【研究員が聞く!カワチ・イチロー特別客員研究員インタビュー】強い社会をつくる「ソーシャル・キャピタル」の可能性とは

2022.03.28

社会的ネットワークを通じてアクセスできる資源(リソース)と定義される「ソーシャル・キャピタル」と健康の結びつきを研究するJICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)のカワチ・イチロー特別客員研究員に、齋藤聖子主任研究員がインタビュー。コロナ禍を乗り越え、また来るであろう緊急時に誰も取り残さない社会をつくるため、「ソーシャル・キャピタル」が果たす役割について聞きました。

コロナ禍が見せたソーシャル・キャピタルの二面性

齋藤:新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)のパンデミックが続く現在、保健システムの「レジリエンス」についての議論が活発になってきています。コロナはさまざまな形で保健システムに負担をかけ、政治的、社会的、経済的にも地域社会を崩壊させており、「レジリエンス」の議論は、それら全ての要因を考慮して行うべきと言われています。その中で、特に注目されているコミュニティーの力、ソーシャル・キャピタルが果たすべき役割は何でしょうか?

JICA緒方研究所のカワチ・イチロー特別客員研究員

カワチ:このコロナ禍で、ソーシャル・キャピタルはグローバルとローカルで2つの役割を果たしているのではないでしょうか。ソーシャル・キャピタルが健康を促すメカニズムはいくつかあります。一つは、さまざまな協調行動を促す規範を活用させることです。例えば、協調行動の古典的な事例としては、社会の全員がマスクをする、その上で予防接種を打つ。これはまさにソーシャル・キャピタルの役割を示したものと言っていいと思います。ソーシャル・キャピタルが強い国では、法令を作らなくても多くの人がマスクをつけています。日本でも中国でも、マスクを強制的につけさせる法律はありませんよね。それに対して、アメリカやヨーロッパでは法律をつくることが必要ということは、全員のためにマスクをつけるという規範が欠けているからです。自分はリスクが高くないからマスクをつけない、と考える方が増えてきているんですね。そういう摩擦からもみ合いが発生して、あげくのはてに法律をつくらざるを得なくなってしまう。ソーシャル・キャピタル、連帯感が欠けていると解釈していいと思うんですね。ですから、ソーシャル・キャピタルの一つの役割は、協調行動とその上に結束の力を加えて、公衆衛生に協力することだと思います。

齋藤:その重大な役割を果たせるように、どのように介入や改善をすればいいですか?

カワチ:緊急時にはなかなか変えることが難しいですね。平常時にポリシーなどを通じて変えていかなければ、社会全体の連帯感はなかなか改善しにくいと考えています。ですから、長い期間での災害への準備が非常に重要であることを示していると思います。

齋藤:もう一つのソーシャル・キャピタルのローカルの側面における役割はどのようなものですか?

カワチ:まさにこれは緊急時に効果がある側面です。例えば、密なネットワークによって健康に良い情報がより早く伝達される。それはまさに、緊急時に新たに見えてくるソーシャル・キャピタルの効果だと考えていいと思います。つまり、ネットワークを通じて、情報、助け合い、精神的なサポートといったさまざまなリソースを得ることができるのです。それはまさにローカルで起きるもので、コロナ禍でもその後でも、効果は継続し、地域社会のさまざまな問題を改善できる気がします。社会的結束力(Social cohesion)は平常時には社会構造的な影響に従って左右されるので、例えばローカルレベルの自治体が政策的介入をしようとしてもなかなか難しいです。しかし、もう一方のソーシャル・サポートが住民にいきわたるようにするためにネットワークが果たす役割は、いつでもどこでもローカルなレベルで可能なことだと思います。

齋藤:「平常時にいくら準備しても緊急時にうまくいかないなら、そこはソーシャル・キャピタルの限界ではないか」という指摘がありますが、それを克服するために必要な方策はありますか?

カワチ:私が今まで行ってきた研究では、平常時に組み立てたソーシャル・キャピタルは、災害時でも生きています。例えば、東日本大震災の研究では、震災前からソーシャル・キャピタルが強い地域で暮らしてきた住民ほど、災害を体験した後も心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder: PTSD)になりにくいなどの効果がしっかりと出ています。そこからの示唆は、災害時にソーシャル・キャピタルを強化することは難しいからこそ、災害前からソーシャル・キャピタルをつくっていくのが大事ということです。

齋藤:震災などの緊急時につくったソーシャル・キャピタルは、そのまま残りますか?

