も違うが、全員でアクションを起こすことがコミュニティーの力となる。鍵は、「結果」ではなく、「プロセス」なのである。

※本稿は著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではありません。

■著者プロフィール
齋藤聖子 JICA緒方研究所主任研究員
日本原子力研究所の研究員(PD)、大学改革支援・学位授与機構の准教授、World Affairs Council of Philadelphia でのコミュニケーションコンサルタントや東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会ゲームデリバリ室担当部長などを経て、2021年1月より現職。

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