【研究員が聞く!松井孝典特別客員研究員インタビュー】惑星科学の見地から地球規模の課題解決を考える

2021.12.07

地球惑星科学分野の世界的な権威で、千葉工業大学学長を務めるJICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の松井孝典特別客員研究員に、遠藤慶研究員がインタビュー。地球惑星科学の見地から、JICAも取り組む地球規模の課題解決や国際協力の在り方をどう考えるか聞きました。

環境問題は“地球と文明の共進化”による必然

遠藤:数十億年に及ぶ地球の歴史から見ると、昨今の地球温暖化問題は極めて短いタイムスケールで起こっている課題です。地球惑星科学の研究者として、現在の地球温暖化をどのように捉えていますか?

惑星科学の見地からさまざまなテーマについて議論

松井:私は、地球がどう生まれて、進化して、現在のようになったのかをこれまで研究してきたわけですが、地球環境というものは、近年大きく変化してきています。地球の歴史の前半では、環境に変化はほとんどなく、温暖で湿潤な気候が続いていたと考えられています。それが地球の歴史の半分を過ぎた頃から、赤道付近の海までが凍り付く全球凍結(スノーボールアース)という極寒の時代があり、その後は温暖湿潤と寒冷乾燥を繰り返しています。全球凍結が起こった時代に、シアノバクテリアという酸素発生型の光合成微生物が登場して大繁栄したことにより、酸素濃度が今の地球と変わらないレベルに上昇し、生物界にも大きな変動が起こっていくわけです。実は、こういう地球環境の変化と生物の存在は切っても切れないわけで、地球と生物はお互いに影響を及ぼし合って“共進化”しています。人間と地球も同じです。文明とは、人間が地球システムの構成要素の一つ“生物圏”から飛び出し、新たに“人間圏”を作った生き方だと私は考えていますが、今の地球環境問題は、まさに地球と文明の共進化の結果として起こっており、ある意味、必然と言えるでしょう。我々ホモサピエンスは、環境との相互作用を積極的に自ら利用する能力を得て、環境が変われば能動的にそれを克服し、進化を遂げてきたのです。ただ、人間の進化とは、生命の遺伝子レベルでの突然変異による進化ではなく、技術革新によるもの。地球環境問題の本質は、我々がどのように技術革新を起こして乗り越えていくか、だと私は思っています。

温暖化対策のヒントは地球システムの中に

遠藤:地球惑星科学の知見から得られる地球温暖化対策のヒントはありますか?

JICA緒方研究所の松井孝典特別客員研究員(千葉工業大学学長)

松井:大きな技術革新を起こすのが正しい方向性だとは思いますが、今のところそのような技術は存在していません。ただ、温暖化という問題を解決するには、二酸化炭素を減らせばいいわけですよね。実は、二酸化炭素を減らすというプロセスは、人間が関与しない地球のシステムにも存在するんです。例えば、マントルから出てくるオフィオライトという岩石は、大気中の二酸化炭素を吸収して、炭酸マグネシウムや炭酸カルシウムなどの炭酸塩岩を作る性質を持っています。実際に、中東のオマーンにある広大なオフィオライトの岩脈は、二酸化炭素を吸収して年々膨張しています。このプロセスを人為的に、速く、効率的に起こすことができれば、地球のシステムとして大気中の二酸化炭素を減らすことができます。こういった新しい技術を開発していけば、二酸化炭素の増加に対する歯止めにはなりますよね。また、生物の営みの中にも、参考になることはたくさんあります。前述したシアノバクテリアが他の光合成生物と違っていたのは、太陽エネルギーを使って水を酸素と水素に分解できたこと。それはまさに水素エネルギーです。人間も水素エネルギーを使うエコノミーを作ることができれば、二酸化炭素のような廃棄物を出さずにすむはずです。こうした原理を技術革新につなげれば、安定的で持続的に成長できる文明をつくることができるのではないでしょうか。

遠藤:技術革新と関連して、昨今、DX(デジタルトランスフォーメーション=IT技術による生活変革)が広がり、JICAも地理情報システム(Geographic Information System: GIS)を用いた森林観測システムやドローンを用いた廃棄物管理などを開発途上国で支援しています。地球惑星科学でもリモートセンシング技術などが採用されていますが、今後、進捗が期待される技術はありますか?