カワチ:さまざまな研究結果から、残っているというエビデンスもあります。阪神淡路大震災の際、いろいろな街づくりの活動の結果として、町内会やグループができたと報告されています。それは震災後、十数年後にも残っていて、震災の問題だけでなく、震災後のさまざまな街の問題を解決するのにも役立ったとされています。ですから、一度ソーシャル・キャピタルがつくられると、その後も使い道はあると考えられます。

齋藤:私が関わってきた研究でも似たような結果が出ていて、その通りだと感じています。ポジティブな面もある一方、ソーシャル・キャピタルの留意点やダークサイドについても伺いたいです。例えば、ソーシャル・サポートにあたり、精神的サポートと経済的サポートのどちらに投資をすべきかという議論で、経済的サポートだという意見もよく聞かれますが、どうお考えでしょうか。

カワチ:ソーシャル・キャピタルの概念は、ネットワークを通じて得るさまざまな資源です。資源には、情報、精神的なサポート、そして金銭的なサポートなどがありますが、これに絞るべき、とは言い切れないと思います。例えば少なくともコロナパンデミックの始めには感染予防に関する情報を誰も知らなかった中で、非常に役立つ情報が伝達されたのはソーシャル・キャピタルのポジティブな面だと思います。反対に、ダークサイドとしては、例えばアメリカではソーシャルメディアのネットワークを通じて誤った情報が伝達されました。アメリカのような政治的に二極化した国では、そういったダークサイドが目立つように見えます。ネットワークというのは、良い情報も悪い情報も伝えてしまう可能性があるのです。誤った情報が拡散されないようにするには企業などの協力がなければなかなか難しいですね。

齋藤:その他のダークサイドはありますか?

カワチ:集団結束の強い社会では、みんながマスクをつけるといった規範が広がりやすい。その場合のダークサイドは、そういった規範に従わない人に対して、強い反対が起きることです。最悪のケースは、コロナのスティグマや差別。日本では、コロナになった人はネットワークで噂が広がっていじめの対象になった、というニュースがありました。欧米ではなかなか見かけないですが、いじめが発生するのはソーシャル・キャピタルの強い社会の中のダークサイドだと思います。

齋藤:ダークサイドを防ぐ、または突破するには、「橋渡し型ソーシャル・キャピタル(Bridging social capital)」や「連結型ソーシャル・キャピタル(Linking social capital)」が必要といった議論もありますが、実際にはどのような方法がありますか?

カワチ:事例を挙げるのは難しいですが、例えば欧米では、アジア系移民に対して差別が起きています。特にトランプ政権では、コロナをアジアウイルスと言ったので、アジア系の移民の方に対するヘイトクライムが増えました。そういった状況では、アジア人住民との間の橋渡しをするようなネットワークをつくるのが重要だと思います。

ボランティア、政府・自治体、企業が共に脆弱層への橋渡しを

齋藤:コロナ禍では、どういった人が脆弱層に当てはまりますか?

カワチ:ソーシャル・キャピタルから考える脆弱層は、やはり橋渡し型ソーシャル・キャピタルが不足しているグループです。欧米の場合なら、貧困層、人種的マイノリティー、移民、身体が不自由な方、高齢者、孤独と社会的孤立の高いグループなど、さまざまなソーシャル・キャピタルが欠けているグループはどこかと考えれば、脆弱層が見えてきます。

齋藤:コロナ禍での議論として、「コロナは新規感染症で科学的知識が乏しく、未知による恐怖で対応行動が遅れた」と言う研究者もいます。反対に、「実はコロナウイルスは昔からあり、新しい感染症のリスクはいずれ生まれると分かっていた、つまり、既知の情報のはずだったのに対応できなかった」と言っている研究者もいます。つまり、分かっていなかったから対応できなかったのか、分かっていても対応できなかったのか。分かっていたにもかかわらずコミュニティーが機能しなかったと仮定するならば、ソーシャル・キャピタルの観点からどのような問題があったのでしょうか?

カワチ:私は明らかに分かっていなかった方が多かったのではないかと思います。感染経路がはっきりしたのは数ヵ月後だったと思います。初期の恐怖は、まさにこのウイルスがどのように感染するかさえも分かっていなかったということ。そんな状況では、正確な情報が伝達されることが非常に大切だと思います。もちろんパンデミックは必ず起こると以前から言われていましたが、どんな形でどんなウイルスがあるかは、それほどはっきりしていませんでした。

齋藤:コロナ発生当初の未知による恐怖から時間がたって既知になっても規範的行動がとれない原因は、カワチ先生がおっしゃったソーシャル・キャピタルの中のダークサイドが関係しているのではないかと思います。それを打破するために、「潜在的な社会的脆弱層をあえてマイノリティーからマジョリティーの中心に据えることによって、意見を届けることが一つの起爆剤になるのではないか」と主張している研究者もいます。これにはある一定の効果があるのでしょうか?

カワチ:脆弱性のあるグループに橋渡しを行うことは重要だと思います。少なくともローカルでは、橋渡し型ソーシャル・キャピタルをつくった事例がいくつかあります。例えば、島根県の雲南市では、街づくりのような形でさまざまなバックグラウンドを持った住民が集まっていろいろな会議を開き、コロナの問題を解決しています。このような形で、障害のある方であれ高齢者であれ、さまざまな人の参加を通じて橋を渡せるのではないでしょうか。

齋藤:その橋渡しは政府からのトップダウンですか?それとも住民などから始まるボトムアップですか?

カワチ: まず双方向です。もちろんローカルのボランティアも必要ですが、さらに自治体がそれをサポートする。民間とのパートナーシップで、企業も参加できるかもしれません。さまざまなソーシャル・キャピタルの介入という意味では、ボランティア活動、トップダウンの政府や自治体、できれば企業という三者の活動を通じて行っていくものだと思います。

齋藤:この三者の関わり方は、状況に応じて変わっていくのですか?

カワチ:システマチックに考えて、どの段階でどれが必要か、というのはまだはっきり分かっていません。

齋藤:社会的脆弱層に関してですが、コロナによって新たに顕在化した層はありますか?

カワチ: ほとんどないですね。コロナ禍で脆弱だったグループは、コロナ前から脆弱だったのは明白です。平常時にソーシャル・キャピタル、特に橋渡し型ソーシャル・キャピタルに欠けていた層が、こういったパンデミック時に最も脆弱であることは前から予測できたと思いますから、新しいグループは考えにくいでしょう。

ソーシャル・キャピタルを活用してコミュニティーのレジリエンス強化へ

齋藤:平常時からのソーシャル・キャピタルが大事であり、それによってつくられたネットワークを緊急時にも復興時にも最大限に活用する。ただ、ネットワークを通じて行う内容は柔軟に対応する。こういったネットワークづくりが、コミュニティーのレジリエンスと捉えられるのでしょうか?

カワチ:まさにそうですね。脆弱層のグループによってニーズが異なるので、それぞれのニーズに従って橋渡し型ソーシャル・キャピタルをつくっていく必要があります。アメリカでは、セクシャルマイノリティーのグループは平常時での橋渡し型ソーシャル・キャピタルが欠けており、スティグマの影響でネットワークがつくりづらいため、コロナのロックダウンの影響で孤独と社会的孤立に陥ったとされています。それを予防するには、将来のパンデミックに備えて、橋渡しのグループをつくっていくことが重要だと思います。

齋藤:このソーシャル・キャピタルは、今まさに求められている研究トピックだと思います。今後、議論すべき論点は何ですか?

カワチ:どうソーシャル・キャピタルを活用すべきか、という点です。一方的にソーシャル・キャピタルを強化するのではなく、ダークサイドに対応しながらどうソーシャル・キャピタルを活用できるのか、真剣に考える必要があると思います。コロナは、ソーシャル・キャピタルの良い側面も悪い側面も見せてきました。将来どのようにダークサイドに対応しながら、コミュニティーや社会のレジリエンスを強化していくべきか。例えば、誤った情報が拡散しないようにするためには、twitterやFacebookなどソーシャルネットワーキング企業の協力が必要です。しかし、それだけでは上流の規制の話になってしまいます。それに対して、コミュニティーのソーシャル・キャピタルをどのように強化するかは、ローカルのレベルの話です。ダークサイドを緩和するには、ローカルの視点から、例えばコロナのスティグマをどうやって予防するのかを考える必要があります。

齋藤:コミュニティーにおけるソーシャル・キャピタルの自律的な在り方を考えるにあたっては、市民がいかに当事者意識を持って参加するかが一つの重要な論点だと思います。問題は、マクロの観点。世界をベースとするコミュニティーを考えた際に、先進国と低中所得国の当事者意識がつながっていないために、結果的にワクチンが行き届いていない国からオミクロン株が起こってしまったといったリスクがあると思います。各コミュニティーにおける結束型ソーシャル・キャピタル(Bonding social capital)だけではなく、大きな単位での橋渡し型ソーシャル・キャピタル (Bridging social capital)が重要だと思いますが、それをつくっていくにはどのような方法がありますか?

カワチ:世界中が直面している重大な挑戦ですよね。気候変動も同じように、世界の国々の全員が協力しなければ解決しない問題です。みんなで解決しなければ、必ず将来破綻をきたします。例えば、ワクチンの供給が先進国と低中所得国で異なったのも、所得格差に起因する現象の一つですよね。世界の所得格差をどうやって解決していくのか。それに向き合わなければ、コロナも気候変動も解決しにくいのではないかと思います。

齋藤:所得格差というと、先ほどの経済的なサポートと精神的なサポートのどちらが先に来るべきか、という議論も思い出されます。どのようにお考えですか?

カワチ:マズローの欲求段階説(Maslow's Hierarchy of Needs)のような話ですが、コロナ禍での健康への悪影響の一つはメンタルヘルスです。社会的孤立により、高齢者など、さまざまな人に影響が出ました。その意味では、経済的なサポートではなく、心理的なサポートが必要だったと思います。日本でも若い女性の自殺率が上がりましたが、それは経済的な悪影響ではなく、心理的なサポートが足りなかったことを示しているのではないでしょうか。

齋藤:最後に、ソーシャル・キャピタルの視点からJICAが貢献できることは何ですか?

カワチ:JICAはアフリカなどで介入を実施しています。最もJICAが貢献できるのは、そういった介入実証プロジェクトで事例研究を行うことだと思います。特にソーシャル・キャピタルに関する介入については、9割以上が先進国を対象としたもので、低中所得国
を対象とした研究が圧倒的に不足しています。例えばアフリカでソーシャル・キャピタルに介入するにはどのような形をとるべきなのか、そしてローカルでどういうことができるのか。それらを事例研究で示すことができたらすばらしいと思います。

齋藤:ありがとうございました。

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