松井:我々の生活に関わるところでは、人工衛星が挙げられます。これまでは1~10トンもある大きな衛星を打ち上げていましたが、これからは50キロ程度の小さな衛星を数10基、数100基と打ち上げて、それを編成して地球を観測するというのが世界的な潮流です。それを実現するためには、コマンドを地上から送っていては間に合わない。AIやビッグデータを使って制御し、人工衛星が自分で判断できるようなシステムの導入が必要になっていきます。これが実用化されると、1時間刻みに最新の情報を得られ、社会インフラ、災害対策、自動運転なども圧倒的に便利になります。こうした技術が、DXにつながっていくと思います。

海外との共同研究を通じた国際協力を目指して

遠藤:研究などを通して、日本と海外とのつながりを実感したエピソードを教えてください。

JICA緒方研究所の遠藤慶研究員

松井: 今、トルコで鉄器文明の起源を調査しています。私はもともと歴史が大好きですし、宇宙と文明の関わりを調べるという意味では、鉄器文明の起源を探るのは私にとって非常に面白いテーマなのです。鉄器文明で最初に登場するのは、鉄隕石を使った鉄器です。トルコは世界最古の鉄剣が発見された場所であり、鉄器文明を生み出したとされるヒッタイトがあったところ。では、なぜヒッタイトが鉄器の技術を持ったのか?というのを知りたいと思っています。そこで、2014年頃からトルコで調査を続けているわけですが、調査の申請などいろいろトルコ政府とやりとりする中で、国際協調について考えることがよくあります。トルコはもともと非常に親日的です。私は1970年代にユーラシア大陸を車で旅したことがあるのですが、トルコ国内を回った時は、日の丸を見るとたくさんの人たちが日本人に会いたいと集まってきてくれたのを覚えています。そんなトルコで発掘をやったら面白いかなと思ったわけですが、親日的なのは今でも変わっていません。発掘調査に関しても、トルコ政府は、欧米ではなく日本主導でやってほしいと考えてくれています。これからは、トルコで見つかった世界最古と言われる神殿遺跡周辺での調査を予定しています。地球と人間圏の関わりを調べるためには、何から何まで大々的に調べなくてはいけないため、多くの研究者を動員して本格的な調査をしようと準備しているところです。これもトルコと日本の歴史的なつながりや、トルコが親日的ということもあって可能になりつつあることです。親日的な国と共同で調査研究をすることは、それが最終的には日本の利益にもつながると思います。これが私の考える国際協力の形です。

遠藤:2020年2月には、大エジプト博物館でツタンカーメンの棺から発見された鉄剣の現地調査と、世界初となる元素分布分析をされたとお聞きしました。今後の研究の展望をお聞かせください。

松井:エジプトでの調査は非常に面白かったです。このツタンカーメンの鉄剣は、鉄隕石から作られていることが分かっていました。でも私たちは、製鉄技術のない当時のエジプトでどのようにこの鉄剣を作ったのか?という疑問を明らかにしようと、点ではなく面で元素分析を行ったわけです。さらには、この鉄剣がどこで作られたかについても、柄を分析して新たな情報を得ることができたので、分析結果をまとめているところです。また、トルコでも古代の鉄隕石でできたものを全て調べ、どのように鍛造したのか、その技術の起源は何なのか、明らかにしていきたいと考えています。定説では、新石器時代、銅器時代、鉄器時代というのが歴史の区分とされていますが、私は鉄も銅も同時に始まっていたのではないかという仮説を立てています。新しい時代区分を提唱するつもりで、いろいろな分析に挑戦したいと思っています。

遠藤:最後に、国際協力あるいはJICAに対してアドバイスをお願いします。

松井:JICAは学術研究の分野でもっとコラボレーションをした方がいいのではないかと思います。例えば地質調査や考古学調査などでは、日本から参加した研究者が現地の政府や人々と交流し、さまざまな情報を得るわけです。学術的にコラボすることによって、圧倒的な量の情報が入ってくるので、今後も積極的に取り組んでもらいたいです。

遠藤:貴重なお話をありがとうございました。非常にロマンを感じるお話で、ワクワクさせてもらいました。

松井:だって研究は面白くなくっちゃ。

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